活動報告より(2016・1・25)そのに
【強かなりし赤すぎ姫】
これは麗しの姫君が愛故に魔女に呪われたり王子に助けられたりしても、全部「よくあるよくある」で通ってしまう世界の、そんなことが普通だった時代のこと。
とある王国に生まれた、一人の姫君。
後世、絶世の美を持つ「××姫」と呼ばれた、姫君のおはなし。
相手が背を見せた隙に、涙目で命乞いをしていた美少女はキラリと目を光らせた。
即座に動いた身体は一切の躊躇いもなく、秘かに確保しておいた手頃な凶器いしを振り上げる。
ゴッ
姫の可憐さに騙され、隙を見せた哀れな刺客は、あっさりと地に沈んだ。
だくだくと頭の下に血溜まりが。
強かに後頭部を打ち付けられた男は、思わぬ一撃によって完全に気を失っていた。
「チッ 油断しすぎだっての」
姫君はそう言って、忌々しそうに手に握っていた石を放り投げました。
時は姫君十五の年。
場所は国境をまたぐ森の入り口。
小国であれどそれなりに豊かな王国の姫君は、刺客の背を踏み躙っていました。
「他人など、誰も当てにはならない。多情な男に縋っても良いことはない。価値ある御身を守る為には、姫自身が誰より強くあらねばならない--正に、その通りでした」
流石、従兄上…と呟きながら、嘗て幼かった姫に懇々と強さを説いた従兄に感謝する。
あの頃、従兄上に強くある道を示されたからこそ、今の自分はあるのだと。
従兄は精神性について説いたつもりだったが、姫は少々取り違えて解釈していた。
「さて、これからどう致しましょうか」
刺客を昏倒させた時の悪態をさささっと美々しい面の皮の下に収め、打って変わって可憐な仕草で今後を思案する。見事な早変わりに、目撃者がいたら同一人物かを疑っただろう。
「このお間抜けな殺し屋さんが真実クソバb…継母様の放った者でしたら、お城に戻るのは得策ではありませんわね。だからといって、貴族に貸しを作る訳には。アイツ等は完全に強者に尾を振る犬ばかりですもの。流石に国を真っ二つにして内乱騒ぎという訳にも参りませんし」
現状、己を不利と姫は判断する。
実際問題、姫は己の城を追い出されているに等しい。
このままでは誰を頼ろうとも報賞など出せないし、お城に居座る継母や義姉が姫の帰城を受け入れるとも思えない。最悪、姫を語る偽物扱いされる危険性もある。
姫君と瓜二つの美貌を持つ少女が、他にいるとは誰にも思えないだろうが。
「ああ、もう。お父様がこんなに早くお亡くなりにさえならなければ…せめて、私の即位を確定させてからであれば、やりようはありましたのに」
口惜しや、そう呟く姫君の口許は寂しさで歪み、瞳は悔恨と哀切を滲ませていた。
「本当に、なんでお父様は生きていらっしゃらないのかしら…」
やりきれないと言った様子で、姫は涙を滲ませる。
…が。
「はい、悔恨タイム終了。いつまでもくよくよ悩んでいられませんもの」
次の瞬間にはガラッと切り替え、あくどい企み笑顔が口許に浮かぶ。
「チャッチャと先を見て、やれることを致しましょう」
姫は、物凄く前向きだった。
己の暗殺未遂を知れば、継母は次の手を打つだろう。
姫は其れを見越し、身を隠すにも逃亡するにも、先ずは姿を変えようとこっくり頷く。
「--さて」
姫は、とっくりと地に臥す刺客(縛り済)を眺め回した。
………1時間後、其処には可憐な美しい姫君ではなく、凛々しく可愛らしい少年がいた。
その隣には、サイズの合わないひらひらドレスを強引に着付けられた刺客の姿。
ぴちぴちぱちぱちの袖や身幅は引きつれ、胴回りに至っては布地が裂けかけている。
勿論のこと、ドレスの紐は完全に締めれず…それでも限界ギリギリまで締め上げている。
何とも気色の悪いふわふわドレスの女装は、縛ったまま放置された。
奪った男装束の臭いに嫌な顔をしながら、装飾品、高値の付きそうな小物を袋に詰めて。
王家の身分を証明するペンダントだけ服の下で身につけ、姫は森の奥へと歩み行く。
「これだけは、持っておかないと」
目指すは国境。隣国の、領土内。
其処は姫の伯父…亡き父王の、兄が収める国であった。
「お母様とお父様(入り婿)の子供は私だけ。伯父様に助力を求めれば、正統な訴えとして後ろ盾になって頂けるはず。…その分、見返りも要求されるでしょうけれど」
そう言いつつも、隣国の王子は姫の王婿候補である。
上手く交渉すれば、充分に見込みがあると姫は踏んでいた。




