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第七十三章 長安を制する者は 其の一

 藍田らんでんに逃げ込んだ延岑えんしんを追いかけて、劉嘉りゅうかは長安西方の陳倉ちんそうまで来ていた。


「これはこれは、長安がもう近づいてきましたな。長安は今や赤眉が占拠しているとか。そこでわたくし考えました。延岑の事はしばし忘れて、長安を劉氏の名のもとに解放するといのはいかがでしょうか」


李宝りほうは笑顔で劉嘉に提案する。


「貴様、延岑の追撃を煽ったのはそれが元から狙いだったのではないか?」


来歙らいきゅうは李宝を睨みつける。李宝は笑って取り合わない。


「人聞きの悪い事を申される。ただの成り行きですよ」


劉嘉は考え込んでいる。


「長安か……」


来歙は厳しい口調で言う。


「糧食が底を尽きかけている。加えて赤眉は三十万もの大軍を擁していると聞く。非現実的だ」


「ここに留まっていたら食い物が湧いてくるわけでもありますまい。賭けることなく得られる物はありませんぞ」


言い争う二人を前に、劉嘉は思う。思えば遠くへ来てしまった。私は元々何がしたかったのだったか。

その時、伝令が駆け込んで来て劉嘉に書状を差し出した。それは仇敵延岑からの書状だった。


――今、長安の都は赤眉の暴虐に遭い、民草は塗炭の苦しみに苛まれています。陛下とは不幸にも道を違えてしまいましたが、国を憂い、人を愛する心は私も同じです。ここは今までの争いを忘れ、力を合わせて赤眉を討伐するのが天命と存じます。賢明な判断を下して頂くことを期待します。――


「ば、馬鹿にするなッ!今更和睦だと!」


劉嘉は怒りを露わにして、書状の竹簡を膝で圧し折ってしまった。

しかし、李宝は眼を輝かせた。


「延岑と兵を合わせれば、長安の獲得も俄然現実味を帯びますぞ。悪い話ではない」


劉嘉は口ごもりながらも言う。


「そうか。長安を獲れたならば……劉氏の名のもとに兵糧を集めることも出来る」


「手段と目的があべこべになってきているぞ。落ち着いてくれ」


来歙は劉嘉を見つめる。しかし、劉嘉の目はもやが掛かったかのようにどんよりと曇って、来歙の事が目に入らないかのようだった。


 杜陵とりょうに陣を張った延岑のもとへ、数万の軍勢を率いて李宝が到着した。李宝は劉嘉を説得し、延岑との連合に同意を得たのである。


「おお、あなたが李宝殿か。あなたが加わってから、漢中王の軍勢はにわかに手強くなった。これほど心強い味方は他にいない」


「こちらこそ、名にし負う勇将と共に戦えること嬉しく思います。力を合わせて、悪逆非道の赤眉から長安を解放しましょう」


二人は固く握手を交わした。その様子を見て屈狸クズリが嗤う。


「ししし、二人とも目がちっとも笑ってないでやんの」


来歙の意見により、劉嘉と本隊は陳倉に残っている。延岑と李宝の軍勢は合わせて八万ほどの兵力となった。

突如集結をはじめたこの軍勢は、当然ながら赤眉の知るところとなった。長安の宮廷で軍議が開かれ、赤眉の幹部は一同に会した。


「樊崇よ。あの連中は俺に任せてくれ。赤眉をなめやがったらどうなるか、しっかり教えてくる」


そう名乗りをあげたのは逄安ほうあんだった。逄安は樊崇と同郷の最古参である。


「いいだろう。しかし、こいつらは頭ではない。頭を叩こう」


樊崇の言葉を徐宣じょせんが補う。


「杜陵にいる連中の本隊は、陳倉に現れたという部隊って事だ。それを叩く必要がある、と言う訳だね」


廖湛りょうたんが手を挙げる。


「陳倉には俺が行きましょう。更始帝の残党をかき集め、揃いも揃ったり十八万!たかだか二、三万程度の連中なんざ、皆殺しにしてやります」


廖湛は旧更始政権の残存勢力を糾合し、公称十八万の大軍勢を編成することに成功していた。

樊崇はゆっくりと頷いた。

こうして赤眉は軍勢を二手にわけ、進軍を開始することとなった。


 陳倉の劉嘉のもとへ新たな書状が届いた。その差し出し人は鄧禹とううであった。


――延岑との連戦につぐ連戦、そろそろ兵糧にお困りのことと存じます。幸いにも雲陽には相応の蓄えがあり、支援が可能です。私の調べによると、赤眉は二手に分かれて杜陵と陳倉それぞれに侵攻中です。漢中王がこれを躱すことなく討ち滅ぼして頂けるならば、支援を約束いたします。無理強いは出来ませんが、最善の一手を選びとって頂けることを祈っています。――


来歙はこの書状を読んで驚きを隠せない。


「いやはや、鄧禹は戦下手と聞いたが、策謀にかけては中々のものだ。離れていても、こちらの事情を見たかのように予想できている」


劉嘉はと言うと、驚きと戸惑いの入り混じった表情を浮かべている。


「話に乗れば食糧問題は確実に解決するが……鄧禹はその隙に長安を掠め取るつもりなのではないか」


「そうだろうな。しかし、李宝は自信満々だったが、我らが長安を獲ったとしても、各地から糧食を徴発できるかは五分五分といったところだと私は思っている。その場合は勝っても軍が崩壊してしまう」


迷った末に劉嘉は鄧禹の誘いに乗ることにした。こうして、杜陵においては延岑・李宝対廖湛、陳倉においては劉嘉・来歙対廖湛、虎視眈々と機会をうかがう雲陽の鄧禹という複雑な構図が出来上がった。

果たして、長安を制する者は。

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