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第六十九章 鄧奉の乱 其の一

 南陽では劉秀の部将である萬脩ばんしゅう堅鐔けんたんが、えんを掠め取った董訢とうきんなる人物に苦戦していた。

萬脩が咳き込みながら言う。


「どこからわいてきたのかもわからぬような男だけど、意外にしぶといですね」


堅鐔には腹案があった。


「正攻法では埒があかない。拙者は潜入作戦を経験したことがある故、試みてみようと思う。それにしても、その咳、大丈夫でござるか?咳き込んだあとにひゅーひゅー聞こえる場合は、医者にかかったほうがいいと聞きますぞ」


準備を整えた堅鐔は、夜陰に乗じて城壁に取り付くと梯子をかけてゆっくりと登っていった。

城壁の守備兵に後ろから近づいて首を掻き切ると、部下を手招きして登らせる。朱鮪を追い詰めたときのように欲を出さず、少数を率いて向かったのは城門だった。内側から開放して味方を招き入れる。

事ここにいたって董訢の部下達は異変に気づいて騒ぎ出した。飛び起きた董訢は素早く着替えると即座に逃亡に決し、倉から資金を掴みとると少数の兵を率いて逃げ出した。


「南陽のむじなと呼ばれたこの董訢。逃げも隠れも得意だぜ」


堅鐔は萬脩と兵を合わせて宛を取り返したが、董訢を取り逃がしてしまった。董訢は再起を図って堵郷しゃきょうで兵を集めはじめた。

この頃、都では凶報が相次いだ。

一つは彭寵の乱、もう一つは劉植りゅうしょくの死である。

劉植はかつてその弁舌で真定王劉楊を丸め込み、真定国を味方につけるという大功をあげた人物である。彼は真定王が謀反を起こしたことによって自身の功績が色褪せたと感じていた。そして、赴任先で功を焦るあまり賊を深追いし、敢え無い最期を遂げた。劉秀は特異な才能の持ち主を失った事を深く悲しんだ。

劉植は後に、劉秀の覇業を支えた功臣の一人として、雲台二十八将の第二十八位に叙せられることとなる。

足元が揺れ動く中で、南陽の平定を早めんとする劉秀は、大司馬だいしば呉漢ごかんの派遣を決定した。

呉漢は突騎を率いて冀州では盗賊団の壇郷だんきょうを討ち、荊州では楚の黎王れいおうを名乗る秦豊しんほうの軍を退ける等、八面六臂の活躍を見せていたため、これで南陽も程なく静まるだろうとの見方が劉秀をはじめ宮廷に広がっていた。

南陽に向かう呉漢の元に、長安の鄧禹とううから書状が届いた。


ーー大方、南陽は陛下の故郷であるから略奪等の野蛮な行為は厳に慎んでもらいたい、とかそういう事だろう。ーー


烏桓突騎が騎馬民族の風習を色濃く残している事を一番良く知っているのは、彼らを率いる呉漢である。略奪等の違法行為を反抗的な集落に集中させ、支持層の多い集落では大人しくさせておく、といった匙加減も心得ていた。呉漢は誰に言われずとも、南陽での激しい略奪が起きないように“調節”するつもりでいた。自分の故郷としての南陽には何の愛着もないが、主君である劉秀の故郷となれば話は別である。

主君という連想から、呉漢はかつての主君、彭寵にしばし思いをはせた。

石ころのような自分を拾ってくれたことには感謝しているが、ここまで道を違えてしまってはもはやどうしょうもない。

呉漢がため息をついて鄧禹の書状を開くと、その内容は想像と全く異なる物だった。


 「百八十一、百八十二!」


南陽の自邸に戻っていた鄧奉とうほうは指立て伏せをしている。洛陽での一件を考えると気持ちがまとまらないので、ひたすら身体を鍛えて努めて何も考えないようにしていたのだ。

洛陽から漢軍が董訢討伐のために派遣されているのは知っていたが、関わる気はない。

弟や自分に従う近隣の豪族には、


ーー漢軍がやってきても、兵馬や食糧をくれてやる必要はない。ーー


とまで言っていた。討伐なんぞ勝手にやれ、といったところだ。

鄧奉は指立て伏せに飽きて、屈み跳躍の運動を始めた。これも鄧奉にとっては、最低百回はやらないと刺激にならない。


「兄者!大変だ!荘園が…….!」


駆け込んできたのは弟の鄧終とうしゅうである。鄧終に促されて窓の外を見ると、近隣の豪族が所有する荘園から火の手が上がっていた。

急いで荘園に向かった鄧奉が目にしたのは、作物を軒並み刈り取られた田畑と血だまりに沈む小作人達だった。


「賊は…漢の旗を掲げていました…鄧奉様の言われた通り兵糧を渡すのを断ったら…いきなりこれで」


別の者が震えながら言う。


「あいつら…蛮族のようでした。みな胡面に片言で」


鄧奉は助け起こした小作人が息絶えたのを見ると、空に向かって咆哮した。

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