狼が着たぞ!
毎回イロモノ女装させられる狼男と、狼男を無邪気に翻弄する魔女の孫娘のおはなし。
――昔、遥かなる昔、大きなおおきな帝国があった。
大陸のほぼ全域を支配した、誰もがその存在を知る巨大帝国。
誰も逆らえない絶大な力をもって君臨した歴史上唯一の帝国。
しかしどれだけ強い力を持とうとも、どれほど大きな国だったとしても、いつか滅ぶことを免れることは出来ない。
昔、大きな帝国があった。
その事実だけを歴史に残し、今ではもう帝国の民はいない。
繁栄の絶頂期に、前触れもなく一夜にして滅んだのだと言い伝わる。
どうして滅んだのか、いつ滅んだのか歴史書に確たる記述はない。
だが一部の伝承ではこう伝えられていた。
栄華を極めた帝国は驕り、その傲慢から人ならざる者の怒りを買ったのだと。
今となっては名も伝わらぬ帝国の、その都があった場所に痕跡は見当たらない。
ただ、森があるだけ。
都は帝国の歴史よりも古くから存在する森に呑まれ消え失せた。
かつては小さく、長い時間を伴っても決して範囲を広げることのなかった森は、帝国が滅んだ夜にのみ暴走した。まるで意志を持っているかのように、爆発的な勢いで森から木々が溢れ出し、人間の造った建造物を呑みこんでいったのだと。
帝国は呪われたのだ、という者がいる。
都を丸ごと呑みこんで、森の暴走は止まった。
意思を持っているかのような、古い森。
森には帝国の亡びに関与したとされる魔女が、今でも棲んでいるらしい。
呪いを恐れて誰も近寄らぬ古い森に、不老不死の魔女。
今でも森と魔女は人々の畏怖を集め、近寄る者はひとりとしていない。
……と、いうことになっていた。
――人狼の森が鳴く。
古代帝国は滅びたが、名残はそこかしこに残された。
常人とは異なる特徴を持った、いくつかの種族もその名残だとされる。
傲慢な帝国の貴人達は、栄華の末に生命を弄んだ。
不老不死。
ただそれを求め、憧れて。
力なき人々の生命を、尊厳を穢して弄繰り回し、やがて人間と呼ぶに躊躇われる姿へと変えてしまった。
人狼は中でも古い種に数えられる。
当時、奴隷階級にあった人々を、貴人達は実験対象とした。
肉体強度や身体能力をとことん高める為の実験を繰り返し、狼の姿と性質を埋め込まれた人々。
帝国が滅び、支配から解放された奴隷たち。
人狼と呼ばれるようになった人々は、人間の目を避けて深い森の奥で暮らしていた。
その集落に訪れる者が現れるまで、平穏に暮らしていたというのに。
人狼の森が、哭く。
「ちく、しょう……畜生畜生畜生っあいつら、あい、つ、ら……!」
幼い少年の胸を潰して。
彼の胸の内には、絶望と怒りが芽生え、育ち。
外の世界の悪意など知らなかった幼子を、憎しみの怪物に変えようとしていた。
だが、彼の敵は限りなく不死に近いとされる、正真正銘の化物達。
憎むべき者共に仇なすため、彼は自然と力を求めた。
不死者と対するに相応しい力を。
安易に力を求めた自分を、彼が後悔するのはそう遠い未来ではなかった。
若き狼。
賢く猛き、残された唯一の自由な獣。
不死の怪物を敵と定め、戦う術を求めて彷徨う。
放浪の果て、少年はさほどに時を置かず一つ目的地を定める。
不死の者共と戦うには、何が必要か?
ただそれだけを考えての決断。
殺しても、殺しても死なない不死の者達。
長く、長く長く生きる悍ましい者共。
不死に対して、少年の一生は短すぎた。
戦い続ける為に、彼は考える。
そう、不死と戦うには自分にも不死の力が絶対に必要だと。
目的を定めてしまえば、求める力を得る方法も自然定まる。
彼は知っていた。
否、大陸に住まう者達ならば、多くが知っていた。
かつて大陸の多くを占めて支配していた古の帝国。
それを滅ぼしたとされる、不死たる魔女の伝説を。
その伝説が、決して根拠のない作り話などではないという事も。
古き帝国の、都があった場所。
そこに古の森は遥か昔から変わることなく在り続ける。
森の奥には、魔女がいるという。
帝国を滅ぼした、不死の魔女。
不死という稀なる力を求め、少年は森へと踏み入る。
放浪で衰弱しかかった体を、燃え盛る憎悪と鋼の如き気力だけで突き動かして。
そしてあっさりと。
実に実にあっさりと。
少年は魔女に捕獲された。
艶やかに、艶やか。
なまめかしい、その赤い唇。
若く美しく、されど年齢が幾つ頃なのか何故か判然としない。
森の中、木々に絡ませることも無く長い髪を下ろした女。
身体の線に沿った赤いドレスに、黒いショール。
おおよそ森の中とは思えぬ、煌々しい立ち姿。
異常だ。
昼でも暗い深き森の奥、そんな場所で着飾った女が目の前にいる。
その事自体が異常でなくて、何だというのか。
あっさりと引っかかってしまった、罠の中。
狼の力でもってしても、決して破ることのできない恐ろしく頑丈な網の中。
逆さで宙吊りという哀れな姿で捕らえられた少年は、唇を歪めて笑う女を見た。
何がおかしいというのか、女は少年を見てずっと笑っている。
罠に囚われた哀れな狼を嗤っているのか。
屈辱に奥歯を噛みしめるが、自分を捕らえた者を無暗に刺激する訳にはいかない。
女の出方を窺う少年は、内心の怯えや震えそうになる衝動を噛み殺す。
「——ああ、なんて幸運なんだろうね。望外の獲物だよ」
女は、魔女はやたらと頑丈な網ごしに、少年の頬を撫でた。
放浪により薄汚れた肌の、労をいたわり慰めるような優しい手つき。
だけど女の表情は、優しさとは程遠くにんまりと口を三日月に吊り上げる。
「お前、幼い狼の子。名前はなんというんだい?」
「………………」
「おやおや無言かい? 好きに呼んでいいという意思表示なら、適当に名付けて呼んでしまうよ。そう、タマとかミケとか——」
「なっ……俺は、クオウ、だ」
なんでよりによって、猫の名前なのか。
釈然としない気持ちが、少年—―クオウの重い口を開かせる。
僅かに頬を引き攣らせながら、逆さとなった視界で魔女を強く睨みつけた。
「そう。お前、クオウというの。ふふ、名前も素敵ね」
幼い狼の睨む視線など、意にも留めず。
女の吊り上がった口端が、猫のような嗜虐の色を帯びる。
ゆっくり、ゆっくりと頬から首筋へと指を滑らせるように魔女は撫で。
そして、言った。
「丁度良いわ。私の可愛い可愛い孫娘への、祝いの贈り物に悩んでいたところよ。お前のことは、私の孫娘に与えるとしましょう」
いつの間にか、少年の首には首輪がはまっていた。
赤い鞣革に金色の金具。
ごくごく一般的なつくりの……犬の首輪。
太く、鍵がかかっている訳でもないのに——その首輪は、何故か指をかけても金具が外れることがない。
いや、そもそも、魔女は決して少年が捕らえられた網の中へは指を入れなかった。
ただ、網ごしに首筋へと触れていただけ。
首輪を持っていたことも、それを少年の首に巻くこともしなかった。
なのに気付けば、首輪がはまっていた。
その事実に、少年の背筋がぞっと冷える。
「可愛い可愛い狼さん? 貴方、わたくしの可愛い可愛い、とってもかわいい孫娘の、犬とおなりなさいな」
私と孫娘で、存分と弄んであげましょうねぇ。
楽し気に微笑む魔女の顔は、恐ろしいほど——優し気だった。
赤い首輪をはめられただけ。
なのにそれだけで、魔女の言葉に逆らえなくなった。
自由意思を奪われた訳ではないのに、反抗を封じられて従うしかなくなる。
網から降ろされた少年は、顔を強張らせたまま魔女に従い更に森の奥へと。
そこに、魔女の孫娘が——これより少年の主となる女がいるという。
自由だけが少年の持ち物であったのに。
その自由すらも、あっさりと奪われる。
腕力にはそれなりに自信があった。
人狼の生まれだ。
衰弱し、痩せたとしてもそんじょそこらの男には負けない。
だが腕力では抗しきれない、得体の知れない未知の領域がある。
力さえあれば、どうとでもなると思っていた。
その力が通じない相手を前に、今は手も足も出ない。
魔女は言った。
少年を弄ぶと。
愉快そうに、少年の顔を細く白い手でくすぐって。
一体これから何をされてしまうのか。
自分はどうなるのか……魔性の女どもの、玩具となってしまうのか。
不安と怯えは、もう噛み殺せそうにない。
そうして連れてこられた森の奥。
古代の帝国の名残と思しき、朽ちかけた建造物。
半ば以上森の木々に呑みこまれながら、それでも原型を遺す人間の名残。
石造りの古い建物には、しかし人の生活臭とも呼ぶべき気配がある。
煮炊きの匂いが、少年の鼻をくすぐる。
もう長いこと、彼にとっては縁遠かった暖かな気配。
ああ、確かにここに誰かが暮らしているのだろう。
それが魔女の孫娘なのだと。
婀娜めいた美しい、女。
その孫娘とはどんな女なのか……それに与えられて、自分はどうなってしまうのか。
きつく手を握り、恐怖を紛らわそうとする。
その、目の前で。
女がすぅっと息を吸い、自らの頬に手を添えた。
そっと、柔らかく。
優しい声が、大きく張り上げられた。
「リュミィちゃぁーん、おばあちゃまですよぉ!」
おばあちゃま。
いや、確かに孫って言ってたけど。
しかし目の前の若々しい姿とあまりにも不釣り合いな呼称に、かぱりと少年の口が開く。
しかしこの後更に、少年の顎が外れるような現実が待っていた。
「おばあちゃまー!」
とてててて!
そんな、軽い……とてもとても小さく軽い、足音。
もうそれだけで走る『誰か』の体重がどれだけ軽いかわかる。
声も高かった。
女の声というよりも、そう、子供のような——
そして少年は、『現実』とこんにちはした。
朽ちた宮殿の回廊を曲がって抜けて、駆け寄ってくる。
一所懸命に、両手を上げて走ってくる……その姿が、やたらと小さい。
魔女は悲鳴のような声で叫んだ。
「まあぁ! リュミィちゃん!? そんなに走っては転んでしまうわ!」
「だいじょうぶ、なのー!」
ぽすり。
これまた軽い音を立てて、魔女の『膝』へと飛び込む『孫娘』。
そう、『孫娘』という形容がとても似合う。
真っ赤なケープに白いレースとフリルのワンピース。
そんな服装も、ただただ微笑ましく感じられる愛らしさ。
魔女の腰にも届かぬ、背丈。
魔女の『孫娘』は、十歳にも満たない幼女だった。
え、あの女の子がこれから俺の『主』なの?
クオウの胸中を、さっきとは別の意味で絶望が横切った。
これから一体、何をされるんだろう……
やっぱりさっきとは微妙の意味の異なる呟きが、少年の不安をそのまま表していた。
そして、無情にも。
魔女は幼い孫娘に告げる。
「リュミィちゃん♡ おばあちゃまからお誕生日のお祝いよ♡ 大きなお人形さんを欲しがっていたでしょう? おばあちゃま、張り込んじゃった☆」
少年の命運、決定。
どうやら本気で幼女の玩具にされつつあるようだ。
少年の額から、とめどなく汗が滴り落ちる。
それはきっと冷や汗というものだろう。
少年の目の前には、小さな一人の女の子。
それこそまだ幼さの残る、彼でも抱えられてしまいそうな……
まるでお人形のように可愛い女の子は、お人形に着せるような愛らしさに全力を振り絞ったワンピース姿も相俟って、よりお人形のようだ。
物凄く、似合ってはいたが。
困惑して、犬なら耳を伏せてしまっていそうな少年を、魔女の孫娘はきゅるんと大きな眼で見上げてきた。
その眼差しは、実に不思議そうだ。
実際に小首を傾げて、少年をじいっと見ている。
孫娘が少年に興味を持ったと察したのだろう。
「おばあちゃま、このおにいちゃん、だぁれ?」
「ふふふ。うふふふふ。おばあちゃまからリュミィちゃんへのお誕生日プレゼントよ」
「おにいちゃんが?」
「リュミィちゃん、おっきいお人形欲しがっていたでしょう? おばあちゃま、張り込んじゃった☆」
「おにいちゃん、おにんぎょうさんなの?」
魔女はにこにこと、蕩けそうな顔で孫娘の頬を撫でる。
いや、蕩けそうなというか、既に蕩けていた。
どこからどう見てもデレッデレな孫馬鹿おばあちゃまである。
見た目は祖母というより母親か、下手したら年の離れた姉に見えるのだが。
しかし言っている内容はヤバさしかない。
こんな幼い孫娘に何を言っているのか。
情操教育面でも将来への心配しか感じられない。
魔女に首輪をはめられ、生殺与奪を握られた少年の顔は引きつるばかりだ。
幼女にまっすぐ無垢な瞳で「お人形さんなの?」と聞かれても、一体何と答えれば良いんだろうか。
だが幼女にとって、身近な大人のいう事は絶対なのだろう。
何を納得したというのか、にぱっと笑って少年のお膝に抱き着いてきた。
「おにいちゃん、リュミィのおにんぎょうさんなの、ね!」
「えーと……」
キラキラと輝く、無垢な眼差しが痛い。
「おにいちゃんのおなまえは?」
「……」
「ん、うんと、おなまえ、は?」
「…………」
「おにいちゃん、おなまえないの? リュミィがつける?」
「少年、だんまりを決め込むのは貴方の勝手だけれど、一つだけ言っておくわ? リュミィちゃんが大事にしているお人形に着けた名前は、熊のぬいぐるみが『ハニー』、兎のぬいぐるみが『バニー』という名前よ」
「……クオウだ」
「! おにいちゃん、それがおなまえ? え、えっと、こん? こ……くぉ?」
「発音が難しいのか?」
「えっと、うんと……こーたんね!」
「大胆に省略された! 名前の原型が見当たらない!」
「うんと、だめ?」
「せめて『く』! 『こ』じゃなくて『く』で!」
「わかった! くーたん、こんにちは!」
「……こんにちは」
人狼の郷を追われてから、今まで。
殺伐とした放浪生活が脳裏をよぎる。
つい数時間前までの自分が置かれた境遇とのあまりの違いに……あまりのほのぼのぶりに、クオウの全身からぐったりと力が抜ける。もう膝をついて項垂れてしまいそうだ。
「くーたん、くーたん、あのね?」
「なんだ……」
「おようふく、ぬごっか!」
「なんでそうなった!?」
幼女、いきなりの爆弾発言。
それまでの脱力ぶりから一転、ぎょっと目を剥く少年。
もしも犬の尻尾があれば、一瞬にして毛が逆立っていたことだろう。
戦々恐々とした目で突拍子もないことを言いだした幼女を見る。
「く……っ無垢な目をしてやがる」
しかし幼女の目に、邪な色は一切見当たらない。
一体何が狙いだ。他意は、他意はないのか!
動揺も顕わな少年に、幼女の悪気なく無邪気な追撃が襲う!
「おふろ、はいろ!」
「……風呂?」
「くーたん、どろどろずぶぬれのわんわんみたいなニオイがするの」
「ぐふ……っ」
幼女の率直な感想が、少年の繊細なハートにクリーンヒットだ!
傷つきやすい十代のガラスハートにヒビが入りそうな大惨事である。
しかし仕方ない。仕方ないのだ!
ほんのついさっきまで、放浪生活続行中だったのだ。
少年の体は、色々な意味でぼろぼろで惨憺たる有様だったのだから。
まともに風呂に入った記憶など、里を出る羽目になった前夜が最後である。
その事を自覚していたとしても、多感な年頃で臭いと指摘されるのは苦でしかない。
しかも魔女が孫娘の感想に乗っかってきた。
「ああ、そういえばそうね……ボロ雑巾みたいな、野良犬っぽい臭いがするわ」
「ぐ、うぅ……っ」
「裏手にかけ流しの温泉があるから身を清めていらっしゃい。今のままじゃ、リュミィちゃんまで汚れてしまうわ」
「くぅ……っ」
もう、少年には言葉もない。
悄然と項垂れ、最早指示されるままに温泉へと向かうのみである。
だけど少年の言葉を復活させる一言が、幼女の口から放たれた。
「おふろ、おっふろ♪ ぬぎぬぎしようね、くーたん!」
「やめろ、脱がそうとするな! 自分でやれr……って力強いな君!!」
「うん、うん、それでね、おふろあがったらドレスきようね!」
「……待て。ワンモアプリーズ」
「ドレスきようね!」
「なんてことを言いやがる!?」
「だいじょうぶ、だいじょうぶよ! ちゃぁんとくーたんもかわいくなるから!」
「そんな心配してねぇよ!! なんで男の俺がドレスを着る流れになってるんですかね!」
「え……くーたん、ドレスきてくれないの?」
「純粋な眼でまっすぐに見られてるけど、なんでドレス着ないとダメみたいな空気に持っていこうとするんだ……! 無駄に罪悪感を煽る目で見ないでくださいお願いします!」
「えっと、あの……あのねあのね! リュミィのね、パパがね」
「……うん?」
「リュミィはひとりしかいないの。なのにね、パパがたくさん、たっくさんおようふくをつくってくれるの。たくさんすぎて、リュミィだけじゃぜんぶ着られないの……でもね、あのね、かわいくってだいすきなおようふくは、また着たいっておもうの! だからますます、リュミィだけじゃ着きれないの……」
「……えっと、それで、代わりに俺に着れと?」
「うん!」
「断言しないでくれ……! そもそも、俺と君じゃ体格差がありすぎるだろ!」
「そこは心配いらないわ。リュミィちゃんの衣装を着きれないくらい沢山作っている癖に、あの子ったらなるべく長く着られるようにってサイズ調整の利く服ばっかり作るんだもの。貴方、栄養が足りないのか体が小さくて細身だし、物を選べば十分に着られるわ」
「なんて嬉しくない保証を……! そこは否定してほしかった!!」
「あら、私がどうして貴方の味方をするのかしら? 私はリュミィちゃんの味方よ」
「く……っ」
苦虫を嚙み潰したような顔とは、きっと今の彼の顔を指すに違いない。
奥歯をギリギリ鳴らしながら、女装の未来に突っ走らせられそうな我が身を案じてじりじりと後ずさる。
だが、幼女は彼の醸し出す拒絶の空気に気付かなない!
何故ならリュミィちゃんはまだちっちゃいから!
無邪気に自覚なく、退路を塞いでくる。
「くーたん、リュミィのおねがい……だめ? だれにも着てもらえなくて、おようふくかわいそうなの。着るの、だめ?」
「く……っ潤んだ無垢な眼差しが胸に刺さる!」
「くーたんが着てくれなかったら、おようふくがかわいそう……リュミィだけじゃ、ぜんぶ着られないの」
「う、うぅ……っ」
「なんにしても、貴方の手持ちの服には着替えさせられないわよ。そんなに汚れてボロボロじゃ、身を清める意味がなくなってしまうわ」
「き、着替えなら少しはカバンに……」
「どうせいま着ている服と似たりよったりでしょう。ルミに……私の子に洗濯、修繕させるから全てお出しなさい」
「あ、あのねあのね、くーたん! パパのつくってくれたおようふくね、とってもかわいくてきもちいいの! それにね、それに……リュミィとおそろい、だめぇ……?」
そして。
強制的に人狼の郷を飛び出す羽目になり、帰属社会を失って殺伐とした状況で放浪していた少年は。
ある意味では、ある方向では。
たいへん、純粋で無垢だった。
幼女のお願いを拒むことに、無条件で心が痛むくらいには。
そう、ある意味で。
少年はたいへんチョロかった。
「く、くそ……っわかった! わかったよ、君の服き、き、着る、から……」
クオウ少年、陥落。
その敗北宣言に、リュミィちゃんは諸手を上げて歓声を上げた。
「ほんと!? やったぁ! じゃあくーたん、リュミィの着せかえおにんぎょう、ね!」
「はぁ!? ちょ、ちょっと待て! 着せ替え人形になるとまでは!」
「えぅ? でもおにいちゃん、リュミィのおようふく着てくれるっていった」
「うぐ」
「くーたん、ドレス着てもいいって」
「う、うぅ!」
「くーたん、うそはめ、よ? ね?」
「……~~わ、わかった。男に二言はない……」
こうして哀れ、言質を取られてしまった少年は。
まだ十歳にもならない幼女の、着せ替え人形になるという運命を甘受することとなったのである。まる。
—―そして、十年の月日が流れた。
魔女の孫娘(幼女期) リュミィちゃん
本名:リュドミラ
魔女の幼い孫娘。第一話登場時6歳。
お人形のように愛らしい外見をしている為、保護者達にこぞって可愛い服を着せられている。
情操教育に悪そうな環境で生まれ育っているというのに、びっくりするくらい無邪気で無垢。
基本的には思いやりのある優しい子である。基本的には。
可愛い女の子だけど、ちょっぴり力が強い。
保護者以外の『人』を見たことがない為、若干『人』に対する認識がおかしい。
今まで人形以外の『お友達』がいなかった為、彼女の中では『友達=人形』という観念が刻み込まれているようだ。
人狼(少年期) クオウ
本名:空桜。
人狼の少年。
元々は人狼の暮らす隠れ里で生まれ育った純朴な少年だったが、里が吸血鬼による襲撃を受けて壊滅。生き残った人狼たちは吸血鬼たちに隷属させられた。
襲撃の時に偶然ひとりだけ五体無事に生き残ったが、一度に全てを失ったせいで吸血鬼への復讐を生きる目標とせねば生きていけなかった。
不死とされる吸血鬼に対抗する為、不死の力を求めて『不老不死の魔女』が棲むという古森へと足を踏み入れた。
踏み入れたが、運の尽きだった……かもしれない。
魔女 ケセラ・パサラ
かつて大陸のほぼ全域を支配していたとされる帝国の、滅びに関わったとされる『不老不死の魔女』。
古森に籠って出ては来ないが、恐ろしい力を持つ異質な存在として人々に畏怖されている。
長く生き過ぎたせいか、ちょっぴり突き抜けたところがある。
その気質は、面白いものが好きな愉快犯。
人々にちょっとした『アンハッピー』をお届けする。
今は可愛い可愛い孫娘に夢中。
基本的には悪い人ではない。基本的には。
リュドミラの父 ルミノール
愛称:ルミ
魔女の息子として古森で生まれるが、年頃になるとともに森の外へ。
都のドレスメーカーで新進気鋭の職人として名を挙げるが、娘が生まれた直後に嫁に逃げられ、子育てに専念する為に工房を辞めて古森へと戻ってきた。
魔女の長い人生でも、独り立ちした後でわざわざ古森に戻ってきた息子はルミノールだけだという。
ルミノールにとっては、経験豊富な魔女の助言も目当てのようだ。
魔女には色々文句を言われながら、なんだかんだ唯一戻ってきた息子(孫付き)としてそれなりに可愛がられているらしい。
森の外で培ったドレス造りの業を、愛娘と敬愛する母の為に駆使していたが、最近はドレスづくりの業を狼さんの為にも振るっているらしい。マニアックな女装衣装の充実という形で。
親ばか。
~10年後~
人狼 クオウ(空桜) 22歳
吸血鬼に支配され、奴隷とされた人狼村の皆を救う為、吸血鬼を倒す為。
今のままでは勝てないと、不老不死の法を得る為に古森へとやってきて魔女に取っ捕まった。
以来、リュドミラの『着せ替え人形』と化している。
10年前は放浪生活がたたって栄養不足の為線の細い美少年だったが、今は細マッチョの美丈夫。
リュドミラの『お人形さん』とは別に一家の食卓を支える狩人として貢献している。
少年時代の復讐に燃えて尖っていた牙も、十年という森での騒がしくものんびりした毎日で魔女の孫娘にばっきばきに折り取られている。
赤ずきん リュドミラ(リュミィ) 16歳
恥ずかしさを誤魔化そうとして相手により大きな恥辱を与える照れ屋で怪力な少女。
どのくらい怪力かというと、六歳時点で十二歳の人狼少年を押さえつけて完封できるだけの腕力を持っている。赤ん坊の頃、ぐずってテーブルの足を捻り潰した現場を実母に目撃され、まともな子供じゃない!と怯えた母親に逃げられた。
しかし怪力と非常に照れ屋さんなことを除けば、健気で可憐な可愛い女の子である。
色々斜め上の反応で狼さんを翻弄する。
各話タイトル案
弄ばれる狼 プロローグ
不老不死の魔女が棲むとされる『古森』に、不老不死の秘密を盗むべく狼(12)がやってくる。
だが魔女の張り巡らせた罠にかかり、捕まってしまう。
魔女は言った「丁度いいわぁ。お前のような『玩具』が欲しかったのよ♡ 孫娘へのプレゼントに」。
そうして狼は、魔女の孫娘の『お人形』になった。
「わあ、おばあちゃまありがとう! リュミィね、こんなおにんぎょうほしかったの! すっごく、きせかえがたのしそう!」
手を叩いて喜ぶ、リュドミラちゃん(6)。
そうして、10年の時が流れた。
1.セーラー服
2.キャビンアテンダント
3.猫耳チアガール
4.十二単
5.童貞を殺す服
6.騎士隊服(さりげなく女騎士用)
7.魔女っ子
8.ローブ・ア・ラ・フランセーズ
9.メイド服
10.捕まる狼
11.チャイナドレス
12.ナース服
13.甘ロリ
14.そしてウエディングドレス
翻弄される狼 エピローグ




