第三章 挙兵
1
赤眉が勢力を増し続ける、その一方。
挙兵の日取りは、この年の立秋の材官都試騎士の日、劉伯升はそう決定した。
この日は武官の採用試験の日であって、武器の携帯が怪しまれにくい。
また試験会場である宛に要人が集まることから、劉氏が南陽で挙兵をしたならば宛では李氏がこれに呼応して要人連中を片付けるという筋書きであった。
伯升は李氏との連絡役及び宛での蜂起の助勢として劉秀を起用し、盗賊の緑林軍には本家の劉嘉を連絡役として派遣した。
劉秀は潜伏中の長兄から今後の方針を聞くと再び鄧晨の屋敷に戻った。挙兵の直前までは実家には帰れない。
「旦那に客が来てるけど、疲れてるならそのまま寝ちゃってもいいのよ」
出迎えたのは劉秀の姉であり鄧晨の妻でもある劉元であった。
疲れよりも来客が気になった劉秀は荷物を置き、身仕舞いを正すと挨拶に行った。
鄧晨が、見たところ三十代の男に酒を振舞っていた。男は儒者の装いだ。
もう一人、何処ぞの武侠かと思われる容貌魁偉の大男が大きな椀で酒を一気に飲み干していた。
上座にいる劉嘉がこの二人を連れてきたらしいが、話はだいたい終わったらしく静かに盃を傾けていた。
鄧奉は昼間になにか劉元から怒られたらしく、隅のほうで借りてきた猫のように大人しくしていた。
劉秀が挨拶を終えると、二人のうち儒者のほうがこちらに向かって酒を持ってひたひたと近づいてきた。丈の長い儒服を纏い進賢冠を被っている。目が非常に細いのが印象的だ。
「私は緑林の賊がひとり、朱鮪と申します。どうぞよろしく」
劉秀は驚きのあまり盃を落としてしまった。
「ふふふ、驚かせてしまって申し訳ない。盗賊がいかにも盗賊という格好ですと、道中なにかと不都合があるのでね。こちらの馬武には商人の衣を与えたのですが、あまり代わり映えしませんでしたな」
「……馬武殿は長柄の武器がお上手なのでしょう?」
五杯目を飲み干しつつある大男、馬武は顔を劉秀に向けた。
「お坊ちゃん、どうしてそう思った」
「手のタコの出来方が万遍ないので、両手で扱う武器の名手なのではと思いました」
馬武は自分の碗を劉秀の杯にぶつけて、豪快に笑った。
「お坊ちゃんなんて言って悪かった、劉秀殿。槍の馬武だ。改めて、飲もう」
しばらくは武芸談義に花が咲いた。馬武は商売道具に偽装した包の中から槍を取り出して見せてくれた。大身槍という特異な代物で、穂先が普通の槍よりも長い。突くよりも、叩きつけるようにして斬る武器なのだという。
「なんだなんだ、俺をのけ者にそういう話をして!」
鄧奉が我慢しきれなくなって割って入ってきた。槍と大剣のどちらが強いか、などという流派談義が白熱し、お互いに一歩も譲らない。劉秀の袖を朱鮪が引いた。
「あなたには事の経緯を伝えておきましょう」
朱鮪が言うには、劉嘉が緑林の頭目である王匡・王鳳兄弟と渡りをつけて、盗賊との同盟が成ったということであった。
反乱の計画の細部を詰める必要があったが、頭目が自ら根拠地を離れるのは危険なので、序列第三位の朱鮪と馬武が南陽に赴いたのあった。
「盗賊らしくないとはお頭たちにもよく言われますがね。しかし、あの兄弟だって元は地味な人達ですからな。王匡兄者と王鳳兄者は村が飢饉に襲われた時、食料の分配を公平におこなったために衆の信頼を得たのです」
たしかにいささか地味な逸話だが、その話を聞いて劉秀は高祖劉邦に仕えた陳平を連想した。
陳平は若いときに、祭りの宰領として見事に祭肉を分配して衆の信頼を得た。
肉でなく天下であればもっと上手く裁いてみせる、そう言ったと伝えられるが、事実そうなった。
「お頭達が古の陳丞相のようになってくれれば私の未来も明るいというものです。項梁のように余りに早く挫かれると困りますな」
項梁は劉邦と天下を争った項羽の叔父で、賦役の監督者として人夫の配分が適切だったことから民心を掴んだが、騒乱の初期に秦の章邯に破れて命を落とした。
若いときの逸話が似ているが明暗が別れている。
劉秀はこちらは即座に連想できなかったので、このような学識を備えた人物が盗賊稼業などしていることに驚いた。
それにしても、やはり鄧晨までも一族を挙げてこの反乱に参加しているのか。劉秀は鄧晨の家族、つまり自分の姉とその娘達までもが戦乱に巻き込まれることを考えると重苦しい気持ちになった。
いつの間にか鄧奉は馬武と腕相撲を始めていた。それで武器の優劣が決着するのか些か疑問ではあるが……。
緑林軍との邂逅はそのようなものであった。
2
長兄の計画を携えて宛の李氏に接触すると、李通は伯升の計画を全面的に承認した。
偽名で宿を取ると、深夜に宿の戸を叩く者があった。劉秀は、男の押し殺した声から、良からぬ事態が起こった事を察した。背中を伝って冷たい汗が流れていく。
「私は来君叔様の食客です。あなたに凶報を伝えねばなりません。……計画が漏れた可能性があります」
李通の従兄弟で李季という者が、李通の父李守へ連絡を取るために反乱に関する書状を持って遣わされた。
しかしその李季が旅先で病死してしまった。宿場の役人に荷物を改められていたら、発覚は免れない。
「それが真であれば、宛にいるのは危険だ。伝えてくださって感謝していると君叔殿にお伝えください」
もちろんあなたにも、といって路銀を渡そうとするが、食客は当然のことを行ったまでです、といって受け取らなかった。
来歙の食客はこれまでにも何人か会っているが浮ついたところがなく礼儀正しい。
劉秀はやくざ者ばかりの伯升の食客よりも、来歙の食客に好感を持っていた。
凶報は果たして真実であった。
劉秀は李軼とともに舂陵へ逃れたが、李通も来歙も行方知れずとなった。
伯升は挙兵を早める決断をすると、一族や食客を集めて宣言した。
「王莽は暴虐をほしいままにして、百姓は分かれ崩れた。殊更近年は水害旱魃が打ち続き、飢饉によって賊の挙兵が相次いでいる。上天が王莽を滅ぼそうとしていることは既に明白だ。今こそ高祖の業を復し、万世の基を建てる秋である!諸公、願わくば我に力を合わせ、四海の動乱を鎮め、天下万民の災いを取り除こうではないか!」
集められた南陽の豪族とその食客達は大歓声をもってこれを迎えた。
しかし、小作人達の反応は真逆といって良かった。
小作人達は口々にこう言って戸を閉ざして震えていた。
「伯升に殺される」
もちろん伯升が自分の家や地元の小作人を殺すわけはない。
これは伯升の挙兵が鎮圧されたら自分達も巻き添えを食って殺される、つまり、伯升のせいで殺される、ということである。
そこに劉秀が一計を案じ、紅い袍を身に纏い、大冠を被って現れると小作人たちはどよめいた。
紅衣大冠は漢王朝における将軍の正装であった。
「若様のような慎重な人も参加されるんだあ。大丈夫だあよ」
そう大きな声で言ったのは、劉秀が身の上話を聞いてやった豊という小作人である。
どよめきはやがて安堵の声に変わり、盗賊と戦う時と同じように、誰も号令を受けずとも武装を整えて、劉秀のもとに一人また一人と集まってきた。
小作人と食客、近隣の賊などを合わせてようやく数百人の勢となった。伯升は劉秀に対して、
「貴様の臆病も役に立つ時があるとはな」
とだけ言った。
「戦の準備はもう一つだけ残っています。叔父上を説得しなければなりません」
「行きたければお前一人で行け」
予想通りの言葉だったので、劉秀は言い返さずに叔父の屋敷へさっさと向かった。
叔父の劉良は挙兵についての顛末を聞くと顔を真赤にして劉秀を怒鳴りつけた。
「お前は兄とは志操が違うと思っていたのに、いま族を滅ぼす危険にかえって加担するとは何事か!儂は納言将軍の荘尤閣下にこのことを告げるからな!」
劉良は部屋から出て行ってしまった。
叔父の劉良は父をなくした幼い劉秀のことを引き取って育てあげた良識の人である。
さて、その育ての親が官軍に計画を密告するという。
劉秀は座ったまましばらく口元に手をやって思案していたが、やがて伴に連れてきた豊に昼食の干し肉を取り出させた。
「説得は長引きそうだ。取り敢えず腹拵えをしておこう」
劉秀は肉を半分にちぎって豊に勧めた。
「ええっ?いいんですか?大旦那様、さっきはえらい剣幕でしたが」
劉秀が干し肉を食べ始めたのを見て、豊も恐る恐る食べ始めた。
劉良は出て行ったふりをして別室から家人に様子を伺わせていたが、劉秀が涼しい顔をして食事をしているという報告を受けると、居間に戻ってきた。
咳払いをして言うには、
「それほど肚が坐っているなら仕方がない。本家の劉孝孫殿も参加されていることだ。私も武器を取り、この義挙に加わろう」
劉秀は礼を告げて屋敷から出ると連れてきていた兵の内、半分を劉良の兵となるよう言い含めて屋敷に残した。
これらの兵は叔父の屋敷に向かう途上で加わった者たちだった。
いかに叔父といえども身ひとつで参加した者を長兄が重んじてくれるかどうか甚だ疑問である。
多くの兵を率いてくるのであれば表面上は歓迎されるだろう。
叔父の劉良の参加を告げに戻った劉秀を待っていたのは、母の訃報であった。長患いだったので覚悟はしていたが、死に目にも会えないとは。これからの一族を案じ、心休まることなく逝ったことは想像に難くない。その事を考えると、胸が押しつぶされそうだった。
決起はいよいよ来週である。
葬儀はあげることができず、母方の一族によって埋葬された。
母を弔うことすら出来ないのか――悲しむ暇もないまま挙兵の日は近づいてくる。
3
緑林軍――正確には疫病により二手に分裂した新市軍・下江軍のうちの新市軍、そして陳牧という人物が率いる平林軍――この二つの盗賊団と、劉伯升の率いる南陽軍は合流を果たした。
南陽郡長娶の村から程近いこの沼沢のほとりでは仮の陣が張られている。
朱祜が陣の中央に白砂で地図を描くと、軍議が始まった。
最初の標的は目前にある長娶の村、伯升達の根拠地である舂陵郷の北西に位置する二千人程度の人口がある小集落である。
ここから順に、唐子郷、湖陽、棘陽と兵を北へと進め、宛を奪う。
「見たとこ、シケた村だけどよ。食料をここで奪っとけばこの先だいぶ楽だぜ。あとは女がいりゃあな」
乱ぐい歯を見せて笑うあばた顔の男は、平林軍の副将である廖湛であった。劉嘉が露骨に顔を顰めて不快感を露わにしている。
「「粗末な村とはいえ、三軍が集まって初めての戦。ここは平等に兵を合わせて、共同で攻め入ってはどうだろうか」」
同時に喋ったのは緑林軍の創始者で新市軍の大将である王匡・王鳳、双子の兄弟だった。鼻が高いが目や口が小さく、長身だ。
どちらがどちらか見分けがつかない。
「お二方の提案に同意する。我ら一門からはこの劉伯升が出陣し、全体の指揮を執ろう」
王匡・王鳳は互いに顔を見合わせた。
分裂して半減したとはいえ、一時は万の軍勢を率いた自負がこの兄弟にはある。二人にとっては他人に指揮されるなど考えられない。
共同作戦を提案したのは手勢の損失を抑えたかったからで、全体の指揮は自分達が行うつもりだったようだ。
「主力と呼べる兵力を擁するのは我ら新市軍ですが、私達が義兵足りえるのはここに劉氏が加わっているからです。そこで、義兵の名乗りを挙げて城門を破るまでは劉将軍の指揮下で動き、町に入ってからの掃討戦は三手に分かれて行うというのはどうでしょうか?」
口を挟んだのは朱鮪だった。
揉み手をしながら細い目をさらに細くして笑顔を作っている。
王匡と王鳳はしばらく顔を見合わせたが、渋々賛同した。
平林軍からは頭領の陳牧が自ら出陣すると息巻いている。肥った身体を震わせて勇ましいことを言っているが、兵力の面から言ってさほど期待できそうになかった。
陳牧の横で気怠そうな顔をしているのが劉玄、字は聖公であった。
劉玄は郡太守の孫で、劉嘉ほどではないが宗室の本流に近い名家の嫡男であり、劉秀らの族兄に当たる。だが、劉秀は劉玄とは親戚の葬式で数回会った程度だ。劉玄の父は家格をかさにきて揉め事を起こす性格に難のある人物であり、叔父の劉良が距離をとっていたためである。
平林軍の将の中に劉玄の姿を見つけた時、次兄の劉仲は、
「生きていたなんてびっくりしたよ。上手いことやったなあ」
などと言っていた。
上手いことやった、だって?誰を身代わりにしたんだ?
かつて、劉玄は弟の仇討のためにやくざ者を集めたが、その中に既に手配中の殺人犯がいた。官憲に目をつけられた劉玄は仇討ちを放り出して逃亡したのだが、やがて棺に入って帰ってきた。つまり、潜伏先で死亡したとされていたのだ。
伯升ら三兄弟は同時期に官憲に追われていたために葬儀に出なかったが、劉玄の老父の悲しみぶりは相当なものだった、と葬儀に参列した鄧晨は語っていた。
棺の中身は赤の他人だったということか。
そして他人の死体を見せられた父親は咄嗟に話を合わせ、ことさらに哭泣して疑われることを避けたのかもしれない。
そうなると、死体の調達元も気になるところではあった。
隆仲は平林軍との調整役だったが、挙兵にいたるまで劉玄の生存に気が付かなかったという。
「皆様の見解が一致したということで、ここは明日の会戦に備え、お開きといたしましょう」
朱鮪がはやくもまとめに入ってしまった。
なにか発言する気だったらしい李軼が口をもぐもぐさせていたが、その晩の軍議はそれで終わってしまった。
劉秀が席を立つと鄧奉が背後から声をかけてきた。
「いよいよ、明日から戦だけどよ。麗華にはちゃんと別れを告げたんだろうな?」
言われて、劉秀は言葉に詰まった。
陰麗華は鄧奉の姪で、劉秀にとっては昔よく遊んであげた親戚の女の子、といった存在だった。
しかし、長安留学時に急に陰氏から屋敷に招かれると、この関係性はにわかに変化した。
婚約の話がまとまってしまったのだ。
陰氏は近隣では李氏につぐ大富豪である。
麗華の兄であり亡父の後を継いで家長となった陰識がこの婚約を取り決めたのだが、家柄だけが取り柄の自分に妹を娶せるその意図がわからなかった。
しかし、婚約の折、十年ぶりくらいに再会した陰麗華は、そんな疑問がどうでもよくなるくらい、控えめに言ってとても美しかった。
長安で学費に困り、朱祜と薬を売っていたとき綺羅びやかな服装の執金吾の行列が通った。執金吾は首都の警察権を持つ役人であり、その見栄えのする制服は長安の若者の憧れだった。
――官につくなら執金吾、妻を娶らば陰麗華――
こう呟くと朱祜は目をぱちくりさせて何を君は逆玉を狙っているんだと肩をつついてきたが、実はそのときもう婚約していたのである。
鄧奉は押し黙った劉秀を前に腕組みをしている。
「言ってないみたいだな。じゃあ、絶対死ぬんじゃねえぞ。俺のかわいい姪っ子を泣かせたら承知しねえからな」
鄧奉が拳を突き出すと、劉秀もそれに合わせた。
拳を軽くぶつけると小気味よい音が満月の夜空に吸い込まれていった。
4
地皇三年(西暦22年)十月、反乱軍は長娶の村の城壁を取り囲んだ。
粗末な土塀であるとはいえ城壁であることには変わりない。物見の兵がこちらの様子を伺っている。
先陣の歩兵を率いるのは馬上の劉伯升、王鳳、陳牧の三将軍、そして後陣にも諸将が馬の手綱を握っていた。
劉秀も後陣にいたが、彼が握っているのは牛の角である。
「すまん。お前はこいつで我慢してくれ」
長兄から軍馬の調達を任されていたのは次兄の隆仲であったが、劉秀のもとに牽かれてきたのは水牛だった。諸将の馬を調達したところで金が尽きたのだという。
「大丈夫だって!脚は確かに遅いけどさ。角とかあるし、戦ったら馬より強いかもよ?」
調子のいいことを言う次兄だったが、劉秀は笑ってしまって何も言い返す気になれない。
劉秀が颯爽と牛にまたがると――颯爽と乗っても牛は牛だ――挙兵を前に緊張していた兵たちも皆腹を抱えて笑っていた。
次兄は皆の過度の緊張を和らげるためにこんな事をわざとしたのかもしれない。
さて、劉伯升は布陣が済むと物見の兵に対して声を張り上げた。
「我は柱天都部将軍劉伯升!我らは逆臣王莽を討ち、漢室を復せんがために義兵を起こした!速やかに降ればよし、手向かうならば斬る!」
物見の兵はげらげら笑うと伯升に矢を放った。矢は伯升の肩口をかすめて地面に落ちた。
「劉稷!」
「はっ!」
伯升配下の劉稷が進み出る。
劉稷が三百斤はあろうかという剛弓を引き絞って射ると、物見は短い悲鳴をあげ、矢の刺さった胸を押さえて落ちてきた。
物見の身体が湿った音をたてて地面に叩きつけられると、それを合図にするかのように反乱軍は長梯子や鈎縄を持って城壁に殺到した。
長娶の守兵は城門を開いて打って出てきた。城壁に取り付いた先陣の兵を後ろから攻撃するつもりのようだ。
「劉秀、私達はあれを排除して伯升たちを援護しよう」
朱祜は手に鉄鞭を握りしめて提案した。
朱祜に言わせると、剣ではなく鞭を使っているのは血が出る武器は野蛮だからだそうだ。
劉秀は武器に上品も野蛮もないと思ったが、積極的な提案をするところを見るにつけ朱祜は戦い自体に抵抗があるわけではなさそうだと判断した。
劉秀は朱祜の献策に従った。
「あれを見ろ、騎兵が出てきたぞ。あの馬を文叔様に捧げようや!」
城門近くに兵を進めると、劉秀の小作人、豊がこんなことを言いだした。
小作人達は言うやいなや俄に一騎の騎兵に群がると、ものの数秒でやっつけてしまった。
馬と騎兵の冠を捧げられた劉秀は驚きの声を挙げた。
「これは尉(武官)の冠だ!この村の大将を討ち取ってしまったぞ!」
配下の兵がこのことを喧伝すると長娶の守備兵たちに動揺が広がった。
これを機に形勢は反乱軍有利に傾いた。
その後、一時間ほどで新市軍が遂に城壁の内側に侵入した。
物見櫓にはいつの間にか王鳳が登っていた。
劉秀は嫌な予感がした。
王鳳は右手を高く掲げる。その右手には長い房飾のついた鬼頭刀が握られていた。
「皆殺しだッ!奪って、奪って、奪い尽くせぇー!」
高く掲げた刀を振り下ろして王鳳が叫ぶと新市の兵から歓声が沸いた。
新市の兵は民家に押し入り金品や食料を奪い始めた。
遅れて侵入した平林の兵も便乗した。
あちこちで火の手が上がり、路地裏からは女性の悲鳴が聞こえる。
抵抗する村人は殺され、抵抗しなくても面白半分で殺された。
寡勢であった南陽の兵にこの暴挙を止める術はなかった。
この日、長娶の村は地図上から姿を消した。