活動報告より(2014・8・7)
こちらも以前、活動報告に乗せたもの。
「没落メルトダウン」関連余話です。
6階建ての塔からI can flyした後、彼自身はどういう行動に至ったか、という話。
ミレーゼ様視点で見るアロイヒとは、ちょっと印象が違うかもしれません。
客観的に見たアロイヒ18歳です。
エルレイク侯爵には跡取り?とされる息子が一人。
だけどその嫡男の言動に問題があることは、誰もが知っていた。
功績も飛び切り輝かしいものが、いくつも。
だけどそれを補って余りある愚行も、山ほど。
最終的に言動による騒動の評価は互いに打ち消し合って±0。
国民の英雄だけど、国家上層部の頭痛の種。むしろにょきにょき育っとる。
そんな跡取り様の名前は、アロイヒ・エルレイクといった。
これは、彼らにとって五年前のこと。
アロイヒ(18)の起こした数々の騒動の中、その一つに数えられる出来事。
彼が「今なら飛べる気がする!」と塔の6階から飛んだ、翌日のことである。
アロイヒ・エルレイクは悩んでいた。
体に不調は全くなかったけれど。
それはもう、熱が出るんじゃないかというくらいに考え込んでいた。
時期は折しも春の休暇中。
全寮制の学校は必然的にお休みでした。
つまりそんな彼の悩みに付き合ってくれる者は良い意味でも悪い意味でも少ない。
エルレイク家お抱えの学者にして、アロイヒの家庭教師でもあるスタイン・ブルックナーは、彼の悩みに付き合ってくれる貴重な一人であった。
「若、どうされたのですか。そのようにお悩みになられて…」
「スタイン………僕、いくら考えてもわからないんだ」
「今度は一体、何がそんなに若を悩ませているんです」
他の物であったら、またぞろ碌でもないことを考えているのかと顔をしかめるところである。
教え子の暴走の抑止力には全くならなかったが、スタインは良い教師であった。
当然のこととされている物事や一般常識、誰もが一笑にするようなアロイヒの疑問の数々にも真摯に向き合い、この老人が笑って質問を放り出したことは一度もない。
他の学者のように知っていて当然と傲岸不遜に振舞うこともなく、スタインはいつも穏やかだ。
むしろアロイヒの率直な質問に対しても、歓迎している節がある。
当然のこととして思考停止していた部分に刺激を受けたり、新しい視点を得たり、今まで考え付かなかった部分に自分も疑問を持ったり。
考えることを生涯の仕事とする彼にとっては楽しく有用な時間として捉えていた。
だから今日も、スタインは他の者からすれば驚異的なまでの根気と付き合いの良さを発揮し、今日も真摯に向き合ってくれていた。
そんな教師への信頼から、アロイヒも安心して己の悩みを吐露してしまう。
「スタイン、昨日のことなんだけどな?」
「ああ、なんだか愉快なことをなさったとか………使用人達が顔を青褪めさせておりましたぞ」
同じ城に住み込んでいる身。
スタインも勿論昨日の騒動とその顛末を耳にしている。
アロイヒが無謀にも風呂敷で空を飛ぼうとして墜落したことも。
それを見てしまった3歳になるアロイヒの妹姫が倒れてしまったことも。
いつもの如くアロイヒに振り回される羽目となった使用人が泣きそうな顔をしていたことも。
それを踏まえて、スタインの顔に悟りが訪れる。
「若、またぞろ何をお考えで…」
「あ、何かやらかす前提は酷い。僕だって昨日は母上の言う通りもう少し配慮するべきだったって反省してるんだ。妹や使用人には悪いことしたよ」
「そのお言葉を聞いて安心いたしましたぞ。では、もうなさりませんな?」
「ああ。もう風呂敷には頼らない…! 昨日飛び降りて気付いたんだ。布は風にはためくばっかりで、空気抵抗的な意味じゃ全く役に立たない! 繊維の目がいくら細かくても、微妙に風通すんだよアイツ等」
「若、若…布は無機物ですぞ。それから、風呂敷云々ではなくてですな?」
この話題は危険だ。
鷹揚で寛容、そして好奇心旺盛なスタインには珍しく、気まずい思いで困ってしまった。
若君様は、空を飛ぶことへの関心を未だ失っていなかった。
「それで考えてたんだ、スタイン」
「はい、何をですかな」
「人間はどうして空を飛べないんだろう」
「どうしてですか………翼がないからでしょうな」
アロイヒもスタインも、決して笑っていなかった。
何故ならアロイヒの疑問は本物で、心底不思議がっていたからだ。
だからスタインも、真面目に答えた。
それは勿論、次の問いに関してだってそうだ。
「じゃあどうして、鳥は飛べるんだろう」
「それは翼があるからでしょうな」
一言で終わっても、そこに誤魔化しはない。
答えるスタインも真摯な気持ちで、質問には答えたつもりだ。
だが今回。
若君の疑問はより一層深いところにあった。
「何も鳥が魔法を使える訳じゃないんだ。確かにそう言う生物はそう言うもの、で片付けられると思うけど。だがそういう行動、働きに対する作用ってどうなっているんだろう」
「…ふむ。つまりは鳥が空を飛ぶ原理を求めていらっしゃる訳ですな」
「やっぱりスタインは話が早い。昨日はモモンガの飛行スタイルを模倣してみたんだ。だけど風呂敷じゃ全然駄目だった。絹の奴は全然使えない奴だな。布の宝石とか言われてるからって調子に乗りやがって空も飛べやしない」
「若、無機物は調子に乗りませんぞ。使う人間が調子に乗るのです。あと、モモンガのアレは飛んでいる訳じゃなくて滑空ですぞ」
「滑空……つまり、落ちているだけか」
「落ちているだけですなぁ」
「…じゃあ、やはり鳥を模倣するべきだったのかー」
「若、背中に翼を背負ってみても、落ちるだけですからな? くれぐれも蝋で固めた鳥の羽根を背負ってバタバタやってみたりなどしないで下され」
「………張りぼての翼じゃ、重いだけか」
「そうですなぁ…鳥の行動が気になるのでしたら、領都の端に住んで居る男を訪ねてみてはどうですじゃろう」
「ん? 何故に?」
「領都の西端の、森の傍に住んで居る男ですじゃが、なんでも無類の鳥好きだとか。飛ぶ鳥に憧れ、より鳥の観察がしやすい環境に移った程でしてのぅ…もう10年以上、鳥を観察して生きておりまする」
「そうか…そこまで鳥類観察に情熱を注いでる奴なら、僕の疑問も解消してくれるかもな。なんで鳥は飛べるのに、人間は飛べないのか…答えが見つかる気がする!」
そこで若君は、いつものように城を抜け出し西の森に向かった。
アロイヒが城を抜け出すのも、そのまま平気で何日も帰らないのもいつものことなので、城内に姿が見えないからと慌てる使用人も今ではいない。
家庭教師スタインに見送られ、アロイヒは意気揚揚と足取り軽く目的地に向かったのだった。
「お前が無類の鳥男か?」
西の森でアロイヒが遭遇したのは、思ったよりも若い男だった。
もしかしたらアロイヒと同年代かもしれない。
呼び止められた男は怪訝そうな顔で、アロイヒに胡乱な目を向ける。
「なんですか、その怪奇的な都市伝説っぽい表現」
「悪い。鳥好きだ、鳥好き。好きが抜けた」
「まあ良いですけど。確かに俺は鳥類マニアですし。それでお城の若様が何用です」
「お前、僕を知ってるのか」
「知らない奴はいないでしょ。このエルレイク領に」
何しろ若君は、有名なのだ。
良い意味でも、悪い意味でも。
加えて亜麻色の髪にサファイアの瞳を持つ美男子など、そうそうお目にかかれるものでもない。
生まれ持ったオーラとカリスマが、平然と接しているように見えて男の足を震えさせる。
しかし男の内心の怯えなど気付かないアロイヒは、にぱっと人懐っこい笑顔を向けた。
途端に威圧感はどこかへ消え去り、親しみやすい空気になる。
無意識に細く息を吐き出す男へ、アロイヒは笑みで握手の手を述べた。
「知ってるなら話が早い。僕はアロイヒ…アロイヒ・エルレイクだ」
「俺はイカロスですよ、若君」
「名前で呼んでくれないか? 世の中には若って呼ばれる奴が多くて、ややこしくっていけない。いっそ番号でも割り振ってくれれば楽なのに」
「それじゃ、アロ様って呼ばせてもらいましょうかね」
「一気に気安くなったな! 嫌いじゃないぞ、その率直さ」
そして若君と鳥男は、互いに熱い握手を交わした。
その次の瞬間。
握った手とは逆の拳で、両者間髪入れずに相手の顔面を狙う。
聞き手を握手で拘束したまま、叩きこまれたクロスカウンター。
鳥男はにへらっと笑い、アロイヒはにんまりと笑った。
二人が打ちとけ仲良くなるのに、時間はかからなかった。
それから。
その日の内にアロイヒが切り出した話が、2人の関係を更に熱く意欲的な物にした。
情熱に火が付いたのだ。
………共同研究開発者、という意味で。
「鳥です。全ての究極形態は鳥へと集束するのです。なのでモデルの両翼にはあらゆる鳥の羽根をつけ、オリジナルの鳥翼を模すべきです」
「だから、つまりは揚力の問題だろー? 鳥じゃなくて蝙蝠でも良いだろ。むしろ余計な羽根つけたら重いって! ここは皮膜が最強だって!」
彼らは時にぶつかりあい、時に共に涙したけれど。
互いの主張が混じり合わず、辛い思いもしたけれど。
「それなら貴方のお好きなドラゴンでも狩ってくりゃいいでしょ! あいつらの翼だって皮膜なんだからピッタリだ!」
「アイツ等、口から火ぃ吐く不思議生物だぞ? まともな原理で空飛んでるかわかんねぇって。そもそもさぁ…」
しかし互いに妥協点を探り、共に探究し、共に協力しあった。
たったひとつ。
互いが絶対に混じり合う、たったひとつの目的の下に。
それだけをただ実現する為に、彼らは固く手を握る。
「…ドラゴンの被膜を素材にできるって言うんなら、こっちが折れてもいいんですけどね? まあ? できるなら…ですけど?」
「――おおし、言ったな? 今すぐ一匹捕まえてくっから待ってろよ? 絶対待ってろよ? 絶対だからな!」
アロイヒはこの口論の二日後、人生3度目の竜討伐を達成する。
お誂え向きに、捕まえたのは飛行に長けた飛竜ワイパーン。
その大きな遺骸をお土産にされ。
イカロスは大地に両手両膝をつけて項垂れた。
敗北感が半端なかった。
それから、暫し経って。
それはアロイヒが6階建ての塔からI can flyしてから、2ヶ月後のこと。
エルレイク侯爵領に新たな目玉となる新商品&レジャーが確立された。
運搬には手間がかかるが、その手間をかけても惜しくないと思わせる魅力を持った新名物。
製作者の2人組は、その商品をこう呼んだ。
「「風のマント」」
「マントと言いつつ、実は全くマントでも外套でもないところがミソだな」
「そもそも気軽に持ち運びは無理だろーけどな」
「だけどこの名前には、浪漫がある…そう、鳥の如く風をはらむ翼で、大空をものにするんだ!」
「ものにするっていっても、使用には色々条件がいるだろー。天候とか」
「そこは今後、要改良ってことで…!」
その商品を異世界の地球出身の者が見たなら、こう呼んだことだろう。
――ハンググライダー、と。
アロイヒ
結構思い付きから何でもやっちゃう人。
その場その場の興味で動いている。
その時興味のあること以外に思考を割くことはあまりない。
気まぐれな面もあるが、一つのことに固執すると長い。
華奢な外見だが普通に化け物。
阿呆阿呆とみんなに言われていて、確かに阿呆だが頭は悪くない。
道端で後ろから知らない人に「おい阿呆!」と呼びかけられたらまず間違いなく振りむいちゃう当たり、阿呆の自覚はある。
でも気にしない。だって本当に阿呆だから。
多分エルレイク領どころか、この国で一番の残念男子。
イカロス
鳥に魅入られ憑かれた青年。
アロイヒと同じく残念臭の漂う、ロールキャベツ男子。
しかし天才的に回転する頭脳を持って生まれている。
…が、完璧に才能を無駄にしている。
鳥狂いじゃなければ違った人生を歩んでいたはず。
彼がいなければハンググライダー(笑)は完成しなかった。
アロイヒに言われるまで製作するという発想はなかったが、ハンググライダー(笑)で味をしめてからは様々な物を考案試作し、自分で設計図面制作、最終的には鍛冶仕事までマスターした。アロイヒの悪友。
後に人力飛行機(自転車タイプ)みたいなナニかを作り、アロイヒに友情の証としてプレゼントする。
→アロイヒの活動範囲に「空」が加わった! 行ける領域が遥かに広がった!
ちなみに長時間の運行には肉体にかなりの無理がかかり、今のところ15分以上空を飛べるのはアロイヒだけである。
まさしく、アロイヒ専用機。
風のマント試作機
ワイパーンの翼(皮膜)をふんだんに使い、骨組までワイパーンの骨を使って作られた贅沢な一品。
試作機以降は量産制作する前提でコスト的な問題から軽く薄い普通の動物の皮と、化鯨の骨で作られている。
ちなみに化鯨はアロイヒが取ってきた。
だが化鯨も常時確保は無茶だとして、後にイカロスが鍛冶屋と交渉して金属製の骨を考案する。