王立ジルギスタ学院劇場:本日の演目『婚約破棄』
他の方々の作品とか、「婚約破棄ネタ多いなぁ」と思いながら、試しに書いてみたら何故かこうなりました。
有能な人材、特に王宮を支える能吏が多いことで知られるジルギスタ王国。
代々初代ジルギスタ王の血筋が治めるこの国には、他国にまで名を知られる名門校があった。
三代目の国王が有能な臣下を育成する為に建設したとされる王立ジルギスタ学院。
特権を持つ者の義務として王国を支えることが求められる貴族達、国に仕えることを志す将来有望な少年少女達が集うこの学院。国の為に働かんとする者は、須らく王立ジルギスタ学院への就学が求められた。それは、国家の要……王族の子供達も例外ではない。
現王ジルギスタ十五世の血を引く正当なる王位継承者、キルシュトルテ王子もまた、王立ジルギスタ学院にて学問を納める途上にあった。
他国であれば将来を見据えて社交に専念し、有力者達との繋ぎを築き、足場を固める為に本格的な政争へと身を乗り出していく年頃である。
しかしこの学院では王族であろうと庶民だろうと全寮制という制度の下に学院の管理下に置かれ、最低でも三年は自由に外出することすらままならない。当然ながら、どうしても欠席のできない必要最低限の行事を除いて社交界からは断絶されているも同然である。
その分、学院に集った将来性の認められた少年少女同士での交流、結束を固めるカリキュラムによって結ばれる信頼関係が重要になって来る。学院を共に過ごしたという連帯感は、将来にまで続く一生物の絆といえた。
他の学校にはない特殊な教育法が、彼らを磨く。
閉鎖された学院という環境の中……外界の柵が学院内に及ぶことはなく、そして学生の間に学院で体験した悉く、社交界であれば問題視されるような物事や人間関係の雑事は、社交界や王宮に持ち越されることはない。それが暗黙の了解であり、生徒達自らが選んだ鉄則でもあった。
そんな学院で、事は『卒業記念祝賀会』の夜に起きた。
色とりどりの華やかなドレスを身に纏い、女子生徒達が笑いさざめく。
紳士の仲間に一歩を踏み出した男子生徒達も今夜ばかりは浮かれた様子を見せる。
誰もが隠し様もない和やかな喜びに包まれて、学院のホールでは一大イベントとして生徒の誰もが楽しみにしていた舞踏会が開催されていた。
だが彼らの喜びの様子も、一組のカップルが会場に姿を現したことで鳴りを潜める。
居合わせた生徒達の顔に、隠せない緊張と興味が見える。
この場の誰もが、会場に入ってきたカップルに関心を寄せていた。
人々の注目を受けて、カップルの女子生徒の方が僅かに肩を震わせる。
怯えたようなしぐさに、エスコートする男子生徒は女生徒の手を握って落ち着くように宥める。そのしっかりとした包容力溢れる様、余裕ある優美な微笑みと頼もしい態度。常であれば女生徒達も感嘆の溜息を吐いたものだが、今ばかりは緊張感が高まるばかり。
人々が緊張を高める原因は、一つ。
エスコートする男子生徒――学院の誰もが知る有名人、キルシュトルテ王子。
彼がエスコートするのは、本来であれば婚約者であるエクレーヌ・ミルドレット公爵令嬢であるはずだった。慣例的にも、常識的にも、婚約期間中に他の女性を……それを赤の他人をエスコートするなど有り得ざるべき非常識だ。
だというのに。
誰もがその才知を認める優秀な王子であったはずの人は、本来エスコートするべき婚約者以外の女性をつれてこの場に踏み入って来た。
王子の傍らに寄り添う女性は同じ最高学年……本日の昼、王子と同じく卒業式で名を呼ばれた生徒の一人。その中でも特異な存在として生徒達の間に知られていた『子爵家の養女』マドレーヌ・レミングトン。
立場的にも王子の側に寄り添うには、相応しいとはいえない女性だ。
その彼女が今、王子の婚約者を差し置いて、まるでこの場の女王は自分だと主張するような華やかな装いで王子の腕に自身の腕を絡ませているのだ。目撃した人々の緊張も高まろうというものだった。
彼ら一組のカップルと化した王子と子爵家の養女は、まっすぐに会場の真ん中へと歩みを進める。
そこには……先程から彼女を慕う後輩の生徒達に囲まれて、公爵令嬢エクレーヌが佇んでいた。
エスコート役である王子と連れ添っていないことで、奇異の眼差しは最初から注がれていた。
どうして共にいないのか……王子の態度で公然と理由を示されたも同然の、この状況。
どんな成り行きになるのか、周囲を取り巻く生徒達は固唾を呑んで行方を見定めようとしていた。
そして、婚約期間にある筈の男女と、子爵家の養女になった女性の三者が。
人々の見守る会場の真ん中で、向かい合う。
場は自然と三人を残して開かれていく。
真ん中に三人を残し、周囲は自然と遠巻きになっていた。
――さあ、舞台は整った。
この状況で、彼らは一体どんな芝居を見せてくれるだろうか。
ピリピリと緊張感が高まる中で。
最初に切り込んだのはキルシュトルテ王子そのひとだった。
どう見ても問題行動を起こしている張本人は、しかし悪しきはその人だとばかりに己が将来添い遂げるべき婚約者にきつい眼差しを向けている。
何かを口にしようと、僅かに開かれた口。
しかし何かを思い直したように、一度口を閉じ……王子は、自身の隣にいるご令嬢を見下ろした。
小柄なご令嬢は愛らしい顔立ちをした美少女だ。誰もが頬を緩めて微笑みかけてしまいそうな、温かみを自然と思い出させる春の陽だまりのような雰囲気がある。
その雰囲気が張り詰めた王子にも影響したのか、それともあからさまな若い恋情故か……王子がご令嬢を見る眼差しは婚約者に向けたものとは雲泥の差だった。わかりやすく甘やかで、慈しみに満ちている。
緊迫感のある場面であっても、王子のような美丈夫に甘く見つめられては平静でいられない。ご令嬢は頬を染めてしまう。それが微笑ましいと、王子はますます目元を緩めた。
場にそぐわない、恋に支配された声がなけなしの誠実さと真摯さを纏ってご令嬢に問いかける。
「マドレーヌ……この場で君に、もう一度聞かせてほしい。君は、私を好きだと言ったね」
「は、はいっ キルシュ様……私の気持ちに嘘偽りはありませんわ。私は貴方をお慕いしております」
「王子という身分、地位、容姿……それらに関係なく、この身分も名も持たず、別のものであったとしても。それでもこの『僕』という人間を愛していると。王子でなくても愛したと。そう、言ったね?」
「はい……。私、マドレーヌ・レミングトンは『王子』ではなくキルシュ様、貴方のことを愛しております。それは貴方のご身分が別のものであったとしても変わりませんわ……」
「その言葉に偽りはないと、そう信じよう」
『恋人』に何を聞き、何を確認したかったのか。
その真意を『恋人』には悟らせることなく。
覚悟を決めた顔で、王子は再び己の『婚約者』へと顔を向ける。
対峙する若い男女の間に、剣呑な空気が頂点まで高まった時、王子の口は開かれた。
張りのある若い美声が、糾弾の色合いを込めて宣言の声を上げる。
「エクレーヌ、いや、ミルドレット公爵令嬢。今までの貴女の努力を忘れた訳でも、これまで私のことを支えてくれた事実を無かったことにするつもりもないが……だが、マドレーヌへの愛故に言わせてもらおう。
――エクレーヌ・ミルドレット! 私と貴女との婚約を、今この場を以て破棄させてもらう!! 」
王子の宣言は、しんと静まり返っていた会場の隅の隅にまで一言の漏れもなく響き渡った。
どんな根回しをしたのか、それとも考えなしの行動か。
この場でそれはわからない。
だが一国の王子が国益を考えて結ばれただろう婚約を、相手の落ち度もなくこの場で破棄するという。
これは、誰がどう聞いても大問題だ。
下手すれば王国に混乱をもたらしかねない、問題行動だ。
……本来なら。
これが、本当に『責任ある立場の者が無責任に行った愚考』であれば。
しかし。
王子の宣言がホール全体に浸透し、一拍の間を置いた次の瞬間。
この場に居合わせた生徒達の反応は、大きく二つに分類される。
即ち絶叫と、歓声と。
王子の態度も言葉も問題じゃないとさて置いて、頭を抱えて悲鳴を上げる者達。
そして握った拳を天に突き上げ、全身で喜びを顕わにしながら快哉を叫ぶ者達。
見事に明暗を分けた二つの反応に、びくっと肩を跳ね上げて驚いたのはマドレーヌ子爵令嬢ただ一人。
ぽかんと口を開け、目をまぁるく大きく見開いて驚きを表す。周囲の反応に置いて行かれて、状況が全く掴めず……何故喜ぶのかと歓喜を叫ぶ生徒達をきょろきょろと見回した。
そして、喜んでいるのは周囲の生徒ばかりではなかった。
当事者の一人。
エクレーヌ公爵令嬢その人も、マドレーヌ子爵令嬢が動揺を納めきれずにいる内に、それまでの殊勝な面持ちが嘘のように大胆な反応を見せたのだ。
満面の笑みで拍手をするという、たったいま婚約破棄を突き付けられた貴族のご令嬢とは思えない姿を。
喜びを噛み殺しきれぬといった令嬢の笑みに、逆に王子の方が苦虫を噛み潰したような顔をした。
「まさか……」
王子の口から洩れる声も、低く呻くという苦いもの。
その瞬間、彼は自身の失敗と負けを悟った。
「エクレーヌ……どうやら、私に不利な形で決着がついてしまったようだな。他ならぬ、私の行いで」
「その通りですわ、『キルシュトルテ王子殿下』」
苦虫を噛み潰したような王子の顔色に対し、エクレーヌ公爵令嬢の顔は余裕を感じさせるもの。
たった今、婚約破棄を突き付けられたばかりだというのが錯覚に思える優雅な笑みを浮かべている。
「互いの『勝利条件』を確認させてもらいたいのだが」
「わたくしからも、お願いいたします。予測はついておりますが、やはり互いに『派閥頭首』として情報の擦り合わせは必要ですもの」
「……『僕』が今年度の初めに学校側から通達された『勝利条件』は、要約すると『王子が愛する女性を子爵位以下の身分の女性の中から見つけ、真実の愛を貫く』というものだ」
「学校側のミスリードに引っかかりましたわね。成績優秀な貴方らしくもない。此方の『勝利条件』にも学校側からの引っ掛けがありましたけれど。……簡潔に言ってしまえば、当派閥の『勝利条件』は『王子から自由意志で婚約破棄をさせること』です」
「………………引っ掛けられた!」
「ええ、引っ掛けですわね。其方の『勝利条件』を満たすのでしたら、恋愛成就後に具体的にどの地位に就けろとは指定されていないのですから。わざわざ婚約を破棄して正妃の位を空けずとも、第二妃か妾妃でも良かった筈です」
「はぁぁ……最後の最後で、とんだ失敗だ。『真実の愛を貫く』という言い回しに目が眩んだとしか思えないな。それに……こうなったからこそわかるが、『王子の側近』に君側の人間が何人かいたんだろう? 直接的なものではなかったが、今思えば婚約破棄を煽るような言動をしていた者に二、三人心当たる」
「情報の共有、大事ですわよね。同じ『勝利条件』を課せられた同士を判別することに一番苦労しましたもの。ですが貴方の取り巻きに同士がいると判明した時は、はしたなくも思わずガッツポーズが」
「僕でも喜ぶさ、その状況。完全にしてやられた。僕の完全な負けを認めるしかないね」
「あ、あの!」
「「あ」」
「先程から、お二人とも……私にわからない何のお話をされてるんですか!? キルシュ様、エクレーヌ様!」
「うさぎさn……マドレーヌさん、そんなに不安そうな顔をなさらないで」
「エクレーヌ様まで私のことをうさぎさんとお呼びになるんですか……? 何故か学内の皆さん、私のことをそうお呼びになるんですけど。ただのあだ名にしては、意味ありげに」
「マドレーヌ、どうか落ち着いてほしい。君が心配するようなことは、もう何もないから」
「キルシュ様……本当にもう、なにがどうなっているのか。私、混乱してしまって」
「「………………明日になれば、もっと混乱するかも」」
「えっ?」
「いや、明日になればわかるよ」
「そうですわね。今日はまだ何も……貴女の求める答えは与えられない規則ですから」
「き、規則っ? え、何かルールが決まってるんですか?」
「明日説明しますわ。明日」
「そうだね、明日。今夜はもう……ただパーティを楽しもう!」
「この流れでパーティ楽しめるんですか!? って、他の皆さんもう平然とパーティ始めてる!?」
「君の派閥の祝勝会だね、エクレーヌ」
「貴方の派閥の残念会ですわね、キルシュトルテ王子」
「もう誰か説明してくださーい!!」
――そして、パーティの夜は更けて。
明けて、翌日。
そこには何故か卒業した筈なのに『最後の授業』が行われる学院と、学院に昨日までとは微妙に違う姿と絶対に違う名前や身分で登校する生徒たちの姿があった。
実はこの学院、在学中は赤の他人に成りすますという特殊なカリキュラムで運営されているらしい。
ちなみに昨日の卒業式は『卒業式(仮)』で、本番の卒業式は三日後だそうだ。
仮の卒業式が終わった翌日から、本番の卒業式まで。
その三日間という間だけ、生徒達は本来の自分に戻って学院での最後を過ごす。
だから、マドレーヌにとっては戸惑いしか感じない生徒達の今の名前と身分が、本当のモノ。
生徒たち自身も在学中は完全に他人になり切っていた為、和やかに談笑しながら互いに「違和感あるね~」などと呑気に言い合っていたり。完全に『昨日までの私』とは切り替わっているらしく、マドレーヌに当たりの強かった筈の人間と同じ顔で違う名前の誰かが「おはようございます!」と懐っこく挨拶してきたりする。
取り巻く全員に流されて結局詳しい事情を聞かせてもらえなかったマドレーヌは、自分の置かれていた状況も学院の特異さも、恋人や恋敵だったはずの人々の真実も……それら全てを、現実を目にした後で知ることになる。
「もう、人間不信になりそう……」
暗く呟く春の陽だまりみたいな美少女の隣では、昨日までとは何故か髪色の違う『恋人』がにこにこと笑っていた。
「こんなの、この国の社交界じゃまだまだ序の口だよ。マドレーヌ?」
――何しろこの学院の卒業生たちが跳梁跋扈する魔窟だからね?
そう言って微笑む恋人のことが、一番信じられないとマドレーヌは思ったのだが……
昨日までと変わらない甘い瞳で見つめられて。
頬にキスを受けながら、将来結婚してほしいと囁かれてしまったから。
身分も名前も関係ない。
それがなくても愛しているという言葉に偽りはなかった。
だからマドレーヌは、身分も名前も偽っていた恋人を許してしまう。
プロポーズの言葉が気に入ったからなんて、そんな言い訳を胸に落として。
とびきり素敵な結婚式にしてほしい。
マドレーヌがそう言うと、恋人は『王子様時代』もかくやといった風情で優雅に一礼し、畏まった口調で承りましたと微笑むのだった。
登場人物紹介
キルシュトルテ王子
王立ジルギスタ学院高等部3年(政治経済学部専攻)
現王ジルギスタ十五世の嫡子。
黒髪に緑の瞳の美丈夫。
王国中の乙女の憧れだが生真面目に学生業へと専念していた純情朴念仁で乙女心に疎い。
……と、いう役柄を演じている。
本来の名前と身分はサンストア伯爵家子息エルメス。
王子の役を任されるくらい優秀なご成績で、在学中は『エクレーヌ』と常に主席の地位を争ってしのぎを削っていた。最後の最後、婚約破棄騒動でついた失点により主席卒業を逃す。
しかし詰めが甘かろうと間違いなく優秀であるのは確か。
卒業後は将来の宰相位を見込まれ、その補佐として王宮勤めが確約されている。
マドレーヌとは学院卒業後3年を経て結婚。子宝にも恵まれて幸せに暮らすが、嫁は夫の演技力の高さに「騙されているかもしれない……」と日夜思い悩んでいるらしい。
エクレーヌ・ミルドレット
王立ジルギスタ学院高等部3年
ミルドレット公爵家令嬢にしてキルシュトルテ王子の許婚。
ハニー系紫髪にピンクの瞳の美少女。嫣然とした見た目であだ名は「女王様」。
学院を裏から牛耳っているとの噂。王子を顎でこき使う姿の目撃情報が……
……と、いう役柄を演じている。
本来の名前と身分はアマレット子爵家令嬢レモーネ。
身分は少し低くとも、優秀さは間違いなく満点もの。最後の婚約破棄騒動で『王子』に差をつけ、主席卒業の栄光をゲットする。
在学中は婚約者がいなかったが、その優秀さを認められてミルドレット公子(真エクレーヌの兄)と婚約する。
マドレーヌ・レミングトン
王立ジルギスタ学院高等部3年
レミングトン子爵家と養子縁組して王立ジルギスタ学院に編入してきた元庶民。
わたあめピンクの髪に赤い瞳の美少女。あだ名は「うさぎさん」。
「難しいことはわからないけどひたすら前を向いて頑張る健気な私」を演出している感がある。
学院のカリキュラム
社交界とは権謀術数渦巻く腹の探り合い。本音を隠し、絶妙の感覚で泳がねばすぐに足元を掬われる。
何より腹芸の一つも出来ねばどんなに優秀な人材だろうと容易く破滅してしまう。
そんな社交界を生き抜く力を身に着ける為、学院では生徒達に常日頃から『演じる力』を身に着けさせるための特別カリキュラムを組んでいる。
それは自分とは別の人間として三年間を過ごしきり、演じ切るというもの。
まずはお試し、それぞれの力量を図る意味もかねて1年生の最初に、新入生には別人の名前と役柄が割り振られる。それは同じ学年に実在する生徒の名前であり、まずは1年その名を持つ他人として完璧に毎日を演じなければならないというもの。割り振られた役を作り込むにも相手の背景を探り、役を作る情報収集能力が求められ、否が応にも演技力は高まるという。それまでの自分にとって演じ難い役が敢えて振られており、入学の段階で将来を嘱望されるような優秀な生徒にはより厳しい役柄が与えられる。
ただ高位貴族など普段から優雅な生活を送っている人には、敢えて下位貴族や庶民の役が振られることが多いようだ。何故ならそっちの方が、高位貴族の方々には演じるのが難しいからである。
取敢えず1年通してみて、その間の採点如何で続行は難しそうだと判じられた生徒はまた2年生になると別の役柄が振られなおしたりする。
2年生になると更に今度は『行動目標』が与えられる。2年生になってからの1年間で、こういう行動を取りなさいと言う指示である。
3年生になると『役柄』『行動目標』に更にプラスで『達成目標』がついてくる。
実はこの学校、卒業式が2回ある。1回目は『役柄』としての仮の卒業式。
そこで演技に区切りをつけ、2回目の卒業式には本来の自分に戻り、今度こそ本当に卒業である。
1回目の卒業は区切りである為、与えられた指令は全て1回目の卒業日が終わるまでに決着を着けなければならない。
『達成目標』は1人1人に個別で与えられるのではなく、2~3つの設定された達成目標の内、どれかがそれぞれに割り振られるというものである。
3年は最終学年、競いの年でもある。どれだけ優秀だったのか、順位付けを行うのだ。
誰がどんな達成目標を与えられたのか、生徒同士での情報交換は厳密にはできない。やったとしても、それが本当に相手の達成目標なのか疑心暗鬼に陥るだけ。
ただそれぞれ1人1人が、自分の与えられた達成目標……舞台の結末に向かい、誰が目的を同じくする味方で、誰がそれを邪魔する敵なのか判断できない状態からそれぞれ互いに利する行動を取ったり、人を誘導するような言動を取ったりと自分で考えて動き、望んだ結末を引き寄せる為に動く。
達成目標を到達できたグループには成績への大きな追加点が与えられ、逆に達成できなかった者には減点がなされる。
そして演技がただの予定調和のなあなあでおざなりなモノにならない様、場を引っ掻き回す為に3年生の年には1人、事情を知らない編入生が放流されることになっている。
「うさぎ」と呼ばれるその編入生。彼あるいは彼女は王都にある孤児院で特に優秀と選ばれたモノを適当な貴族家と養子縁組させた上で連れてこられる。この学院で「うさぎ」がどんな生活を送るかは本人次第。そこで見つけたモノ、得たモノ、選んだモノ……それらは当然の権利として学院卒業後も認められる。
ちなみに「うさぎ」が選出される孤児院は王侯貴族のご落胤や表に出せない子供が預けられる専用孤児院であり、養子縁組の際には元々の出自を加味した上で養父母が決定したりする。
2つから3つの達成目標、そのどれもが達成されずに終わった時には、「うさぎ」と呼ばれる彼ないし彼女が一人勝ちということになって2倍の加点が与えられることになっている。
だけど大抵「うさぎ」は演目の渦中に巻き込まれるパターンができており、翻弄される定めである。
この特殊なカリキュラムはあまり他国には知られていないし、王国でも暗黙のものとなっていてあまり公の口には上らないが、ジルギスタは他国から「演者の国」と呼ばれている。
ちなみに本物の王子とエクレーヌ嬢は学院で派手に動く『王子』とか完全に他人事のどこ吹く風で、在学中は平和に学院の片隅でバカップルやっていたり。
婚約破棄騒動の起きたパーティでも、片隅でずっと二人でくるくるワルツを踊っていた模様。




