親父のマジカル☆単身赴任
息子を残して単身赴任する親父さん。
その赴任先が、何だか……?
俺の名前は島路 馨。
生まれも育ちも地球の現代日本、誰がどう見ても一般人の高校2年生。
そんな俺の家庭は父子家庭。
家族は今年で40歳になる親父と、愛犬の男爵だけだ。
え? 異様に若いお父さんだね?
そんなことは俺だって承知だが、聞いて驚け。
外見年齢は実年齢よりもずっと若い。
小学生の頃から親子ではなく兄弟に間違われてきた実績がある。
だが、間違いなく親子である。
俺自身、ガキの頃は親子じゃなく実は兄弟じゃないかと疑ったが、親子だった。
外見が若いので、精神的な距離がちょっと狂っている気もしないではないが。
兄じゃないかと疑っていたせいもあり、どうも『兄弟』感覚で接してしまう癖がある。
若々しく見えるせいか、俺は親父をどこか頼りないと思っていた。
……が、どうやらやっぱり親父は『父親』で。
俺が思うよりももっとずっと、心身ともに頑強で逞しく、頼りがいのある男だったらしい。
高校1年生の冬、親父は俺に言った。
「カオちゃん、ちょっとこっち来て?」
「うっさい親父。カオちゃん呼ぶな」
「はいはい、良いからよく聞きなさい。馨」
「改まってどうしたんだ?」
「お父さんね、次の春……転勤になりそうなんだ」
「は!?」
寝耳に水である。
今まで生まれて16年、一度もなかった親父の転勤。
これは左遷か、と咄嗟に思った。
っつうか、親父の仕事ってなんだったっけ……?
「それで、転勤先ってどこなんだ。俺も、一緒に行くのか?」
「あ、それはお父さん考えたんだけどね? 転勤先……かなり遠くってね。馨の進学のことも考えると、環境は現状維持が好ましいと思うんだ。だからお父さんは、単身赴任の予定だ」
「単身赴任……」
正直に言って、愕然とした。
なんだかんだで今までずっと、親子二人でやってきたんだ。
男手一つで俺を育てるに、きっと俺の知らない苦労も沢山してきたんだろう。
今でも目に浮かぶのは、小学校の「母の会」や「PTA役員会」でどう見ても学生にしか見えない親父が、同級生の保護者であるおばちゃん達に取り囲まれ、ちやほやされていた……あの姿。
親父は青い顔で、涙目だった。
どう見ても明らかに、おばちゃんパワーに怯えるいたいけな高校生だった。
親父本人も気にしている、あの若い見た目だ。
きっと方々で舐められ、辛酸を極めたに違いない。
そんな親父を支えるのは俺の役目だと思ったし、日常的に助けるのは当然だった。
だってやっぱり、親父は見た目からして頼りない。
俺がいなくて、この見た目若いオッサンが一人でやっていけるのか……?
ぶっちゃけ、俺がいないとダメだろうと思った。
親父の言葉は、俺を思ってのモノ。
俺の進学と、あとは交友関係を気にしたんじゃないかと思う。
思いやりは有難い。
確かに今の学校は進学を念頭にかなり頑張って入った学校だ。
思い入れも、その分だけ一入。
けど今の学校のレベルに必死に食らいついていたお陰で、学力は上がった。
転校となっても、学校を吟味して納得できる場所を見つければ良い。
ダチとも長くて小学校からの付き合いだし、遠く離れるのはちょっと抵抗がある。
……が、別に遠くなったって今は便利な世の中だ。
電波さえ繋がってりゃ、別に近くにいなくっても問題ないだろ。
電話だってメールだって、チャットだってあるんだから。
遠方に離れたって、今は友情も自然消滅はしないもんだ。
だけど親父の弁当は、朝夕の飯は、ワイシャツやハンカチのアイロンがけは。
俺がいなくて、他に誰が面倒見るってんだ?
そう思ったから、俺は親父に覚悟を決めて進言したわけだ。
「父さん、俺はあんたの単身赴任なんて認められない。……俺も一緒に行く」
「ダメだよ、馨。行きたい大学があるって言っていたじゃないか」
「そんなの……っ! どんな学校に転校したって、学力はこれ以上下げない。塾や予備校に通わなくたって、今のレベルをキープしてみせる。だから後、せめて2年くらいは一緒に……」
「だからダメだって。お父さんがこれから行く転勤先、塾や予備校どころか高校・大学すら無いんだから」
「親父、あんた一体どんな僻地に行くつもりだ!??」
塾や予備校どころか、高校・大学のない転勤先。
更に聞くと、電車や自動車道もないらしい。
新幹線は言うに及ばず、だ。
親父、そこは果たして日本なのか……?
俺は親父の転勤先をかなり執拗に問い詰めたが、親父は一向に口を割らなかった。
職場の方針で、口外を固く禁じられているらしい。
なあ、それはたった一人の家族にも言っちゃダメなのか……?
親父をこのまま転勤させて良いものか。
俺は抗議を込めて、そっと親父に転職情報誌を差し入れた。
だが、親父は俺の抗議を柳の如く、受け流し。
大恩ある社長直々の頼みだからとかなんとか、抜かし。
俺の引き留めを振り切ってマジで転勤していきやがった。
おいこら、せめて転勤先の連絡先は置いていけー!!
以来、親父の元には電波すら通じない。
連絡を取ろうと試みても、圏外だと告げる無機質な機械音声に虚しさを覚えるだけだ。
今の俺が持つ親父との連絡手段は、ただの一つ。
月に一度、親父の職場の人が手紙を届けに来てくれるだけ。
その時、ついでに俺の返事を親父に届けてもらえることになっている。
おい、今のこのご時世に。
しかも親子間で文通って舐めてんのか、こら。
郵便局通して郵便物が届かないって、どんだけ僻地に居んだ。おい。
~4月:親父の手紙一通目~
カオちゃん、元気にしてる?
お父さんが旅立ってから、日本では半月が過ぎたんじゃないかな。
新しいクラスには馴染めたかな?
お父さんのいない生活で、何か困っていることはないかな。
赴任する前にも色々注意したけど、カオちゃんのことはお隣の村重さんに頼んであるから。
何かあったら村重さんのおばあちゃんが力になってくれるからね。
カオちゃんに心配をかけると悪いから、お父さんの近況を書きます。
前にも言った通り赴任先については教えることができません。
だけどこちらの暮らしぶりについては解禁されているみたいだ。
お父さんは昨日、任地に辿り着きました。
今は手配された部屋で荷解きをしているところです。
この国は電気もガスも水道も通っていないけれど、今のところ不便はありません。
まだ滞在して1日しか経ってないんだけどね。
こちらの生活は独特の文化が強いから、これから頑張って慣れていくよ。
くじけそうになったら、カオちゃんの写真を見て頑張るからね。
お父さんのことを応援していてほしい。
それじゃあ、お父さんは元気だから。
カオちゃんも風邪なんかひかないよう、体に気を付けるんだよ。
~島路 光より~




