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キチかわいい猟奇的少女とダンジョンを攻略する日々  作者: 新実 キノ
第五章 悲しみの向こうへ
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たんじょうび

「うーーん……う゛う゛~~~~ん……」

「……どうしたの、サユおねえちゃん。とりあえず、うっとうしいんだけど」


 朝食の納豆をかき混ぜながら何度も首を傾げて唸るサユに、あからさまな呆れと苛立ちを込めて問いかけるサユ。

 対してサユは、その言葉を待っていたとばかりに即答する。


「いやーほら、こんどの土よう日ってさーマユねぇのたんじょー日じゃん? 何あげよっかなーっておもってさぁ~」

「えっ!? そんな立派なこと考えてたんだ? い、意外……。今まで何もしてなかったのに……」

「サ、サユ~、なんにもなくていいよぉ。マユはほしいものないし、むりしなくっていいよ~」


 驚きのあまり箸でつまんでいた卵焼きを皿に落としたアユの隣で、マユは困ったように笑う。


「むふふふふふ、こう見えてもぷらいどがあるんだよ。あたしのときには手ぶくろもらったからねー、おかえししないってわけにはいかないよー。てゆーか、アユはもうよういしてるの?」

「いや、まだだけど……」

「くぅっ……! まだこんなにちっちぇーってのに、うちの娘は何て思いやりのある優しい子なんだ……! なあ、栞那」

「本当にそうね! ノーベル平和賞もらえるんじゃないかしらっ」


 相変わらずのやり取りをする両親をよそに、マユはなおも申し訳なさそうに目を伏せる。


「マユはずっとおうちにいるから作っただけで……あんまり上手にできなかったし、えっと……ごめんね」

「えぇ~、そんなことないってー。かわいいしあったかいし、すっごくうれしかったよー! うーん、うぅ~~ん……あたしはあみものなんかできないしなぁ…………あっ、そうだ!」


 突然、納豆をかき混ぜる手を止めて箸でアユを指すサユ。

 勢いで納豆が一粒、頬に直撃したアユが眉をひそめるが、サユは全く気にする素振りもなく平然と話し続ける。


「いーこと思いついちゃった! ってなわけでー、アユも手伝って!」

「……まあ、別にいいけど……。はしを人に向けないでよ、まったくもう……」


 底抜けの笑顔に毒気を抜かれたアユは、溜め息を押し殺して力なく答えた。




 凩剛健が率いる凩組は、暴力団としての規模はせいぜい中の下といったところで、さしたる組織力は有していない。

 積極的かつ過激な活動で一時は急激に躍進を遂げていたが、剛健に妻ができ、子供ができるにしたがって徐々に穏健派となり、今では完全に鳴りを潜めている。

 そのため、近年では暴力団同士の壮絶な抗争や勢力争いとは比較的無縁な日々が続いていた。


 昔の剛健には想像もできなかった幸せ。

 家族との順風雨満帆な毎日。


 この時の剛健にはどうすることもできなかった。

 自分の知らないところで生まれた争いの火種が一家に降りかかることを止める術など、あるはずもなかった――――。



「ちっくしょおおおっ! よりにもよってマユの誕生日に仕事……しかも泊まりだなんて……! くぅうぅぅっ! 俺は父親失格だあああああっっ!!」

「まあまあ、大事な会合なんだから仕方ないじゃない。マユのお祝いは帰ってから盛大にやりましょう。お土産もいっぱい買って、ね」

「ぬぐぐぐぐ…………」


 玄関先で人の目もはばからず大声で喚く剛健と、それをなだめる栞那。

 通常ならば家族と仕事を天秤にかけて嘆くことなどない剛健だが、娘の誕生日となると話は別らしい。

 剛健は子供のように駄々をこねてしばらく渋っていたが、ついには呆れ果てた栞那に背中を思い切り叩かれて嫌々ながら車に乗り込んだ。



「――ルカさん、ヒロキさん。予定通り剛健が会合にむかいました」

「りょぉぉぉおかぁあぁぁぁぁいでぇえすリョウさぁぁあぁん。いやぁぁあぁ順調ですねえぇぇつまぁんないですねぇぇえぇえ」


 マンションのベランダから双眼鏡で今しがたの一部始終を注意深く観察していたリョウという三十代前半の男に、ルカは子供じみた軽い口調で返す。


「チッ、相変わずふざけたことばっか言いやがって……。まあいい、後は警備が減った頃合を見て突入するぞ」


 サングラスをかけた五十代半ばの強面の男、ヒロキが不機嫌そうに舌打ちをしてから淡々と言い放つと、リョウが双眼鏡から目を離して躊躇いがちに口を開いた。


「あ、あの……本当にやるんですか? いくら同業者が相手とはいえ、こんな……非道なこと……」

「……お前の言うことは分からんでもねえ。だがな、先にやったのは向こうだ。やられたらやり返すのが俺達の流儀だろうが。……何より組長の判断なんだ。喜んで従わなくてどうすんだ」

「うわぁぁあぁおぉぅ、ヒロキさんってぇぇヤクザの鑑ですねぇぇえ。マジリスペクトですよぉぉ僕ぅうぅぅ」

「うるせえっ!」


 余計な茶々を入れるルカに、ヒロキが堪えきれず怒鳴りつける。

 内心ではヒロキもリョウと同じ思いなのであろう。

 床に散らばる煙草の異常な数が、穏やかではない心中を物語っている。


「つーか、俺だって不満はねえが不安はあんだよ。カチコミかけるってのに三人ってのぁどういうこった! あぁん!? 人員に関しちゃてめえの采配だって話じゃねえか、ルカ!」


 ベテラン組員であるヒロキの怒号に思わず身を引いて息を呑むリョウとは対照的に、ルカはどこまでも飄々とした態度でケラケラと笑う。


「なぁぁに言ってるんですかあぁぁあぁよゆーですってぇよゆーよゆーぅぅう。そぉんなことよりぃぃ……あれれぇええ? なーんかおもしろぉいことになっちゃってませんかぁぁあぁぁぁ?」

「んだとぉ?」


 空中を漂うような頼りない足取りでベランダに出てきたルカが、わざとらしく驚いた表情を作って凩家の玄関を指差す。

 そこには、元気よく一直線に外へ飛び出すサユと、小走りで追いかけるアユの姿があった。


「あっ! 目標二人が……! ど、どうしましょう、ルカさん、ヒロキさんっ」


 リョウが慌てて聞くと、ヒロキは煙草に火を点けて少し考えてから冷静に答えた。


「……休みの日は大体家に引きこもってるって話だったが……いいじゃねえか、好都合だ。先にあの二人をやるぞ。リョウ、車を――」

「いやぁぁあ、見たとこ護衛も一人だけっぽいですしぃいぃぃ、お二人にお任せしますよぉぉおぉ。僕はこっちのお掃除しときますんでぇぇぇえぇ」


 ヒロキの言葉を遮って、何でもないことのようにルカはにやにやしながら楽しそうに言ってのけた。

 唖然として、くわえていた煙草を落としたままヒロキがしばしの間絶句する。


「……てめえ正気かよ、予定は深夜だろうが。しかも……一人でやろうってのか?」

「もうちょぉーっといなくなってから行きますんでぇえぇ楽勝ですってばあぁぁあぁ。さぁさぁああオシゴトたぁーーいむっ、ですよぉぉおぉおお♪」

「……ッ! どうなっても知らねえからな……!」




「――――ねえ、サユおねえちゃん……」

「うん?」

「たしかに手伝うって言ったけどさ……」

「うんっ!」

「今日、マユおねえちゃんのたん生日だよね?」

「うんっ!」

「プレゼント、いっぱいできたよね?」

「うんっ!」

「じゃあ、何で私たちまだ探してるの? もう十分なんだし、どうせ今からじゃ間に合わないし……あれがないくらい別にいいんじゃ……」

「なぬー!? なに言ってんのアユ! アレがなきゃダメだよ! ぜんぜんダメだねっ!」

「…………はぁ~~………………」


 凩家からほど近い公園。

 高級住宅地から目と鼻の先という立地から、品の良い服を着こなした育ちの良いお子様が行儀良く遊ぶ場として、土曜日ともなれば少なからぬ人が訪れる人気のスポットとなっている。

 サユとアユは三時のおやつを食べてすぐ、そこで誕生日プレゼントに必要不可欠――とサユが強く主張する――とある物を小一時間ずっと休むことなく一生懸命に探していた。

 しかし、サユほどの体力がないアユは流石に疲労を隠すことができず、額に大粒の汗を浮かべて元気なく息をつく。

 そんなアユの様子を知ってか知らずか、ここ数日同じ作業を繰り返しているとは思えないほど活力に満ち溢れたサユは、いまだ衰えることのない機敏な動きで目的の物を探し続けている。

 発せられる言葉も生き生きと弾んでおり、苦労など微塵も感じさせない。


「まったくもー、アレがいっちばんだいじなんだよ! わっかんないかな~? アレがないっていうのはね、お子さまランチにハタがないようなもんなんだよ!?」

「……いや、私は別にいらないけど…………」


 つれなく返すアユだが、サユの気持ちが全く理解できないわけではなかった。

 例えは共感できなかったが、全てはマユに喜んで欲しい一心なのだ。

 それはアユとて同じである。

 しかしながら、肉体的な限界が近づいている厳しい現状は如何ともし難く、アユは別の切り口から説得を試みることにした。


「あのね、サユおねえちゃん……。マユおねえちゃんのためにがんばるのは感心するけどさ。めんどう見てくれてる組員さんに、これ以上めいわくかけちゃいけないんじゃない?」

「う゛っ……」


 二人から若干距離を置いた場所で、同じように屈んで草むらをひたすら凝視していたラフな格好の厳つい男が顔を上げる。


「いやあ、これは俺たちが勝手にやってることですから、お嬢達は全然気にしないでください」


 まだ幼かろうとも、組長の子供ということで丁寧な口調で優しく話す組員の人の良さに、サユはバツが悪そうに雑草をむしりながら目を背けた。


「むぅぅ……ごめんねーサカモト~」

「もう、ヤクザのくせに甘やかしすぎですよ。お父さんも坂本さんたちも」


 専ら家で遊ぶようになってからは機会がほとんどなくなったが、サユ達三人が外へ出る際には手の空いた組員が警護として同行するのが通例となっている。

 これは剛健の指示ではない。

 自分の娘のために組員を動員するなど、そんな公私混同も甚だしい真似は組長として言語道断。

 それが剛健の考えである。

 普段は単なる過保護で親バカな剛健だが、組の頭であることの責任は誰よりも重く受け止めており、それが組員からの揺るぎない信頼に繋がっている。


 とは言え、もしも娘達に何かあったら……。

 たとえ膝を擦りむいた程度の怪我であったとしても、剛健への精神的ダメージは計り知れないだろう。

 少なくとも、仕事に重大な支障を及ぼすことは想像に難くない。

 そう危惧した組員達が密かに実行しているのが、この警護なのである。

 もっとも、栞那には早々に看破されて警護中の報酬も約束されてはいるのだが。


「う~~……ぜんぜん見つかんないよぉ……」

「もうあきらめようよ。ほら、他の人もみんな帰っちゃったじゃない」

「そうですね、そろそろマユお嬢も心配しますよ?」

「ぬぐぐぐぐ…………」


 気づけば時刻は五時を過ぎ、三人の他には誰もいなくなっていた。

 サユはしばらく唸りながら葛藤を続けていたが、やがて両手を力強く合わせてアユと坂本に頭を下げた。


「あと五分! あと五分だけっ!」

「……はぁ~~……そんなこと言って、ぜったい五分じゃ終わらないんだから……」

「ホントにホント! おねがいっ! 一生のおね……が……………」

「…………? どうしたの、サユおねえちゃん?」


 声を途切れさせたサユが、呆然としながら一点を見つめている。

 アユと坂本が目を合わせて困惑していると、サユが突然叫んだ。


「あ…………っったああああああああっっっ!!」


 猫のように俊敏な動きで草むらにぴょんと飛び込み、すぐさま天高く掲げた両手には目的の物が夕日を受けてうっすらと赤く輝いていた。


 四つ葉のクローバーだ。


「やった……! やったやったーーーーーーーっ!!」

「やりましたねっ、サユお嬢!」

「大げさなんだから、まったく。…………まあ、がんばってよかったね」


 何度も飛び跳ねて喜びを爆発させるサユ。

 あまりにも無邪気で可愛らしい姿を見て、普段のドスが効いた低音が嘘のように明るい声で祝福する坂本。

 呆れ混じりの視線を送るアユも、態度とは裏腹に口元が緩んで嬉しさを滲ませている。


 そんな微笑ましい状況が十数秒あまり続いた後だった。


「ぐっっ――――!?」


 坂本が突如、短い呻きを残して地面にドサリと倒れた。

 なおも小躍りしながら喜ぶサユと疲れで肩を落とすアユが何事かと揃って目を向けると、そこには背の高い二人の男が立っていた。


「おいおい、随分と役に立たねえ護衛じゃねえか。凩組は腑抜けと馬鹿しかいねえのかよ」


 そう言って、ヒロキがスタンガンを片手に坂本の頭を踏みつける。


「サ、サカモトーーっ!」

「ッ……ごめん、お嬢ちゃん達。悪いようにはしないから……!」


 罪悪感に顔を歪ませ、拘束用の縄とガムテープを持つ手をわずかに震わせながらアユとサユに迫るリョウ。

 突然の事態。

 相手は大人。

 坂本はやられた。

 そんな突発的かつ危機的状況にも関わらず、アユの行動は冷静で迅速だった。

 アユは首から下げた防犯アラームのピンを素早く引き抜き、サユの手を引いて走り出した。


「あっ……! ひ、ヒロキさん、ど、どうします!?」

「チッ……馬鹿野郎! とっとと捕まるぞっ!」


 まだ六歳とは思えない最適な動きと鳴り響く大音量の警報に、リョウが動揺を顕にして動きを止める。

 近くに人はいないが、これだけの音なら誰かが気付くのも時間の問題。

 今のサユとアユにできる最善手――――。


 しかし――。

 古参のヤクザとして修羅場を潜ってきたヒロキは一切怯むことはなかった。

 迷うことなく距離を詰めてアユを捕まえると、即座に防犯アラームを奪い取り、踏みつけて粉砕した。


「っく……! だれか助け――――――んむっ」


 最後の抵抗として声を上げようとするも、すぐさま口にガムテープを貼られて封じられてしまう。


「アユッ!! このーーアユをはな――――むぐぐ……!」


 ヒロキに飛びかかるサユを、追いついたリョウが捕まえて口を塞ぐ。

 サユは手足を滅茶苦茶に振り回してジタバタと暴れるが、大人の力に敵うはずもなく、すぐに縄で縛られてしまった。


「ったく、半端なことしてんじゃねえぞリョウ! 殺すわけじゃねえんだからビビってんじゃねえよ。このガキの方がよっぽど肝が据わってんじゃねえか!」

「す、すみません……」


 まだ覚悟が決まっていないリョウの不甲斐のなさに喝を入れ、ヒロキは辺りを見回した。

 夕焼けに染まる公園の周りは相変わらず人の気配がなく、アラームが壊れた今はひぐらしの鳴く声だけが虚しく響いている。


「……誰にも見られてねえな……。オラァッ! 早く行くぞっ!!」

「は、はいっ!」

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