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第六十四章 野望の王国

 漢中王となった劉嘉りゅうかは、大々的な募兵を行ない、十数万の軍勢を集めることに成功していた。その帷幕の中には、更始政権滅亡の災禍を逃れた来歙らいきゅうの姿があった。


「なあ、劉嘉よ。兵を集めるのは良いが、教練をあの男に任せっきりでいいのか?」


「ああ、延岑えんしんの事ですか?彼は良くやってくれています。教え方も上手く、兵も懐いている。むしろ彼以外には考えられませんよ」


「能力の話ではない。あれは、所詮は降将だぞ?信用しすぎだと言っているんだ」


「いえ、あの男に限って裏切るような事は……」


劉嘉が笑って否定しようとしたその時、伝令兵が青い顔をして駆け込んできた。


「延岑殿、ご謀反!」


 巨木からするすると降りてきた傴僂せむしの少年が、心底嬉しそうな顔で言う。


「あちらにも動きが出てきました。ようやく伝わったようで。しかし、謀反なんてして良かったんですか?劉嘉には一度敗れているんですよ?」


延岑は快活に笑った。


「大丈夫たる者、この乱世で天下を狙わんでどうする。漢中でノロノロするばかりの鈍チンに、この延岑様は勿体無い」


延岑は大仰に戟を構える。構えた戟や鎧には手入れが行き届き、ギラギラと光っている。


「この延岑、まずは武安王と号して劉嘉を滅ぼす。その次は長安だ」


「気が早いぜ、親分」


「わははは、親分はよせ、小僧」


「そっちこそ、小僧はやめて下さい。俺には屈狸クズリって立派な名前があるんですからね」


屈狸が両の拳を握ると、その指の隙間から鉄製の爪が飛び出る。この傴僂の少年は、延岑が盗賊の時からついてきた腹心の部下であった。


「劉嘉は本人が強いだけで、将としては凡将だ。まずは撹乱して有利な状況をつくる。そういうの得意だろ?」


「得意も得意、大得意ですぜ」


 「頭を冷やせ、劉嘉。あの部隊にはおそらく延岑はいない。深追いするな」


延岑配下の小部隊は劉嘉の陣に放火をした上、牛馬の糞便を撒き散らし、大声で口汚く罵ると離脱した。

女性のような顔立ちの劉嘉だが、怒りに顔が歪み、平素の彼とは似ても似つかない。脳の髄まで憤怒に支配された劉嘉に、来歙の言葉は届かない。


「延岑も、延岑に従う者も皆殺しです。全て、です」


劉嘉は来歙を無視して、屈狸が率いる小部隊を猛追する。


「親分、何やってんだよぅ!このままじゃ、追いつかれて殺されちまう」


劉嘉達が屈狸の部隊に追いついたとき、横合いの草むらから銅鑼の音が聞こえた。大部隊が即席の塹壕から飛び出し、隊列の伸びきった劉嘉の部隊に襲いかかる。


「陽動の任務、ご苦労だったな!さてさて、弓兵ども出番だぞ」


混乱を立て直そうとする劉嘉に、矢の雨が降り注ぐ。

劉嘉は獣のような唸り声を上げて矢を剣で叩き落とした。


「決して近づくな。俺の合図に合わせて遠巻きに矢を射掛け続けろ!」


延岑は劉嘉を始末するためだけの弓兵の小部隊を用意していたのだ。

劉嘉は超人的な剣捌きで矢を払い続けるが、やがて汗にまみれ、動きには疲労が見え始めた。

延岑はいよいよ止めとばかりに弓兵へ一斉射撃の合図を送る。


斉射せいしゃ用意!射てぇ!」


しかし、一斉射撃を浴びて倒れたのは劉嘉ではなく、延岑の弓兵隊だった。新たに現れた弩弓手の一団が、一瞬早く弓兵隊を襲ったのだ。


「更始の柱功侯ちゅうこうこう李宝りほう、漢中王に助太刀いたす!」


李宝と名乗った男は槍を振るって合図をする。すると、小部隊ながら歩兵が現れて、延岑達の部隊に突撃していった。

その間に来歙が劉嘉を敵の包囲から救い出すことに成功した。冷静さを取り戻した劉嘉が兵士達を鼓舞すると、形勢は逆転した。


「劉嘉よ、命拾いしたな!ここは引き分けということにしておいてやる」


「うわぁ、親分よう言うぜ」


延岑は兵を半分以上失い、ほうほうの体で敗走した。

李宝は戦闘後、劉嘉の前にひざまずいた。


主上こうしていが赤眉に殺められて後、仕えるべき君主を求めて流浪しておりました。劉嘉様の天人のようなお姿を拝見し、このお方こそ我が主に相応しいと直感し、助太刀致しました。どうか、配下に加えて頂きたく存じます」


「運命とはあるものなのだな。こちらこそ、願ってもない話だ。共に延岑を討とう!」


劉嘉に握手を求められた李宝の満面の笑みが、延岑のそれに似ていることに来歙は気がついた。

参ったぞ、こいつも山師だ。

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