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小林晴幸のネタ放流場  作者: 小林晴幸
ネタの放流場
30/55

裏童話「ピーター・パン」

先日、ピーター・パンの前日譚的な映画のDVDを見まして。

そっちは夢と希望と冒険の王道な物語だったんですけどね?

その映画を見て思いついたネタが、何故かこれっていう……。

 これは夢や希望のはなし――……では、ない。






 ――飛沫く血のように赤い雨の中。

 少年が、泣いていた。

 茫然と見開いた目からは、滂沱の涙。頬を伝って、地に落ちる。

 ひそかに、ひそやかに少年は泣き続けた。

 戦慄(わなな)く唇が、信じたくないと拒絶の言葉を吐いていた。

 現実に対して、嫌だ嫌だと何度も繰り返す。

 しかしやがて。

 認めずにいることも、限界がやって来る。

 嫌々ながらも現実を受け入れざるを得ない。

 

 そうして現実を受け止めた時。

 少年の口からは怨嗟の言葉が滑り落ちた。


「どうして、こんなことを……」


 決してこうなることを望んでいた訳じゃなかった。

 むしろ逃げてほしいと。

 自分のことを見捨ててでも、逃げ伸びてほしいと。


「助けてくれなんて、言ってない」


 例え自分が死んだとしても。

 それでも生きてほしいと、そう思っていたのに。


「ゆるさない」


 俺はお前のことを。


「決して許さない……ピーター・パン」


 いつかお前を、ころしてやる。




 朝露が葉から滑り落ちるように。

 時は瞬く間に過ぎ去っていく。

 少年の絶望を、少年の怨嗟を。

 そして少年の諦念を置き去りにして。

 時に置き去りにされ、取り残されて。

 彼の嘆きはどろどろに煮詰まり、ひとつの呪いになった。





 虚ろだった筈の胸の傷に手を当てれば、熱く脈打つ鼓動を感じる。

 その音に耳を澄ませている時だけは、彼はまだここにいるのだと信じられた。


 ここにこそ。

 ここにある温かさこそが、彼なのだと。








 まだ夜の中に潜む幻想が身近なものであった頃。

 この世界には、妖精がいた。

 永遠の島に暮らす夢の写し身。

 そして彼らの愛した少年もまた、永遠の島に暮らしていた。


 彼らの島は無垢な夢と希望に紡がれたこの世ならざる楽園。

 だけど美しく楽しいばかりの場所ではない。

 妖精達にとって。

 妖精に愛された少年にとって。

 彼らにとっては充分に楽しく愉快な場所だったけれど。

 裏側に潜む醜悪には気付かず、瞳を楽しいことにばかり逸らして。


 偽りの楽しさでも、敢えて濁った闇に眼を向けずにいても。

 楽しいことばかりでは飽きてしまう。

 朝に昼に、また夜に。

 妖精と共に幻想の中を踊り暮らす生活は時として退屈だ。

 そう、退屈だった。

 飽いたと思った時。

 少年は忘れ去られた夢の向こう側から、夢を忘れた現実へと忍び込む。

 ひっそり、密かに、潜む。

 人々の目に触れぬように遊ぶのは、危険で楽しいことだった。

 くるくると、くるくると。

 人の思いもよらぬ場所で、予想もしないことで。

 少年は広大な人間社会という現実の片隅で遊び、踊った。


 夜の密かに踊り疲れた月の下。

 ある日、少年は小さな窓から人間の住処に忍び込んだ。

 ほんの少しの休憩と。

 ほんの少しの悪戯心。

 さあ、この窓の中には何があるだろう――?


 少年が見つけたものは、淡い色合いで染め抜かれた壁と、天井から吊り下がる飛行機を模した紙の玩具と。

 そして小さなちいさな、三つのベッド……布で覆われたその向こうに、すやすやと安らかな寝息が聞こえる。

 ああ、安眠しているのだな、と。

 思うと同時に悪戯な妖精が耳元で囁きかける。


 ――起こしてやろうよ。楽しい夢も安らぎもぶち壊してやろう。

 きっと面白いよ。君がせっかく遊びに来たのに眠りっぱなしで少しも構おうとしないなんて失礼だ。


 妖精の訴えに、三度頷いて。

 少年は並ぶ三つのベッドに飛びかかった。



 それが、はじまり。

 最初のきっかけ。

 ずっとずっと、ずーっと止まって停滞していた物語が錆びついた歯車を転がして動き始める。

 それはいわば開幕ベルの賑やかな一音のように。



 真夜中の来訪者に戸惑う少女の名は、ウェンディといった。

 ウェンディ・ダーリング。

 肌の色が白く透ける繊細な寝巻き越しに、柔らかく動く。

 彼女にとってはよくわからない理屈で夢の様な事を(さえず)る少年に、少女は尋ねる。

 

 ――あなたは、だぁれ?


 少年の答えはひとつ。

 彼は誰か?


 ピーター・パンだ。


 少年は少女に『キス』と名づけて堅い木の実を送り、契約を求めた。

 少女には自分達の母親(ママ)になってもらう。

 それはもう、少年にとっては決めたことだった。

 少女の言い分など聞きやしない。

 困惑を深める少女。

 彼女のことを一方的に気に入った少年。

 少年は少女を、彼女の弟達ごと夜空に(いざな)った。

 半ば、強引に。

 反論の余地など許すこともなく。

 

 そうして彼ら彼女らは妖精の力で空を飛び、大人達の辿りつけない場所へ。

 永遠の楽園島――ネバーランドへ。


 そこに恐ろしい海賊が待ち受けていることなど、少女はちっとも知りはしなかった。

 勿論のこと少年と海賊の、忘れ去られた真実も。

 それを紐解いていくことだけが、家へと帰り着く為の道筋となる。それだけを知っていれば、十分だった。







 嘘を知らない無垢な子供たちの夢で出来た永遠の島、ネバーランド。

 そこは幻想と妖精たちの楽園。

 だけど初めからそこにそう、自然と存在した訳ではない。


 600年前の事。

 妖精たちの住まう世界は崩壊の時を迎えていた。

 削り取られるように消失していく妖精の島……崩壊を止め、既に消え失せた土地を取り戻す為に妖精たちは世界中から親の目が離れた迷子たちを攫ってきた。

 嘘を知らない無垢な子供の純粋な想像力が、彼らの描いた夢が妖精の為の幻想の島を編み上げていく。

 そんな子供たちの中で、特に清らかに澄み、特別想像力の強い子供がいた。

 名前はピーター。彼はたちまち、妖精の女王たちの「お気に入り」となる。

 ――ピーターさえいれば、他の子供に夢を紡がせる必要はない。彼一人で事足りる。

 ピーターを縛り付け、寿命に煩わされることなく、少年のまま永遠に島に留める為にはどうしたら良いか?

 妖精たちは考え、そしてすぐに思いついた。

 ――簡単だ。人間を辞めさせてしまえば良い。

 そうだ、仲間にしてしまおう。

 妖精たちはピーターの心臓を抉り出し、空っぽになった胸に太古の……今よりももっと力の強かった頃の……妖精が閉じ込められて眠る、大きな琥珀を詰め込んだ。

 脈拍(とき)を刻む心臓を失い、妖精の琥珀を胸に詰められ、ピーターは「半妖精」とでも言うべき存在となる。

 もう少年は年を取らない。もう少年は人間とはいえない。永遠に島を紡ぐ夢を見続けることが出来る。

 だけどその代償に、少年は熱く燃える血潮を失った。

 感情を燃え滾らせるのも冷やすのも、心臓が司る血の力。

 それを失ってしまえば、感情(こころ)も自然と冷えていく。

 徐々に感情を失っていく少年に、妖精たちは危機感を覚えた。彼が何も感じない人形のようになっては、優れた想像力などすぐに枯渇するだろう。せっかく繁栄を取り戻した島がまた崩壊してしまう。いいや、ピーターの想像力(ちから)が優れていた分、それに頼るようになっていた。このままでは前よりも酷く衰退するはずだ。

 妖精たちはピーターの感情や想像力が完全に失われるのを防ぐため、少年を楽しませ続けることにした。

 無理やり感情を動かし、高め、想像力を保つ為に。

 その為に少年をボスと慕う迷子たちを定期的に島へ連れて来るようになり、ピーターを島全体で王子様のように大事に扱い、様々なお楽しみやスリルを用意し続けた。妖精たちのもくろみ通り、ピーターは子供らしい輝く想像力を保ち続けた。


 だけど物事には、いつか終わりがやって来るのだ。



ピーター・パン

 600年という時を島に縛り付けられ続けている少年。

 もう自分の本来の名前も、いつどんな理由で島にやって来たかも忘れてしまった。

 自分がどうして島で大事にされているのかも。

 数百年の時を刹那的な「お楽しみ」と妖精たちの誘導を受け続けた結果、今の人格が形成される。

 いつだって楽し気で、大げさに物事を喜ぶ――ように見えているが、どこか人魚呻いた希薄さがある。

 妖精たちが楽しい事ばかりを選んで与え続けたので、怯えや寂しい、哀しいといった後ろ向きな感情が理解できなくなっている。その為、人間としてどこか異質な印象がある。

 本来は繊細で感受性が高く、物語を聞いては空想を働かせることの好きな物静かな少年だった。

 体も弱く、小さな頃から周囲に大人になることは出来ないだろうと言われており、死ぬことに怖いと怯えながらも自分でもそれを受け入れていた。その為かどこか達観したところがあり、人間としての幸福からかけ離れた方向に走り始めた己の運命も静かに売れ入れ、人間を辞めることに。

 自覚はないし表面上に特段変わりはないが、本来の人間としての魂は心の奥底に沈められ、肉体は妖精の琥珀の魂に支配されている。人格やら能力やらはそのままに、根源的な部分が取って代わられている。

 そもそもピーター・パンという名も、妖精たちが琥珀の中にいる古い妖精に名付けたモノ。


ティンカー・ベル

 ピーター・パンの監視役を務める妖精に代々受け継がれている名前。

 手のひらサイズの小さく力の弱い妖精がその任に当たるが、一年と経たずに寿命で死んでしまうので代替わりが激しい。ピーターもそれに慣れており、そういうものと受け取っている。

 ピーターを楽しませることが主な役目で、それ以外の余計な悩みを遠退けるのも役目。

 その為ならどんな悪辣なことをやっても良いと考えており、根本的に人間の持つような罪の意識がない。

 時にやり過ぎたり、嘘を嫌うピーターに嘘を吐いて(しかもバレて)殺されたりする。


ウェンディ

 気まぐれなピーター・パンが初めて島に連れてきた「女の子」。

 そもそもいつまでも少年で居続けられる「男の子」と違い、「女の子」はどんな境遇に置かれても気付けば「大人」になってしまう生き物なので、妖精に敬遠されている。

 加えてウェンディは実はピーターの初恋である「ソラナ」にそっくりで、ピーターを恋に落として大人にしてしまうのではないかと妖精たちは危惧している。それらの事情でネバーランドでは歓迎されていない。

 ただピーターが大事にしているので、表向きピーターにバレないよう取り繕っている。

 ちなみに「ソラナ」はピーターに知られないよう秘密裏に闇へと葬られており、ウェンディも隙あらばと考えているようだ。それを肌で感じ取り、ウェンディは異常な島ネバーランドで常に警戒状態にある。


ソラナ

 ピーター・パンの想像力の産物であるネバーランドの幻想生物「人魚」の少女。

 自然なイキモノではなく空想から生まれた為か、生態は不自然で知能が低い。

 その中でもソラナは知能が低かったが、代わりにとても優しく素直だった。

 ピーターによく懐いており、ピーターの初恋の相手でもある。

 しかし恋を知ることでピーターが大人になることを恐れた妖精たちに罠にかけられる。

 彼らの魔法で身も心もお化け鰐に変貌させられてしまい、自分が人魚であったことも忘れてネバーランドの入り江で人を襲う恐ろしい怪物として生き延びている。


フック船長

 ネバーランドを度々襲撃する海賊。

 実はピーター・パンが人間であった頃の無二の親友であり、従兄弟。

 故郷が戦火に呑まれ、ピーターと共に逃げ延びている途中で諸共に島へと誘拐された。

 ピーターを人間の世界に繋ぎ止める存在として妖精たちに襲われ、その時に心臓を失っている。

 そのままピーターを半妖精にする儀式の生贄にされた。

 ピーターが抵抗せず妖精に心臓を奪われたのは、自分の心臓を死んだ従兄弟に与えて生き返らせる為でもあった。

 親友の犠牲で息を吹き返した彼は、妖精たちのせいで変わっていくピーターを取り戻す為、島から解放して自由にするために妖精を皆殺しにし、ピーターを縛り付ける島を破壊することを決意。

 ピーターがいれば他は用済みと元の場所に戻されることもなく放り出された迷子たちを率い、海賊となってネバーランドの敵になった。

 心臓を失ったショックで過去を失くしたピーターに何を言っても信じてもらえはしない。そのことがわかっているから、変わり果てた親友に何も言わずにただ戦い続けてきた。

 島から一度追い出されて大人になったが、心臓はピーターのモノなのでピーターが死なない限り彼も死ぬことはない。

 妖精に狙われていることを察してソラナを保護しようとしたが、ソラナが変貌する場面に居合わせて鰐になって暴走するソラナに襲われ、片手を失った。


タイガーリリィ

 ネバーランドに住む「先住民」の女性。

 ピーターのお姉さんの様に振る舞う。

 だが実は目障りなフックを排除する為、妖精たちが刺客として育て上げた戦士。

 「タイガー」は代々の戦士に受け継がれる称号でもある。

 妖精たちの魔法がかかった武器を持っており、人間離れした動きをする。

 

スミ―

 フック船長の片腕的存在。

 ピーター・パンと同時期に攫われてきた迷子でもある。

 同じ境遇なのに立場に随分と差のついたピーターを妬んでおり、表面上は従順にフック船長に従いながら、腹の内ではピーターを陥れることばかりを考えている。


ジョンとマイケル

 ウェンディの弟たち。

 ネバーランドに来て最初は無邪気に楽しんでいたが、ピーターが露骨に自分達をウェンディのおまけ扱いすることが次第に面白くなくなっていく。

 姉を妬み、ピーターを恨みに思うように。

 そして、スミーにそそのかされて……



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