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第六十二章 王匡

 薄暗い牢の中で、男は自身の一生の終わりと静かに向き合っていた。

話しかければ思った通りの返答をしてくれる、あの弟はもういない。

貧農から身を起こし、賊の頭領となって天下を掻き乱し、位人臣を極めて王にまでなった。その全てが失われ、もうすぐ自分は罪人として処刑される。


元緑林軍の頭領、更始政権の定国上公にして比陽王、王匡おうきょうは、赤眉に一度は与したものの馴染めず、離反して劉秀の尚書しょうしょである宋広そうこうに投降した。しかし、自分が他の罪人とともに護送されていることに危機感を抱き、逃亡を図って失敗。処刑されることとなった。


 王匡は自身が殺めた同名の王匡という若者のことを思い出していた。


ーーこの私の姿が、お前の未来の姿だ。ーー


あいつは首を刎ねられる前に、確かにそう言った。

あの日、自分は呪いを受けたような恐ろしい心持ちになって、夜中にうなされた。

奇しくも言われた通りの境遇になってしまった。しかし、不思議と落ち着いている自分がいた。

盗賊団を結成してから今日まで、あまりにも全てが目まぐるしかった。


「疲れた。鳳よ。俺はもう疲れた……」


牢の扉が開いて刑吏がやってきた。


 空には太陽が照りつけている。市場の中央に引き出された王匡は後ろ手に縛られて跪いた。

刑吏が罪状を読み上げる。疲れきった王匡の耳には殆ど内容が入ってこない。


「……故にここに死罪を言い渡すものである。更始の定国上公、比陽王の王匡よ。何か言い残すことはあるか?」


「一つあるぜ」


刑吏が王匡に続きを促した。


「その肩書きは結局しっくりこなかった。俺は盗賊、緑林の王匡だ。言い直しちゃあくれないか?」


「良いだろう」


刑吏は咳払いをして言った。


「これより盗賊、緑林の王匡に刑を執行する!」


刑吏が首切り刀を振りかぶると、陽の光が反射して野次馬から悲鳴があがった。落とされた首は市場を派手に転がり、血潮が地を染め上げた。悲鳴が歓声に変わった。


緑林の名は後に盗賊・山賊の代名詞となった。

今日においても盗賊・山賊は「緑林の徒」、義賊は「緑林の好漢」等と表現される。

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