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第五十六章 即位

 温県に侵入した蘇茂そぼうを河内太守の寇恂こうじゅんが撃破した。蘇茂の兵は撤退の際の混乱で川にはまり、多くが溺死したという。

順水の城内では祝賀の宴が催された。

劉秀の前に酒を持った馬武が進みでた。既に上裸だ。

馬武は飲みの席では劉秀に進んでお酌をし、劉秀は酒が弱いにも関わらず面白がって馬武につきあう、という光景が常態化していた。

しかし、この日の馬武は違った。手に持った酒を一気に飲み干すと、でんと腰をすえて語り出した。


「王様!今、天下には主がいない。たとい聖人が生まれて、孔子を宰相に、孫子を将軍にしたとしても何も出来ない。飲んじまった酒は杯にはもどらないんだ。貴方は何度も辞退されているが、いい加減にして皇帝になってください。だいたい俺達はいま誰の賊と戦っているのか、さっぱりわかりません」


「お、おい、悪い物でも食べたのか、馬武よ」


劉秀は反論しようとしたが、周囲を見回すと諸将は無言でうんうんと頷いている。気持ちは馬武と同じという事か。

更始帝にはっきりと歯向かっている割に、更始帝に封建された蕭王の立場で征伐を行っていることは軍の正当性を曖昧にしていた。


「……わかった。このこともう一度よく考えてみる」


「よかった。では、飲みましょう!」


馬武は徳利を差し出したが、当然さっき飲んでしまっているので一滴も出ない。馬武と劉秀が大笑するのを諸将が見つめていた。


 常山郡に移動すると、二回も連名で即位の上奏があった。態度をあくまで保留する劉秀に対して、耿純が皆を代表して諫言した。


「天下の士大夫が親族を捨て、故郷を捨てて矢玉をかいくぐっているのは、心中で龍のうろこにすがり、鳳凰の尾につかまって志を果たしたいと思っているからです。今功業を定めれば天も人も応じましょうが、大王が時を止めて衆に逆らえば、彼らは望みを絶たれて去るでしょう。一度去ったものを呼び戻すのは容易ではない。時流は止めてはならず、大衆に逆らってはいけません」


「皆の気持ちは伝わった。近日中に答えを出すから、このことはもう言うな」


劉秀はこうの城において、馮異を呼び出しこの問題について尋ねた。


「私も諸将に賛同します。上は社稷のため、下は万民のためにどうかお受けになってください」


「私は昨日不思議な夢を見た。大きな赤い龍が私を引っ掴むと、無理矢理背に乗せて何処までも登っていってしまうのだ。目が覚めても動悸が収まらなかった」


馮異は席に戻ると再び賀を拝して言った。


「それは天命が精神に働きかけてそういう夢を見せたのです。心中の動悸は陛下の慎重な性格がそうさせたのでしょう」


だが、劉秀は踏み切れないでいた。決心は固まっているが、即位に言わばこじつけられるような瑞兆ずいちょうが起こらないのだ。王莽はそのあたりを捏造するのに血道を上げたが、その後の化けの皮の剥がれ方を見るにつけ、自然に発生したり発見されたりするのが望ましい。


「陛下のご学友と主張される方が謁見を願っています。お会いになられますか?」


この時、劉秀に会いに来たのは長安時代の学友である彊華きょうかであった。頴川出身のこの男は、同じ宿舎でともに学び、文献の研究者として学問の道を続けていた。


「変わらないな、彊華。お前を見ると耳が今でもひりひりするよ」


「俺こそ脇腹に激痛を覚えて目覚める度に、お前の顔を思い出すぜ」


劉秀は彊華と文献の解釈を巡って掴み合いの大喧嘩をしたことがあった。二人は同じ箇所をそんなに読み込んでいる奴は他にいない、ということにはたと気がつくと互いに親しみがわいて友人となった。


厳光げんこうにも声をかけようとしたがね。ああいう奴だからつかまらなかった。おっと、本題に入ろうか」


彊華は古びた竹簡を出すと紐を解いて読み上げ始めた。


『劉秀は、兵を発しても捕らえることができず、四夷が雲のごとく集まり龍が野に戦い、四七の際に火が主となる。』


劉秀は聴き終えると、彊華に向かって笑顔で言った。


「これは、かなりそれらしいじゃないか!凄いな!」


彊華も得意の笑みを浮かべる。


「関中に伝わる、赤伏符せきふくふなる書の一部だ。こんな物が要るんじゃないかと思ってな」


劉秀は彊華の手を固く握った。


「痛い痛い!それにしてもお前の名前が含まれる預言書は少なすぎるぞ。ぶっちゃけ俺の名前のがあるくらいだった。そういう訳で、天命が本当にあるのか甚だ怪しいから頑張れよ!」


建武元年六月己未(西暦25年8月5日)、劉秀は鄗の南方にある千秋亭五成陌せんしゅうていごせいはくに檀場を築かせた。みことのりに曰く、


「天上の皇帝、大いなる神々よ、目をかけ命を降し、秀に多くの民を属させ、人の父母となすも、秀はあえてあたりませんでした。我が配下も、謀らずしてみな同じことを言います。

『王莽が位を盗むと、陛下は義兵を興して昆陽の戦いで新の国を破った。河北では王郎、銅馬を倒し、人々はその恩恵に与っている。上には天意を現し、下には民意をかなえている。』

予言書にもあります。

『劉秀は、兵を発しても捕らえることができず、四夷が雲のごとく集まり龍が野に戦い、四七の際に火が主となる。』

秀はなお固辞し、二度、三度に及びました。臣下は声を揃えてこう言います。

『天命は止めておくことはできません』

ここに敢えて恐れずに承ります」


こうして劉秀は皇帝に即位した。元号を改めて建武けんむとし、大赦を行なった。挙兵から三年目の出来事であった。

しかし、この時点ではまだ劉秀は皇帝を名乗る群雄の一人に過ぎなかった。


 劉秀が帝位を称する少し前、蜀の地でも動きがあった。


「どうされましたか?昨夜は随分とうなされていたようですが」


蜀王の公孫述は妻に前日の夢を語った。


「夢に怪しげな仙人が現れて私に囁くのだ。『ハムの子孫は十二を期とする』と。神意の解釈に造詣は深くないが、これは私の命運があと十二年で尽きるということではないかな」


不安げな公孫述に妻は言う。


「それで皆様が即位を上奏してものらりくらりとしていたのですね。『朝に成すべき事を知れば、夕に死すとも悔いはない。』と言います。十二年もあれば大事を成せるはずです。貴方のしたい事をなさってください。私はどこまでもお支えします」


公孫述は妻を抱き締めると耳元で囁いた。


「ありがとう。歴史に残る花のような美しい国を創って、お前に捧げよう」


丁度、城中の井戸から温泉が噴き上がり白い湯気が龍のように立ち昇るという事件が起きた。公孫述はこれを瑞兆とし、成都せいとの中心に白絹と金糸に彩られた華やかな壇を築かせると即位を宣言した。


「国号を『成』とする。白龍の昇りしこの地から私は天下に覇を唱えよう!」


元号を改めて龍興りゅうこうとした。この事から公孫述は龍興帝とも呼ばれたが、白を王朝の貴色とした事から“白帝”と呼ばれることの方が多かった。


 赤眉の樊崇はんすうは目をつぶって胡座をかいている。その傍らで数本の小さな木札を弄んでいる女は河賊かぞくの女頭領、遅昭平ちしょうへいであった。

旗色が悪くなって赤眉に合流した賊は多いが彼女もその一人である。彼女が他の頭領と違うのは、武力だけでなくかんなぎとして発言力を得ている事だ。

ある日、神憑りになった遅昭平が樊崇に言ったことが赤眉に大きな変化をもたらそうとしていた。


ーーどうして賊軍のままでいるのか!官軍となれ!貴い血が汝らの命を救うであろう。ーー


はじめ多くの者が笑って取り合わなかったが、笑った者たちは尽く倒れて高熱を発した。やがて赤眉が祀る城陽景王じょうようけいおう劉璋りゅうしょうの霊が乗りうつり、遅昭平にそんなことを言わせたのだと噂されるようになった。

これに乗る形で劉氏の皇帝を建てるように言い出したのが、青犢軍の知恵袋である方陽ほうようである。


「樊崇様は強大な軍勢を率いておられますが、名は賊でしかなく、長くは続きません。宗室を立てて、大義を持って誅伐ちゅうばつするがよろしい。こうして号令すれば、服さぬ者はありません」


方陽は更始帝に個人的な恨みを抱いているのだが、樊崇達にはそれを知るよしもない。

樊崇がとりことしていた漢の皇族が集められ、遅昭平が神に捧げて恩寵を得たという木札を引くこととなった。古の時代、天子が軍を率いるときは“上将軍”と称したという事から、一枚のみ上将軍と書かれてこれを当たりとした。遅昭平が木札をひらひらと踊らせて言う。


「さぁさぁ、誰が引いても、絶対に神様のいう事をきくんだよ。一回っきりだからね」


果たして上将軍を引いてしまったのは牧童をさせられていた十三歳の少年、劉盆子りゅうぼんしだった。


「嫌だ、嫌だぁ!僕はそんなものになりたくないよ!助けて、兄さん!」


劉盆子の兄、劉茂は抗議したが聞き入れられない。彼らには一番上の兄として劉恭りゅうきょうがいたが、彼は更始帝に拾われてここにはいなかった。樊崇は微笑んで言う。


「陛下。先祖の霊が決めたことだ。きっと、悪いことにはならない」


劉盆子は赤い服と頭巾を着せられ、模様のある靴を履かされた。

軒車のきぐるまの汚れを油で落とし、赤く塗って劉盆子を乗せる皇帝の馬車とした。

樊崇は元号を建世けんせいとし、劉盆子は建世帝と呼ばれた。

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