56話 余談
取引を終えた僕は、ようやく拘束から解放された。
そして改めて椅子に座りなおすと、少し興奮してしまった意識を鎮めるように深呼吸をする。
「さて、さっそくだけど始めよう。まずは君からだよ、エンマ」
「ああ」
そう言ってエンマは腰につけていた本を手に取った。
その光景を見せられた僕は、ここにきて思わず小言を漏らしてしまう。
「しかしその点に関してだけは僕の完敗だね」
「何のことだ?」
「だからそれ」
僕はエンマが手に持つ原典を指さした。
「まさか君が原典を常に持ち歩いているとは思わなかったよ」
その言葉を受けて、エンマは不思議そうに首を傾げた。
「何を言っている。大事な物は手元に置いておくのが一番安全だろう」
「いや、普通そんな保管の仕方はしないよ。だってそれ、かさばるじゃん。まあ一つしか世界を持たない君ならではの管理方法なんだとは思うけどさ」
僕はこれまでの苦労を思い出し、深々とため息をついた。
「おかげでこっちはずいぶんと遠回りをしたよ。資料室をいくら探しても見つからないし、宝物庫に期待したけど鍵しかないし。君が原典を携えて僕の目の前に現れたときは軽く殺意が湧いたね」
「そうは言ってもな・・・、というより少し考えれば想像がつくだろうに」
「僕が一番苦手なのは想像することだ。だって経験してないことはどうしたってわからないだろう?初めての経験を前にすると必ず失敗してしまう、僕はそういう残念な使徒なんだ」
「さっきまで私を追いつめていたとは思えないほどの馬鹿っぷりだな」
「まさか原典を持ち歩くなんて思わないじゃん?だって読み終わった本は普通本棚に戻すでしょ?」
エンマが半目でこちらを見てくるが、僕は堂々と自分の意見をぶつけた。
何を言われようと、わからないものはわからないのだ。
せいぜい僕にできることはこれまで培ってきた知識と経験から、現状と最も類似するものと照らし合わせて結論を導くことだけ。
こうしてふと抜け落ちてしまったものが、唐突に僕の判断を鈍らせることなどいくらでもある。
そうして失敗して、また新たな知を手に入れて、僕は前へと進むのだ。
「まあ僕の無能はこの際どうでもいい。とりあえずここまでこれたんだから」
そう言って僕はエンマに笑いかけた。
「さあエンマ、教えておくれ。この世界の理を、神が定めし法則を。その知をもってして、僕はまた一つ満たされる」
危険を顧みず未知へと飛び込み、その先で宝を手に入れる。
御伽噺にはよくある話だ。
やはり冒険の醍醐味は宝探しにあるだろう。
物語に出てくる登場人物たちが、すべからく冒険へと引きずり込まれていくのはその誘惑に抗えないから。
読み手であったならば愚かと断じることもあるかもしれないが、自身が財宝を前にすれば人は狂う。
使徒とて例外ではない。
結局のところ、僕らは己が欲望に逆らえない、罪深き存在だということだ。
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とろりんちょ @tororincho_mono