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キチかわいい猟奇的少女とダンジョンを攻略する日々  作者: 新実 キノ
第五章 悲しみの向こうへ
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みんななかよし

 通勤ラッシュで混雑する駅の喧騒から離れた、国内屈指のとある高級住宅地。

 その一角に、一際目を引く巨大な豪邸がそびえ立っていた。


 約千坪を誇る広大な敷地を完全に包囲する高く頑丈な金属塀。

 建物の内部から手入れの行き届いた庭の隅々に至るまで死角なく設置された最新の監視カメラ。

 もはや住宅というより要塞とでも形容すべきだろうか。

 見るからに上流階級のセレブといった風体のマダム達が優雅に談笑する脇を通り抜け、一日に何台もの自動車が忙しなく要塞に出入りする。


 そんな近寄りがたい雰囲気を漂わせる屋敷の三階から――。

 玄関を行き交う厳つい男性集団が発するドスの効いた胴間声とは対照的な、小鳥のさえずりのように明るく快活な笑い声が響き渡った。


「あははははっ! どう? どう? すっごいでしょーーっ!」

「うんうん! サユはすごいなぁ、とってもとっってもすごいなぁ~!」


 五十畳の広々とした空間にはキングサイズの大きなベッドに百インチの薄型テレビ、そしてフローリングの床いっぱいに散らばる数々の玩具。

 分厚い防弾ガラスの窓からたっぷり差し込む朝の日差しは隙間なく覆う厚手のカーテンによって遮られているが、それでも三人の幼い子供の白い肌が眩しいまでに綺麗に輝く。


「サユおねえちゃん……すごいのはすごいんだけど、もう何回目なの、それ。流石に飽きてきたから他のが見たいんだけど……」


 興奮して騒ぐ二人から少し離れ、顔がすっぽり隠れる本を開いて冷ややかな視線を送るのは、この家に暮らす一家の三女――アユ。


「う゛っ……ま、まだまだすっごいのいっぱいあるもん。でも、まだれんしゅーちゅーだから!」

「へぇ~~、ふぅ~~~~ん、そうだといいねぇ~~~~」

「ほ、ほんとだもん! もぉー、アユはいじわるだなー。フンだ、すぐにあっと言わせてやるんだから!」


 上機嫌から一転、自慢のカード当てマジックに対するアユの辛辣な言葉に、トランプを握る小さな手に力を込めて頬をぷくっと膨らませる次女――サユ。


「あははっ! でもマユはもっと見たいなぁ。うーん、ぜったいわかんないはずなのに、何でわかっちゃうんだろ……。ねえねえサユ、何で? どうして?」

「ふっふーん、これはきぎょーひみつだからね。いくらマユねぇでもおしえるわけにはいかないなー。アユにはもーっとおしえてやんないっ」

「いや、私は別にいいけど……」

「うーん、気になるなぁー。やっぱりすごいなぁサユは」


 不思議そうに首をかしげながら、終始ニコニコと穏やかな笑みを浮かべる長女――――マユ。


 凩マユ、八歳。

 凩サユ、七歳。

 凩アユ、六歳。

 肩甲骨まで伸びた滑らかな黒い髪を左サイドに束ねるマユ、ポニーテールにするサユ、まとめずに真っ直ぐ伸ばすアユ。

 髪型にこそ違いはあれど、背格好から顔の造形に至るまで三つ子と見間違うほどそっくりな三姉妹は、いつもお揃いの服装に身を包み仲睦まじく過ごしていた。




 ――豪邸の主、凩剛健は俗に言うヤクザだ。


 そういう家庭に生まれたわけではない。

 十代半ばまで、どこにでもいる一般的な不良だった。

 物心がつく前に母を亡くした剛健。

 以来、男手一つで育てられてきたのだが……そこに愛はなかった。

 父は厳格だったのではない。

 ただ、息子に無関心だった。

 生来の剣呑な形相のせいで信頼できる友人に恵まれなかったことも相まって、剛健の心は荒んだ。

 そんな剛健が高校卒業から間もなくしてヤクザの道を歩んだのは、何ら不思議ではないことだと言えるだろう。

 体格、腕っ節、物怖じしない度胸、そして何より自身も意外だった卓越したリーダーシップによって瞬く間に頭角を現した剛健は、数年もしない内に組織の誰しもが一目置くまでに至った。

 ヤクザの中のヤクザ。

 鬼の剛健。

 そう、畏怖すべき存在として……。


 しかし、剛健は変わった。

 三十歳を迎える目前……愛する者と結ばれ、子供を授かった頃から――――。



「おはよう、愛する娘達よ! あぁあぁぁ……今日も相変わらずかわいいなあ、お前たちはっ!」


 溺愛すぎるほどの溺愛。

 親バカの剛健。

 だが、そのあまりの変わりように対する周囲の評価は、思いのほか好意的な声が多かった。

 組員に対しても厳格かつ冷酷で、これまで恐怖混じりの尊敬はされども孤高であった剛健が、妻と娘の愛情によって凍りついた心を優しく溶かされたかのように、驚くほど情に厚くなったのだ。

 結果、剛健は三十七という異例の若さで組長に就任した。

 娘を大事に思うあまり過剰すぎるセキュリティとなった自宅は、同時に事務所としても利用されるようになり、本人は威厳を気にして隠し通しているつもりの愛情溢れる甘ったるい家族間コミュニケーションも、組員の間では微笑ましいコメディとして受け入れられることとなった。


「あははははっ、おはよーパパ」

「おとーさんはホント朝から元気だよね~」

「お父さん……うるさい……」


 頬を緩ませ、勤務時と比べて五割増の高音でハイテンションに挨拶する父親に対して、三者三様の反応を見せる愛娘達。

 それが最高のリアクションだと言わんばかりに、剛健はますます顔を綻ばせる。


「さあ、そろそろ学校の時間だぞ~アユ、サユ。今日も気をつけて行ってくるんだぞぉ。マユも頑張ってお勉強しような~」

「うんっ、マユがんばる!」

「うへぇー、もうそんな時間かぁ……めんどくさいなーガッコー」

「まったくもう、サユおねえちゃんは……。早く行くよ」


 うなだれて表情を曇らせるサユの背中を押すアユ。


「しかたないなぁ……それじゃマユねぇ、ガッコーで新しいマジックれんしゅーするから楽しみにしててね!」

「ちゃんと勉強してってば……。すぐ帰ってくるから待っててね、マユおねえちゃん」


 じゃれ合いながら部屋を後にするサユとアユを、マユは小さく手を振って笑顔で見送った。

 そんなマユを、剛健は申し訳なさそうに一瞥して目を伏せる。


「マユ……ごめんな、お前も学校に行きたいだろうに……。そんでもって、俺だけでもそばにいてやりたいんだが……その……な…………」

「ううん、パパはおしごとがんばってるんだもん、ぜんぜんごめんじゃないよ。マユは大丈夫だから」

「マユ…………ありがとうな。よおし、パパも頑張って速攻で帰ってくるぞぉー!」

「あはははは! いってらっしゃいパパ」


 春一番のようにあっという間に過ぎ去った、賑やかで心地よい時間。


 父と妹がいなくなった広すぎる室内で、マユはゆっくりと教科書を開く。



 ふと――――。


 ちらりと上げた目線の先には、中身がなく新品同然の水色のランドセル。


 ほんの少し唇を噛み締めたマユは、しんと静まり返った部屋でぽつりと呟く。



「一人ぼっちは……やっぱりちょっと、さみしいな……あはは…………」



 重度の光線過敏症。


 二年前から、ずっと…………


 マユは、家の外へ出ることができなくなっていた。

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