活動報告より(2015・8・1)
こちらも以前、活動報告に載せていたもの。
中途半端なので、番外編として完成させきれなかったものです。
内容は『ここは人類最前線』に出てくる多才な軽薄軽業師サルファの幼少期。
しかし本人が出てくる前に放置。
書いていた部分と概要だけ、ここに出してみようと思います。
フィサル 掴んだ弱みは離さない
【 フィサルとシフィの武術修行 】
それは、フィルセイス家の四男が婚礼をあげた年のこと。
騎士の任務や仕事の関係、各々の事情で王国の方々に散っていた兄弟は、目出たい祝宴に席を同じくする為、久方ぶりに集まっていた。
兄弟の長兄ルアザリアードは齢三十。
血気盛んな弟達をよく纏め、家のことを取り仕切っていた。
その祝宴の席。
一族の当主として忙しく立ち働いていた長兄がようやく僅かばかりの暇を設け、花婿の親族席へと足を向ける。
そこには彼の屈強な弟達が、各々酒杯を零れんばかりに満たし、女達とは席を分けて楽しく過ごしていた。
弟達の陽気な様子に、自分だけ仲間外れかと長兄が苦笑を浮かべる。
ゆったりと近づいてきた長兄に気付いた弟達は、そんな兄の疲れも知らず、それぞれ満面の笑みで兄を出迎えた。
「やあ、我らが長兄殿のお出ましだ! 見るからにお疲れの様子、皆で持成してやらねばならんな!」
調子の良い掛け声で、五男に当たる青年が酒瓶を掲げる。
「あにぃ、この杯を使ってくれ!」
三男に当たる男が、透明度の高い青玻璃の杯を掲げると、それに次男がぎょっと目を剥く。
「お前、それどこから持ってきた! おじじ殿の秘蔵品じゃないか」
「固いことはよせよせ、言うなや小あにぃ! どうせ仕舞い込んでたって、それこそ宝の持ち腐れ! あるからには使ってやらねば、道具も浮かばれまいよ」
「調子のいいことを言いおって。おじじ殿がお怒りになっても、俺は庇わんからな」
「ははっ その時は堂々と言ってやろうさ! 道具が大事にしまわれ埃を被るより、酒を浴びて己も酔いたいと言ったのですってな!」
「おお、良いことを言うな。よし、いざという時の弁解はお前に任せた!」
「私一人に押し付けるのは酷いぞ、三兄!」
兄弟の誰もが同胞の婚礼に喜び、祝い、楽しい酒を酌み交わしていた。
祝いの席は宴もたけなわ。
祝え祝えと蒼く晴れた空も、歌う鳥も人々を急かす。
そんな最中で久方ぶりに兄弟が揃えば、話題は自然と各々の近況や家族の様子といった身内の話に花が咲く。
「二兄のところでは、今度子が生まれるんだろう? 男だったら言うことなしだが女の子も捨てがたいよな。二兄はどちらがよろしいとお思いか?」
「そうさな…男も良いが女も良い。むしろどちらでも良いのだが、どっちも欲しい。いっそ男女の双子で生まれてくれまいか」
「ははは! 実際に双子が生まれたら青い顔をするくせに!」
「そうさな。小あにぃは迷信深いことを重視する性質だものな。男女の双子は不吉とよう婆様が言うておったな」
「此奴こやつらめ、兄を何でもかんでも信じる愚直者の様に言いおる! 俺とて実のない風習を盲信するほど愚かではないよ」
「さて、それはどうか――ふはは。楽しみがまた一つ増えたわ」
「実際にどうか、子が生まれたら存分に確かめてやりましょう。二兄の子が生まれるのは秋口ということだし、秋頃には情勢も落ち着くでしょう。生まれたら即座祝いに駆けつけます故、お覚悟召されよ」
「まったく、生意気な弟どもめ…!」
そう言いながら、兄弟の顔から笑みが失せることはない。
怜悧な次兄も、獰猛な獣を思わせる三兄も、軽快な語り口で場を和ませる五兄も。
それら弟の笑みを見て、男らしい顔に長兄は穏やかな笑みを浮かべる。
弟らを見守る兄の眼差しは、温かく。
その温もりにより恩恵を無自覚に甘受する弟らの話は尽きることない。
「そう言えば、子といえば」
ふと、口を開いたのは国境の馬賊を取り締まる為、長らく都を離れていた三男だった。
「あにぃのところの子は、どうしておるのです?」
「うむ…」
長兄の息子は、一族の総領息子。
将来、家を継ぎ一門を導くべき男おの子だ。
その成長、育ちようは彼らにとっても安穏とう放置できるものではない。
何しろ自分達の長となる未来を見越し、見守らねばならない子供なのだ。
一度誰かが言及すると、全員が意識を寄せられる。
弟達は皆が皆、気になることを隠しもせず長兄へと視線を向けた。
「確か我らが末弟もともに引き取って兄弟のように養育しておられるとか…」
長兄の読み難い顔色を窺いながら、五男が問いかける目を向ける。
どう成長しているかと問われ、長兄は内心で困っていた。
しかし、感情というものの出難い彼の顔色には、その焦燥も困惑も現れはしない。
的確に彼の顔色を読み解けるのは、この世に嫁一人である。
しかし彼の細君ほどでなくとも、誕生から今まで付き合いのある兄弟達はそれぞれそこそこに長兄の顔色を読む術に長けている。
傍目に平素と変わらぬ目の中。
長兄の困惑を読み解いた弟達は、それぞれも困惑を目に浮かべる。
まるで伝染するように、彼らは一様に困り果てた。
兄の様子から、大凡おおよその状況を読み取ってしまったのだ。
長兄の息子が、武術訓練を開始する年齢に達してから、既に三年。
兄弟はそれぞれの任務や事情により、五年近く一堂に会すことはなかったのだが………
それでも折に触れ、それぞれ一族の者から軽く話は聞いていた。
その話の大概は、呆れと失望と、苦笑交じりの物であったが。
「そのようにお困りになるほど、状況は悪いのですか?」
気遣うような瞳の、次兄が問いかける。
いつも弟達の話を聞いてばかりで、積極的に喋ることの少ない長兄。
しかし今は、どれだけ喋るのが苦手でも喋らねばならない。
常から重い口を、更に重く感じながら。
深い胸の内を汲み上げ、何と語ったものかと思いながら。
長兄は、己の息子の様子を弟達に告げた。
「五歳の時にな」
「はい」
「我が一族の伝統に則り、武術訓練を開始したのだが…」
「………」
長兄の口が、いつもよりずっと重い。
気遣うような目を向けながら、どんな話が飛び出すのかと弟達は内心で身構える。
経験上、彼らの長兄がこういう時は、長兄自身も戸惑いを消化できていないことが多い。
どんな話が飛び出すのかと、弟達は唾を呑む。
果たして、彼らの長兄の話は簡潔であった。
「逃げられた」
悪く言うと、簡潔すぎた。
「はあ? 逃げられた?? 逃げたので捕まえた、ではなく逃げられた??? それってつまり、逃亡に成功されたってことだよな?」
「え、一の兄上から…?」
「兄上ならば、五歳の幼子如き捕まえるのも容易いでしょう…?」
弟達それぞれの、困惑の目が痛い。
もう少し詳しく語れと無言で催促を受けている。
「一体、どういう状況で兄上から逃げ果おおせたというのです」
「うむ」
「いや、うむじゃない。うむ、じゃないぞあにぃ!」
「実際に、見るも見事鮮やかに逃亡された」
「どんな状況で?」
「む………本家の訓練場を使つこうたのだが」
「……………あの円形闘技場を、か」
「あそこって………逃亡不可能、だよな?」
「訓練場の周囲を高い塀で囲っておりましたよな。それこそ逃亡や侵入、訓練の情報漏洩防止の為に」
兄弟の間を、微妙な空気が駆け抜けた。
彼らの知る訓練場の出入口は、一つ。
そして訓練の間は、音をあげた軟弱者が逃亡しないよう、鉄格子が下されている。
「え、どこから逃げた…?」
「塀を攀じ登り、近くに生えていた木に飛び移って脱出されてしもうた」
「………五歳児が?」
「五歳児が、だ」
「五mの塀と、幅四mの堀と、二mの鉄柵を超えて…?」
「え、そこまでして逃げる…?」
うむと重々しく頷く長兄に、次兄と五男が黙り込む。
「逃亡に成功したあたりは、将来有望というべきなのか…?」
困惑交じりの声は、三男のものだ。
その後、更にそれが訓練開始二十分後のことで、まだ軽い構え方と素振り練習の段階でのことであったと知り、弟達は完全に言葉を失う。
それは、何と言うか…
逃走手腕は認めるが、武家の息子として間違っているだろう。
その身体能力と努力と根性を、何故訓練に回せないのか。
初回の訓練であれば、そこまで難しいことを要求した訳でもないだろう。
だというのに、逃げたのか。
大人でさえも苦心する苦難を抜けて、逃げたのか。
そうやって逃げる労力の方が、確実に勝っている気がするのは、兄弟だけであろうか…。
「あの身軽さ、すばしこさは見事の一言。体力作りには成功していたことを喜ぶべきか、訓練から逃げ出す惰弱者と怒るべきか………」
「いや、そこは叱れよ」
兄弟の家は、武門の家系。
一族は代々有能な騎士や戦士を輩出してきた家柄である。
幼い子供らも将来的には騎士か戦士にする前提で教育を受ける。
三歳の頃から体作りを兼ねた体力訓練を開始し、五歳の頃から戦い方を学ぶ武術訓練を開始する。
長兄の息子、一族の跡取りはその最初の武術訓練で逃走に成功して以来、頑として武術訓練を拒んでいるらしい。
無理やり強引に臨ませても、長兄の隙を突いて逃亡してしまう。
「長兄から逃げるのに成功するだけでも驚きなのに、一度ではなく毎回…!?」
「その偉業だけを聞けば、期待もできるというのに…」
「俺でも、兄上からそう何度も逃げることなど…」
彼らの長兄は、一族の当主。
誰よりも強くあれと、厳しく育てられた戦士にして騎士。
兄弟の誰よりも強く、誰よりも逞しい。
だからと言って力任せの体力馬鹿である訳もなく、見た目以上の俊敏性は曲者を容易く捕まえ逃がさない。
一族の規模を超え、今や王国最強と呼ばれる騎士。
それが彼らの長兄なのだが………
問題の長兄の息子は、そんな長兄から毎度逃げ果せているという。
それも、最長記録二十分で。
長兄は訓練場で、自分から逃げる可愛い我が子を思い出す。
いつもは素直で愛らしいのに、あの時ばかりは小憎らしい。
しかし目の残る鮮やかな身のこなし。
本当に、あれだけを見れば惜しいと思えてならないのだが…
「我が息子ながら、猿のような身のこなしであった」
「いやいや、兄上。猿じゃ駄目だろう、猿じゃ!」
「そうだぞ、あにぃ! 猿じゃ騎士にはなれんだろうが!」
息子の身のこなしを思い出し、そこにだけは感心してしまう長兄。
そのどことなく呑気な感想に、弟達が一斉に抗議の声を上げる。
「騎士に育てるのだぞ!? 騎士なれば猿ではなく狼でなければ駄目だろう!」
フィサル=サルファの家での呼び名。
メモによると、この後サルファのパパンとそのご兄弟勢ぞろいでサルファとシフィ君のお2人を鍛えよっかーという展開になる予定だった模様。
サルファとシフィ君、崖に落とされます。
「獅子は我が子を千尋の谷にー!」なんぞと言って、叔父さんたちが突き落とします。
シフィ君は素直に自分から崖下落下。
サルファは逃げようとしてぶん投げられる。
そこからシフィ君は素直に崖を上りはじめるんですが、サルファは登り始めたシフィ君を見送った後、崖を上るのではなく崖壁沿いに下山の道を選びました。
登りたくないから回って帰ろうという捻くれぶり。
そうして帰ってこないサルファを案じて叔父さんたちがおろおろし始め、崖下の捜索を始める頃、何の苦も無く歩いて家に帰っていたという……




