勇者と魔王と小学生
書きかけのネタを漁っていたら、こんなものを発掘しました。
2012年の11月に書きかけて放置していたブツです。
時は暗黒に覆われ、場は闇を根城とする魔王の居城。
勇者として選出された青年は聖剣を手に、宿敵たる魔族の王と向かい立っていた。
「ついに、決着の時が来た様だ、魔王」
「小癪な若造めが。勇者などという目障りな小蠅は、この手で叩き潰してくれる」
雰囲気たっぷりに、今、宿命の決戦が火ぶたを切って落とそうとしていた。
--それを邪魔する、ハプニングさえ、なければ。
「ふ、ふわあぁあぁぁぁぁぁっっ!!?」
突如として、宙から出現する小さな影。
それは、場の空気を切り裂く様に、真っ直ぐに墜落してきた。
丁度、勇者と魔王の中間…玉座の間の真ん中に。
「なっなにごとだ!」
「おのれ、魔王っ 何か珍妙な術を…!?」
「貴様は馬鹿か、勇者!! 私を見ろ、素直にビックリしているだろうが!」
「む…確かに、自分でしたことで、驚くのはおかしい…?」
警戒しながら、それまで争う気でいた勇者と魔王は、顔を見合わせる。
それから向いた視線の先は、何かが墜落して埋まっている玉座の間、中央。
瓦礫から突き出た小さな何かが、ぴくぴくと震えている。
それは何やら、子供の足に見えた。
争うよりも得体の知れない何かの正体を探る方が先。
考えの一致した勇者と魔王は、争っていたとは思えない息の合い方で。
二人肩を並べ、恐々と瓦礫の中央を覗き込む。
何かがあった際…もしもそれが、二人の力及ばぬ新たな脅威であった場合。
その時には共闘もやむを得ないと、宿敵とは思えない打算を交えながら。
「い、いたい…」
二人の覗き込む先、暫くじっと眺めていたが、正体を見極めようと更に近寄って。
その瞬間を狙った様なタイミングで、ナニかは勢いよく飛び起きた。
ふらふらと目を回しながら、強打したらしい頭を両手で押さえている。
しかし無傷。
物凄い勢いで瓦礫を生産したのに、ソレは無傷で目を回しているだけだった。
ふらふらしている小さな影。
勇者と魔王の宿命の対決を中座させた、空気の読めないハプニング。
それは、小さな小さな、10歳前後くらいの少年で。
勇者と魔王の対決など知らぬ気に、空気も何も切り裂いた。
異世界からの招かれざる客。
その名は丸田 利王 12歳。
違う世界のそこそこ大きな島国から来た、小学生だった。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
【勇者ナタルside】
室内なのに激しく空から墜落してきたのは、小さな身体の男の子。
初めて見るはずなのに、既視感を覚えさせる仕草。
こんな子供の知り合いは一人も居ないはずなのに。
だのに何故か、その子供の顔と声に懐かしさを感じた。
まさか隣で魔王が自分と同じ事を思っているとも知らず。
勇者ナタルは、文字通り降って湧いた少年に戸惑う。
得体の知れない少年に、どんな態度を取るべきか…。
勇者は秘かに苦悩に満ちていた。
「い、いたい…」
頭を抑えて蹲る子供は、どう見ても普通の子供ではない。
それは別に角が生えているとか、尻尾が生えているとか。
そんな、人間とは異なる部分があるという意味ではない。
ただ、其の身に纏った衣服が。
勇者にとって、とても懐かしい故国を思わせる。
遠く離れ、最早帰れるとも思えない、故郷。
帰ることを諦め、忘却の彼方に封じ込めようとしていた故郷を。
いきなり現れた子供は、勇者の故郷たる世界の…
彼の住んでいた島国の、子供と同じ格好をしていた。
そう、一目見て少年が、異世界から落ちてきたのだと分かる格好を。
「お前、何者だ…?」
若干の期待と、疑惑に声が震える。
もしや懐かしいあの世界の、同郷ではないかと。
相手が子供の分、警戒心が薄れる。
この世界に引きずり込まれて、2年。
俺は故郷を思わせる縁に飢えていた。
きょとっと大きな目を瞬かせて、子供はこちらを見上げてくる。
俺を見て、隣で硬直したままの魔王を見て、また俺を見る。
その目は、何となくだが奇異なモノを見る目に似ていた。
まあ、気持ちは分かる。
俺も魔王も、こんな格好だからな…。
何と言いうか、あの世界の日常ではとてもお目にかかれない様な…
でも、特殊な一部では、こんな格好をしているヤツもいるような。
そんな、何というかコスプレっぽい衣装。
そんなものを真面目な顔してまともに来ている奴が日常にいたら、俺も似た反応をする。
この世界に来た当初、用意して貰った服に袖を通すことさえ、酷い拒否反応があった。
それも今となっては、慣れって恐ろしいとしか言い様のないしっくり感を得ているんだが。
いつの間にか非日常に侵蝕された日常の中、違和感すら抱かなくなっていた。
そんな『染まって』いる自分に、もう苦笑しかでない。
変わってしまった自分を無意識に再認識する。
俺の視線の苦さに、子供は戸惑いを隠せない。
何か言いたげな顔で俺と魔王を交互に見るのは、どちらに話しかけた方がマシかを計っていると見た。まあ、俺も魔王もあまり一般的には見えないだろうな。
それでも俺の方が話しかけやすそうだと思ったのか、子供が真っ直ぐな視線を向けてくる。
「あの、ここ何処? お兄さん達は誰? コスプレイヤー」
「レイヤーじゃないから」
直球で疑問をぶつけてきた子供に、顔の筋肉がひくりと引きつる。
「言っても信じないだろうけど、此処は魔界。そして俺は勇者で、こっちが魔王」
「なんで勇者と魔王が仲良く二人で立ってるの?」
「「仲良くないから」」
俺と魔王の声が、ピタリとハモった。
「俺達が宿命の対決を果たそうとしたら、お前が降ってきたんだよ」
「左様。お陰で戦いが中断されてしもうたわ。仲が良い訳ではない」
そこだけははっきりさせておきたくて、俺と魔王が代わる代わる説明する。
だけど子供は益々混乱した様子で、困った様に俺達を見上げてくる。
「どう見ても、仲良しにしか見えないんだけど…」
「「一度眼科に行ってこい」」
………。
アレ?
今、魔王と声、ハモった?
眼科なんて言葉、魔王が知るはずない。
だから有り得ないと思うんだけど…なんだか声がハモった気がする。
今までとは種類の違う違和感に疑問を覚えるが、魔王は平然としてる。
子供の方は俺達の主張にも釈然としない様子で、つまんなそうな顔だ。
「お兄さん達は仲が良さそうで良くないんだね」
「「その通り」」
「それはもう良いよ。本当に、見てる分なら仲良しだよね」
子供の呆れた物言いに、俺達は憮然とした表情でそっぽを向いてしまう。
そんな反応まで揃えた様で、子供の呆れる視線は強くなった。
こんな子供にも呆れられるって、俺達って一体…。
「それよりさ。何だかよく分からないんだけど…僕の他に、誰かいないの?」
「誰かって?」
誰かということなら、目の前に俺と魔王がいるだろう?
その俺達以外を指定する、この子供。
子供の目は何かを探す様に、きょろきょろと忙しなく動いている。
「よく、思い出せないんだけど…僕、家族と一緒にいたはずなんだ。父さんと母さんと、妹と一緒に。ねえ、僕以外に、僕の家族はいないの…?」
子供の不安そうな言葉に、俺はハッと息を呑んだ。
此処に落ちてきた人間は、確実にこの子供だけだけど。
見知らぬ異様な状況下、誰だって不安になるはずで。
子供が家族を求める感覚は、俺だって痛いほど分かる。
二年前、この世界に着たばかりの頃は、もう高校生になる俺だって家族に会いたかった。
家族に会いたくて、家に帰りたくて、何度も涙した。
高校生の俺でさえ、そうだったんだ。
どう見ても小学生のこの子供が、そうでないはずがない。
俺の子供に対する同情心は、一気に高まっていった。
見ると、隣の魔王でさえ同情的な顔をしている。
というか、魔王でも同情することって、あるんだな。
むしろそっちの方が意外で、俺は思わずまじまじと魔王の顔を凝視してしまった。
……。
…………。
………………。
あー…美人だなぁー…。
魔王でさえなかったら…宿敵なんかじゃなかったら、物凄く好きな顔立ちなんだけどな。
俺は勇者にあるまじき不謹慎な感想を抱きながら、暫し時を忘れて魔王に見とれていた。
まあ、そんな時間も子供の放った次の言葉で吹っ飛ぶ訳だけど。
子供の…
この、小さな小学生の言葉が、俺と魔王を揺さぶった。
激しい動揺に、自分というモノを見失いそうになるくらい。
「ねぇ、本当に僕の家族はいないの? 妹は、丸田和穂、知らない…?」
マルタ、ナギホ。
子供の口から出た、妹だという人物の名前。
それは俺にとって、激しく聞き覚えのあるモノで…。
「ま、まさか…お前の、名前は?」
「え? 僕の名前? 丸田利王、だけど…」
マルタ、リオウ?
ぎょっとして、俺はまじまじと子供の顔を改めて凝視してしまう。
もう随分と前のことで、既に記憶は確かなモノとは言えないけれど。
特に顔なんて曖昧なモノ、既に風化寸前で。
それでも、面影は覚えている筈だから。
細かく丹念に凝視する中、俺は確かに見覚えの様なモノを、子供の顔に見出した。
俺にとって、永遠に追い抜けないと思っていた、遠い…遠い、存在の。
俺にとって、永遠に目標であり続けたはずの、優しい『お兄さん』の。
丸田和穂
それは、俺にとっては嘗て誰よりも近しかった女の子の名前。
隣の家に住んでいた、幼馴染みの女の子。
彼女には兄が、一人居た。
妹と一緒に、俺まで弟の様に扱って可愛がってくれたお兄さんが。
そのお兄さんは、名前を利王…
………
…丁度、この子供に良く似た顔立ちの、俺にとっては年上の筈の少年だった。
この俺の、川棚流風の前から忽然と姿を消した、二人の幼馴染み。
その消息を、故郷からこんなに遠く離れた異世界で知ることになるなんて…
そんなこと、今の今まで欠片も思っていなかった。
予想を超えたこの流れに、俺は異世界落ちした子供以上の戸惑いに揺れていた。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
【魔王マルティナ・ギーホゥside】
「妹の名前が、丸田和穂…」
その言葉に、息を呑んでしまう。
短く空気を急に吸い込み、喉の奥が詰まる感覚。
でもそんなもの、全く気にならない。
目の前の子供から、ちっぽけな子供から、目が離せない。
「まさか…」
隣では、何故か勇者まで驚愕を露わにしていて。
本来であれば勇者の命を刈り取る絶好の機会だというのに。
硬直した私の身体は、勝手な動きもままならない。
そんなことも気にならなくなるくらい、子供に私の意識は引きこまれていた。
それが確定するのは、次の言葉。
「え?僕の名前…?」
子供が勇者の問いかけに、きょとんと首を傾げる。
ああ、子供が名前を言う。
どうかそれが、私の予想した通りのモノであれば…
「丸田、利王だけど」
想像した通りの名前に、私は一気に歓喜に包まれた。
「お兄ちゃん! まさか本当に、お兄ちゃんなの!?」
ここ数百年出していなかった様な、浮ついた甲高い声。
ソレが自分の出したモノだと、普段とのあまりの違いに一瞬分からなかった。
勇者もギョッとした顔で、ポカンと口を開けている。
口くらい、閉じてろ。
一瞬だけそう思ったけれど、私は今、それどころではなかったから。
喜びと驚きの感動に身を任せ、私は思いっきり目の前の子供に…
300年前、この世界に落ちた時にはぐれた筈の兄に、思いっきり抱きついていた。
あまりに嬉しすぎて、もう他の何も気にならない。
目の前に焦がれ続けた家族が…兄が、いる。
もう、それだけで良い。
他のことは全て、忘れてしまって構わない。
私と兄の異世界落ちにかかったタイムラグの大きさも、状況を理解できずにいる兄も。
細かいことは全て、本気で私の頭から零れ落ちていた。
この後、小学生に対して過保護な保護者と化した勇者と魔王が互いに喧嘩しながら小学生を間に挟んでなんやかやとする展開、の予定だった気がします。細かな方向性、忘れちゃいましたけどね!




