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第六十三章 混迷の長安

 長安の長楽宮は建世帝劉盆子が心を落ち着ける場所ではなかった。赤眉の諸将は略奪品の取り分等を巡って日夜宮中で刃傷沙汰を起こし、宮殿の柱に刀傷が刻まれない日はなかった。そんな状態が数週間続き、劉盆子は樊崇になんとかしてほしいと泣いて訴えた。


「よし。諸葛稚しょかつちを呼べ」


樊崇に呼びだされたのは衛尉の諸葛稚である。身の丈八尺の大男、鎧の上からでも判る逞しい筋骨の持ち主で、全身から闘気が立ち昇るかのようだ。樊崇は同郷の琅邪ろうや出身のこの男を戦士として信頼していた。

兵を率いて参上した諸葛稚に樊崇は命じる。


「暴れている奴を全員ぶち殺せ」


「お安いご用で」


諸葛稚は金砕棒かなさいぼうを掲げて獣のような吠え声を上げる。彼は駆け出すと手近な暴徒を見つけ、一撃でその頭を叩き潰した。脳漿が飛び散り、目玉が宙を舞う。一夜の内に死体の山が築かれ、死者は百人を超えた。劉盆子はこの惨状に心を痛め、引き篭もってしまった。

長安周辺の豪族は献上品をもって長楽宮を訪れたが、その場で奪い合いの大乱闘を繰り広げる赤眉の姿に恐怖し、自分達の村邑に篭って固く守るようになった。

劉盆子の兄である劉恭は、劉盆子に危険が及ばぬようにと知恵を授けた。


「良いか、必ず兄の教えた通りに言うのだぞ」


劉盆子は赤眉の諸将を集めると、おもむろに璽授を解いて叩頭して言った。


「今は役人が仲間の手で追い剥ぎにあいます。貢物を持ってきた人も身ぐるみをはがれます。こんな噂を聞いて誰がまともに従ってくれるでしょうか。こんな事になったのは、ふさわしくないものが皇帝になっているからです。僕を退位させて、誰か賢者を皇帝にしてください。責任が追求されて僕は殺されてしまう。どうか情けをかけてください」


台本通りに言ったあと泣き崩れる劉盆子を見て、劉恭は胸を撫で下ろした。我が弟は存外賢いようだ。

樊崇をはじめ、赤眉の人々は劉盆子の嘆きに心を打たれたようだ。しかし、劉恭の思惑通りにはいかなかった。赤眉の諸将は無理矢理劉盆子に璽授をつけさせると言った。


「我らは無礼で陛下に背いていました。これから先はこの様なことはありません!」


言葉通りに大人しくしていたのは二十日あまりで、諸将は再び略奪行為や暴力沙汰に勤しんだ。

略奪する物がなくなると、意味もなく市街に放火する者まで現れた。あまりに略奪行為ばかりを続けてきた結果、彼等はそれ以外の事が出来ない集団になっていたのだ。

丞相の徐宣じょせんが樊崇に進言する。


「ここで得られる物はもうありますまい。新しい狩り場を求めるべきでしょう」


「天水郡とか、あっちの方は飢饉が起きていないとか聞いたな。ようし、奪いに行くか」


樊崇は一部の兵を長安の守備に残すと、大軍を率いて天水郡に向け出発した。


 赤眉の多くが長安を離れたことを確認した鄧禹は、長安の北方に位置する栒邑から進発し、遂に長安に侵攻した。


「一兵卒でも力を尽くせば百人に当たることができ、一万人が死を覚悟すれば天下に行く手を阻むものはいない。ましてや我らは大軍ぞ、恐れるものなどなにもない!」


そう言って兵士を鼓舞するのは現地で加わった張宗ちょうそうという男である。彼はこれまで赤眉との間に行なわれた散発的な戦闘で、籤を引くことを拒否して常に後詰めを買って出た勇将だった。

城壁に取り付いて攻撃すること数日、鄧禹は突門(隠し扉)を発見し、これを衝車で破る事に成功した。

張宗は真っ先に城内に飛び込んだが、しかし、潜んでいた赤眉の兵に肩口を矛で貫かれた。


「やったか?」


赤眉の兵が矛を引き抜こうとすると、張宗はその矛を掴んで離さない。赤眉の方が矛を離して逃げればいいのだが、気が動転しそのまま張宗に戟で頭を割られてしまった。


「張宗、一番槍!さぁさぁ我に続く者はおらんか?」


張宗の負傷に悲鳴を上げんばかりだった兵から歓声が上がった。鄧禹軍は勢いのままに長安を攻略し、残存する赤眉を駆逐することに成功した。

鄧禹は歴代皇帝の位牌などを収拾し、民心の安定に務める一方で、劉秀りゅうしゅう呉漢ごかん朱浮しゅふに向けて多くの書簡を書いた。それらの書簡には鄧禹が心中に秘す策謀が潜まされていた。


「赤眉はこの荒れ果てた長安にはもう戻るまい。……真定王は勝手に自滅したが、残る連中を釣り上げるには仕掛けが必要だ。今の内に仕込んでおかねば」


しかし、鄧禹が謀略に熱中している間に長安を巡る状況はさらに目まぐるしく変化するのであった。

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