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第四十七章 大樹将軍

 邯鄲城で劉秀達の酒宴が催された。酒が回り始めると諸将の話は自然と各々の手柄自慢になりがちである。鄧禹は積極的に酒を注いでまわったが、その目的は異能の眼をもって才ある者を見出すことにあった。

鄧禹が特に気になったのは呉漢である。訥々とした喋りだが、鄧禹は彼に智謀の才を見た。さらに話をしていくと、呉漢が偽の檄文を用いて彭寵を説得したことが判明した。


「つまり、謀を用いて漁陽郡をまとめたのは、貴方という事になりますよね」


「我は太守を騙した……敢えて誇って話すようなことではない、と思います」


実質、呉漢がいなければ漁陽郡の突騎は来なかったということである。それは素晴らしい功績だった。


「よろしい。それでは、私が大司馬にお伝えしましょう。貴方は埋もれてはならない人です」


呉漢は言葉少なに感謝の言葉を述べた。

席を離れた鄧禹は思わぬ収穫を誰かに話したかったが、劉秀を含めどの席も盛り上がっていて、話せる状況にない。

ふと、中庭に目をやると馮異ふういが盃を手にして、大樹の下に腰を降ろしている。


「馮異殿、宴会は苦手なのですか?」


「そういう訳でもないですよ。ただ、手柄自慢は性に合わないから、こうして離れたところで飲んでいます」


新顔の蓋延がいえんが立ち上がって上半身裸で手柄を自慢しているのが見える。

私は大司馬を助ける逸材をついさっき見つけたんです、そう言いたかった鄧禹だが、考えなおして静かに盃を傾けた。


 勝利に酔っているのも束の間のことで、すぐに新たな問題が起きた。尚書令の謝躬しゃきゅうの軍による邯鄲城内の略奪行為である。

この事で、劉秀は謝躬を問い詰めた。


「荒くれの部下達が暴走して申し訳ありません。私は文官なので舐められているのかもしれません。善処します」


このように、謝躬は平身低頭するばかりなので劉秀はそれ以上責めることも出来なかった。

ところが、陳俊ちんしゅんが略奪を働いていた兵士を締め上げると、この行為は謝躬の命令で行われていることがわかった。陳俊は憤懣やるかたないという表情である。


「つまり、舐められているのは尚書令ではなく、大司馬だということです。もう、奴を始末してしまいましょう」


立場上は謝躬の尚書令は劉秀の大司馬よりも下である。また、耿純こうじゅんが、命令不服従を理由に謝躬を殺しその首を長安に送る、という提案をした。牽制として送られてきた謝躬の首を送り返し、逆にこちらが更始帝を牽制するという強気の作戦である。

諸将の意見も謝躬粛清に傾き、宴の場で謝躬を殺害することとなった。


「いやはや、謝躬殿はまこと!貴方は、役人の鏡です」


宴の夜、劉秀は自ら酒を注いで謝躬の警戒心を解いた。謝躬も満更でもない様子で、どんどん盃を空けている。既に酔っ払っている。

劉秀が目配せすると、酒瓶を片手に陳俊と賈復かふくが謝躬の背後に近寄る。二人は懐に獲物を隠している。

しかし、謝躬の横で飲んでいた馬武ばぶがいきなり振り向くと、二人を見据えた。

馬武がどのような顔をしていたのか、劉秀の側からは窺い知ることは出来なかったが、ともかく陳俊はその迫力に思わず酒瓶を落としてしまった。賈復は平静だったが、劉秀に目配せをして自分の席に戻ってしまった。

謝躬の部下、龐萌ほうぼうは割れた酒瓶を片付けながら劉秀に対し微笑を浮かべた。こいつも気づいているということか。

謝躬はうつらうつらとし始めた。しかし、この二人がいては暗殺など出来まい。

再び、酒を飲みはじめた馬武を見て、劉秀は声をかけた。


「あなたとは一度腹を割って話したいと思っていたんです。場所を変えて飲み直しませんか?」


城壁の物見の塔まで馬武を連れてくると、劉秀は改めて乾杯した。少し肌寒いが、眺めはいい。夜空には美しい天の河が流れている。


「私は漁陽と上谷の突騎を得た。あなたのような勇猛な将軍が率いてくれたならば実に心強い。どうかな?」


馬武は顔を赤くした。


「私は臆病で、おまけにノロマです。そんな大役はとてもとても」


劉秀は笑う。


「将軍のような熟練の猛者はそういない。私の属官達とは違うさ」


馬武は謝躬の護衛という任務を一時忘れて、この劉秀という男を見た。この人は、暗殺の失敗からすぐに頭を切り替えて、まさに失敗の原因を作った自分を勧誘しているのか。

劉秀は謝躬の暗殺に失敗したが、馬武の心に強い印象を残すことに成功した。転んでもただでは起きないのが、劉秀であった。


 邯鄲の降伏兵は万に及ぶ。劉秀はこれらの兵を切り分けて、諸将の部隊に編入しようとしたのであったが、困ったことが起きた。


「邯鄲の降伏兵の全てが馮異将軍の指揮下に入りたいと申し出ているそうです」


「大した人気ぶりだな。降伏兵の責任者はどこだ?」


邯鄲の降伏兵をまとめているのは廬生ろせいという男だった。廬生は言う。


「我々が略奪の憂き目にあったとき、“大樹将軍”が兵を並べて妻子を守ってくれたのです。我々は大樹将軍の下で働きとうございます」


馮異は謝躬の略奪にいち早く気がついて、独断でこれを防衛したのである。


「なるほど、しかし馮異にばかり兵が集まってしまうと諸将の妬心を招き、不要な争いの元となる。本人を呼んでくるから良く話し合ってほしい」


劉秀は降伏兵の兵営を後にした。帰途、馮異がいつの間にか大樹将軍などという渾名を得ていることに改めて気がついた。


ーー違和感のない渾名だったから、訊き返さずに流してしまったのかもなーー


馮異が廬生を説得し、改めて兵をわけることになった。この時、陳俊がある申し出を行った。


「数は少なくて構いません。弩弓手どきゅうしゅを私に任せて頂けないでしょうか」


「君のような武人がいしゆみの部隊を編成したいとは、意外だな。構わないが、どういった心境の変化だ?」


個人の技量による差の出にくい弩は、武人に敬遠されがちな武器であった。


「私は馬武殿のひと睨みで動けなくなってしまいました。猛将路線は卒業させていただきます」


陳俊が編成した弩弓手の部隊は精確無比の射撃で知られるようになった。特に練度の高い九百人は紅い軍衣に身を包み、陳俊の赤備えとして敵に恐れられるようになったと言う。

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