53話 王の交渉(上)
回想へ
時は大見えきって始めた資料室探索まで遡る。
その時の僕はただ時間が経つのを眺めていることしかできなかった。
この無秩序な資料室を支配する秩序とは何なのか。
いくら考えてみてもわからない。
そんな拍子にふと思う。
この行き詰った状況をどうにか前に進めるためには、なんでもいいから何か突拍子もない考え方が必要なのではないだろうか。
それも僕の価値観とは全く異なるものから生まれ、なおかつ僕では及びもつかないような狂った考え方が。
刻一刻と制限時間が迫る中で、珍しく焦りのようなものを感じた僕は何とはなしに口を開く。
「ねえ、サイラ」
本当にどうかとは思うけど、丁度後ろにいた狂人に向って僕は声をかけた。
「・・・ん?なんだ、ようやくアタシの相手をする気になったのか」
「ああ、たまには君とお話しするのも悪くないと思ってね」
「おおー、ようやくアタシの魅力に気づいたんだな。じゃあさっそく戦うか」
「いやお話ししたいって言ったんだよ。なんで急に戦うことになってるの?」
「肉体による会話じゃないの?」
「断じて違う」
そして一瞬で後悔した。
これに何かを求めるなど間違っている。
「はああ、もういいや・・・」
「まあ待て、ルイよ。アタシが悪かった。今回は大人しく話を聞いてやろうじゃないか」
僕がさっさと会話を打ち切ろうとすると、珍しくサイラが譲歩して話をまともに聞くそぶりを見せてくる。
よほど暇だったのか、あるいは単なる気まぐれか、滅多にないその光景に僕は少し気を良くして会話を続けることにした。
「これは仮の話なんだけどさ。もし君だったら、君がもし毎日へとへとになるまで働かされて、しかもその仕事場には秩序なんてものがなくて、何もかもうまくいかない状態が長らく続いたらさ、君ならどうする?」
「すべての上司をはっ倒してアタシが王になって部下を働かせる」
「・・・ああ、君ならそうするだろうね。だけど僕が今回聞きたいのはそういう答えじゃないんだ。だからもっと条件を絞ろう。もし君が今よりもっと弱くて、世界を変えることなんてできない非力な存在だったとしたらどうだい?」
「鍛えて強くなってからすべての上司をはっ倒してアタシが王になって部下を働かせる」
段々と頭が痛くなってきた。
この脳筋から何かを得ようとするなど所詮無理なことなのだろうか。
だが諦めてはいけない。
こんなクソみたいな会話の中にも何かヒントがあるかもしれないのだ。
「・・・ああ、君ならそうするだろうね。でも大抵はそうはならないんだ。もっと自分ができる範囲で、せめて自分だけでもと・・・」
萎えたかけた心を叱咤してなんとか会話を続けようとした僕は、ふとそこで言葉を切る。
一瞬の沈黙。
それは本当に一瞬のことであったが、僕が何かを掴むには十分な時間だった。
いやはや、何の意味もない時間だと思ったがサイラもなかなかやるではないか。
というより僕が冴えているのか。
まあこの際どっちでもいいことだ。
大切なのは閃いたこと、そのこと自体が最も尊い。
僕はもう一度本の山に視線を移していく。
そして一冊一冊中身を確認していった。
「なるほどねえ」
別に確信があるわけではないけれど、仮説としては悪くない。
差し当たっては、この結論に付随してもう一つの結論が導き出された。
「ねえ、サイラ」
「なんだ?まだお話ししたいのか?」
「ああ、そうみたいだ。といってもここからは変な謎かけなんかじゃなくて、もっと具体的な話だけど」
「ん?」
頭の上に疑問符を浮かべて首を傾げる彼女に向って、僕は一つの提案をした。
「僕と取引をしないかい?」
「取引?」
「そうだ」
この後の展開を頭に思い描きながら、僕は言葉を続ける。
「僕からの要求は一つ。合図を出したら僕を裏切ってほしい」
「ほう?」
それを聞いた瞬間、サイラが楽しそうなおもちゃを見つけたように目を細める。
「別にルイがそうしてほしいならそうするけど、代わりにルイはアタシに何をしてくれるのかな?」
こちらを試すような彼女の言葉。
それに対して、僕は不敵に笑って答えた。
「僕は君に混沌をあげるとしよう」
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