王子様はリーゼント
唐突に振ってわいたネタ。
遥かいにしえの昔……世界はどこからともなく表れて侵略してきた異形の者達によって滅亡に瀕していた。
天地創造の頃より人間たちを見守ってきた神々は、5人の勇敢な若者を選んで力を授ける。
その力を正しき方向に使い、人々を導き、そして怨敵を滅せよと。
最後の言葉だけやたらと物騒だったが、若者たちは神々の言葉に従って力を使った。
正しき方向に、人々を導くために。
そしていきなり宣戦布告もなしに人類に襲撃かましてきた異形の者たちを滅するために。
彼らの知る生物とは肉体の構造が異なるのか、異形の者どもは中々滅ばなかった。
やがて他の元から存在していた生物と区別するために魔物と呼ばれるようになった異形どもは、抵抗を始めた人類により押しやられていく。
人類の先頭に立つ5人の若者たちは、やがて勇者と呼ばれるようになっていた。
勇者たちさえ消えれば、人類など烏合の衆。
魔物の中でも知恵の回る者どもは、あの手この手で勇者たちを再起不能にしようと試みる。
だが愛と勇気と数の暴力で、ついに勇者たちは魔物を完全に退けることに成功した。
そうして魔物たちは人類領域の端の端、通称『ゆめのしま』と呼ばれる孤島に封印された。
しかし、勇者たちが力を合わせて施した封印も、完全ではなかった。
人類には世界を創造した正しき神々が力を貸していた。
だが魔物たちもまた、異界の神より力が授けられていたのだ。
異界の力が満ちる時、魔物たちは封印を押しのけて再び人類へと牙を剥く。
その周期は、約300年ごとに巡ってくる。
勇者たちは神々から授かった力を子孫に遺伝させることで、約300年ごとに発生する魔物と人類の死闘を乗り越えられるよう未来に願いを託した。
人類の存亡をかけた戦いだ。
先頭に立ち、人類の希望となる使命を与えられた血筋を絶やすことのないように。
いつしか勇者たちの末裔は、人類屈指の名門一族として崇拝されるようになっていった。
それから、約1500年――
人類が前回の勝利を得てから、また300年目の大戦が始まろうとしていた。
人類は、かつての英雄の一族に希う。
再びの平穏を、新たな安息の日々を。
人々を襲う、魔物たちの討滅を。
勇者の血を引く五家は、人々の救済を願う声に即応……したかった。
だが、勇者の中でもリーダーとして勇者たちも人類もすべてを牽引したというファイターレッド家の、現当主……ノヴァ王国の国王は頭を抱えていた。
使命を果たすことに、否やはない。
だけど国王は3年前に人生初のぎっくり腰をやってからというもの、度々腰に不調をきたす体質になってしまい、とても戦場に立てる体ではなかった。
本来であれば、後継ぎである第一王子に出陣を命じるところだ。
これも頭の痛いことに、第一王子は戦場へ送り出すのに不安しか感じない状態であった。
そこで、第二王子に仲間と力を合わせて魔物を対峙するよう命じたのだが――
「HAHAHA! 任せて下さいよ、父上。魔物なんぞ僕がいれば物の数じゃありません。きゅきゅっと一ひねりですよ!」
第二王子は元来単zy……素直な性質の少年だった。
しかもまだ若い(※14歳)せいか、根拠のない万能感に酔いしれてしまっていた。
王子様育ちは仕方ないにしても、後継ぎではなかったからか教育が今一つ甘かったらしい。
王様が気付いた時には、ちょっと傲慢で自分勝手な俺様野郎に育ってしまっていた。
今までは「仕方ない。若さのせいだ」と大人になって自分を見つめ直すことができるようになるまで暗黒の歴史を量産する息子を生温い目で見守るつもりだったのだが……魔物の復活という、人類の窮地を前にそんなことも言っていられなくなってしまった。
第二王子も先祖の力を継いでいることは確かだ。
彼も戦いを経験して現実を知れば変わるはず……不安に思う親心を押し込め、ノヴァ国王は第二王子を当代の勇者として魔物との戦いに送り出した。
他四家の、代表者と共に。
だがノヴァ国王の期待は、裏切られた。
魔物たちの本拠地には、魔物の首魁がいるという。通称魔王。
魔王を倒し、魔物たちの勢いを挫いてから数を削っていくのが慣例だ。
それに倣って勇者ご一行様は、魔王の生息する魔王島に向かったのだが……
最後の定例報告では、順調な様子が窺えたのに。
結果は失敗、その二文字で集約された。
魔王を討ち果たせずに、勇者たちは逃げ帰ってきた。
こんなことは前代未聞である。
おまけに第二王子を筆頭とした勇者ご一行の仲間たちに人格を否定する勢いで酷使されまくり、勇者の1人であるマジシャンブルー家の青年……『賢者』は思いっきり変わり果てていた。
道を踏み外した。そう言って片付けるのは簡単だ。
だけどその一言で済ませてしまうには忍びない、旅の間の心労が窺えるその姿。
現代で最も才能あふれる天才と評判だった『賢者』は、一体何が彼をそうさせたのか……魔王島を目前にして仲間に相談もなく、何の前触れもなく『転職』を果たしてきたと宣ったらしい。
かつての彼は青い長髪をきっちりと一本に纏め、いつもかっちりとした皺ひとつない恰好をしていたのに。纏っていたローブもまた、実用性を重んじる真面目さの表れのように整えられていたというのに。
今の彼は、アロハシャツが標準装備だ。
青い髪は色とりどりのメッシュを交えて挑戦的な髪形に変貌し、顔には常に目線を隠すサングラス。
ノヴァ国王の前に報告の為に現れた彼は、手に魔術を補助する杖でも剣でもなく、ガラガラヘビを模したおもちゃを握っていた。
そうして以前と唯一変わらぬ真面目な声で、こう告げたのである。
労働環境や待遇に耐えられなくなったので、『遊び人』に転職しました――と。
聞くところによると旅の間の雑事はほぼ『賢者』改め『遊び人』に押し付けられていたらしい。
夜の見張りに金銭管理、食事の世話まで一切合切が。
何しろ勇者と言えども今では良家の子息子女。
お坊ちゃまやお嬢様の使えられる立場で安穏と育った集団が、雑事に気が回るはずもなかったのである。
結果として、真面目で知識が豊富だった『賢者』にしわ寄せが行った。
だというのに仲間はろくに労いもせず、当然のような顔でアレコレと要求してきたという。
第二王子は戦闘中、ひたすら怒鳴りつけるように補助魔法を要求する。
治癒魔法使いは戦闘中、自分をどうして守らないのかと護衛の役目を押し付けた挙句、肝心の怪我の手当てでは血がコワイと騒ぎ立てて打ち身や捻挫以外のほぼ全ての治療を『賢者』に押し付ける。
盗賊は自分が楽することを優先し、敵の数が少ない時でもドカンとド派手な呪文で纏めて倒せよとぶつくさ文句を言ってくる。
唯一まともな常識人だった弓使いは、旅が始まって早々に仲間の過半数がヤバイ人種だと悟って書置き一枚残して姿を消した。
お陰で魔物との戦いよりも仲間のお守で忙殺されかけながら、『賢者』が3人分くらい働かなくてはならなくなってしまったのであった。
これで仲間が謙虚に『賢者』の働きを評価してくれればまだしも、口から出るのは文句ばかりとあっては『賢者』の神経が擦り切れるばかりとなっても仕方ない。
彼が思い詰めて正常な判断を失ったことを、いったい誰が責められるのか。
少なくとも原因の1人が息子だったので、ノヴァ国王は堂々と責められなかった。
治癒魔法使いなのにろくな働きをしなかった上、旅先でドレスや化粧品を求めては無駄な浪費を繰り返したプリーストピンク家の姫は家に帰された。
せめて血を見て逃げない程度に治療の実践経験がある人員を寄越せとクレームをつけて。
楽することしか考えず、戦闘にも雑事にも積極的な姿勢の見られなかった上に、旅先でカジノにふらりと寄っては請求書と共に帰ってくる日々を繰り返したバンディットイエロー家の嫡男は家に帰された。
せめて自分の遊興費くらいは責任が持てる人員を寄越せと請求書をつけて。
仲間たちの駄目さ加減を見限って姿を消したアーチャーグリーン家の若者は見つからなかったので、アーチャーグリーン家に代わりの人員を選出するように依頼した。
ノヴァ国王は第二王子を新春恒例新米兵士の強化合宿(半年コース)に放り込み、こうなっては仕方ないと腹をくくった。
そうして目を合わせないように避けていたあの男に……自らの嫡男である、第一王子に声をかけたのだ。
お前ちょっと、魔王倒してきちゃくれんかと。
ノヴァ王国の第一王子、エリオット・ファイターレッド。
彼は、その振る舞いはどうあれ……王国きっての『戦士』であることに違いはなかった。
先祖から引いた血も濃く、勇者としての力量に申し分はない。
その……振る舞いと口調と戦い方と性格と恰好にさえ、目をつむれば。
勇者の末裔、エリオット。
平たく言えば、彼は王子であるにもかかわらず――
「あ゛ぁ゛!? この俺に魔王倒して来い、だあ!? ざっけんな、耄碌してんじゃねえよ糞ジジイ!!」
――疑う余地もないほどに、グレていた。
甘やかな白皙の美貌は見る影もなく凶悪に目を吊り上げて眼光鋭く。
剃りの入った蜂蜜色の金髪は気合も十分なリーゼント。
城下町のごろつきとつるんでは日夜喧嘩を繰り返し、城壁に冒涜的な落書きを繰り返す。
夜な夜なごろつきとの集会に足を向けては、専用の単車(※一人乗り馬車)で暴走しまくる。
今や彼は大多数の人間にとって、『エリオット王子様』ではない。
城下のごろつき集団『黄金紅蓮』を率いる頭……『壁砕きの壊璃雄津斗』さんなのである。
この後リーゼント王子エリオットと、遊び人に転職した賢者と、他三家から改めて勇者として選ばれた3人のオッサン(平均年齢45歳)が魔王退治の旅に出る。
そんな物語。
勇者の一族
ファイターレッド家
マジシャンブルー家
バンディットイエロー家
プリーストピンク家
アーチャーグリーン家
エリオット王子の装備
武器:金棒
防具:鎖
その他:馬車(2頭引きで1人乗りの物)
賢者は前に別のネタで考えていたキャラの使い回し。
そっちの物語では魔王城を前に仲間たちの気遣いのなさにぶち切れた賢者が、酒場で偶然出会った魔王と意気投合して愚痴ってぐでんぐでんになるまで呑んだ挙句、酔った勢いで転職神殿に駆け込んで遊び人になるという……そして魔王と結託して勇者をおちょくりまくるという話でしたが。
こっちのお話では、魔王との結託まではしていなさそうです。




