55話 王の交渉(下)
「原典の一部開示とは、具体的に何を意味する?」
提案を受けてから随分と長い間考えこんでいたエンマは顔を上げて僕に尋ねてくる。
その顔はまるで苦虫を嚙み潰したような表情をしていた。
一方僕は上機嫌な気持ちを隠そうともせずに話を続ける。
「そうだねえ、質問形式で進めるなんてどうだろう」
「だから具体的には?」
「僕はこれから君に五つの質問をする。君はその質問に対する答えが書かれている原典の頁を僕に見せるんだ」
僕はエンマに向って五本の指を立てながらそう告げた。
それを受けて彼は訝しげな表情を浮かべる。
「なんだその意味のないやりとりは。それだと原典にそんなことは書いてないと私が言ってしまえば終わりだろう。君に確認する術はない」
「いいや、そういうことにはならないのさ。僕が聞くことは必ず原典に書かれているはずのものだ。もし君が該当項目なしと答えた場合、僕はそれを虚偽とみなし、その時点でこの取引は不成立となる」
「そうは言っても本当に書いてなければどうしようもない」
「なら先に僕が聞く質問を教えてあげよう。それを聞いてもなお書いてないなんて言うなら交渉はここまでということになるね」
僕はそう告げると、エンマに向って聞きたいことを並べ立てていく。
「一つ、まずは原典の冒頭に必ず記載されている世界の概要について。二つ、今まさに僕を縛り上げているこの捕縛術について。三つ、地獄の大地で燃える炎について。四つ、異界への扉について」
そこで僕は一旦言葉を切って、エンマの目を見つめた。
彼の表情は、ほんの少しだけ険しくなっている。
それだけ確認すると、僕は最後の質問を口に出した。
「そして五つ、この世界における死について」
これですべて。
その答えをもってして、僕の欲望は満たされる。
「以上五つが僕の聞きたいことだ。どう?一つでも書いてないことがあったかい?」
「・・・」
「無言は肯定ととらえるよ」
さっきまで抱えていた憤りや不満を彼はすでに引っ込めている。
そこにあるのはただ派閥の王として、世界の管理者として、何が最も得策であるかを考える姿だけだった。
世界の理と、世界の管理、どちらが大事か、その選択を今彼は迫られている。
そうして考えることしばらく、やがて彼は口を開いた。
「・・・もし取引に応じた場合、君は確実に敵の侵攻を止められるのか?」
「止めるよ。まあ直接戦うのは僕じゃないけどね」
「何?どういうことだ?」
「戦闘は戦闘のプロに任せればいい。サイラ」
「呼んだ?」
部屋をうろうろしていたサイラが、ここでようやく僕に呼ばれて嬉しそうに近寄ってくる。
その彼女に向って僕は問いかけた。
「大寒獄から出てくる古の使徒を相手にして、戦ったら勝てる?」
「勝てる」
サイラは即答した。
さすがである。
「だそうです」
「・・・本気か?」
「本気だよ」
「相手はあの厄介な使徒どもの誰かだ。サイラは彼らのことを知らない。万が一ということもある」
「もし仮に彼女が負けるようなことがあれば僕も戦うよ。それなら文句ないだろ?」
僕のその言葉を受け、再びエンマは沈黙した。
何かを探るような、そんな目を僕に向けてくる。
しかしどれだけ腹を探られたところで、出てくるものなど何もない。
なにせ僕は偽らざる己の欲望をすでに口にしているのだから。
今更隠すものなどあろうものか。
「失敗は許されない」
しばらくしてようやく決断したのか、エンマはおもむろに口を開く。
「その言葉は取引に応じるという意味で捉えていいのかな?」
「・・・そうだ、君の要求を呑もう」
「よし、じゃあ取引成立だね」
僕はわざとらしく手を差し出す。
「僕は君のために尽力を、君は僕のために知識を。すべては互いの利のために」
僕の宣誓を聞き届けると同時に、エンマは差し出されていた手を、心底嫌そうに握りしめるのであった。
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