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第四十三章 南䜌の戦い 其の一

 劉秀は謝躬の引き連れた援軍を加えて鉅鹿きょろくの攻略に乗り出した。鉅鹿を守備する王饒おうじょうなる太守は固く守っているが、戦力差からも攻略は時間の問題と思えた。

天幕で攻略の見積を修正していた劉秀のもとへ、任光にんこう萬脩ばんしゅうを引き連れてやって来た。


「良い知らせと悪い知らせがあります」


深刻そうな顔をして現れた二人に対し、劉秀は笑って悪い方から聞こう、と言った。任光が答える。


「現在の本拠地である信都しんとが落とされました。一度こちらについた豪族が寝返ったようです。一部の将兵は家族を人質に取られた形になります」


良い知らせの方は、と劉秀が尋ねる。答えたのは萬脩である。


「寝返りの首謀者は馬寵ばちょうという男なのですが、そいつの弟が我が軍にいます。取引材料になるのではないでしょうか?」


萬脩の説明では、その男は李忠りちゅうの部隊に配属されているという。

劉秀は李忠を呼び出したが、彼は決まりの悪そうな顔をして言った。


「ついさっき、馬寵の弟を殺してしまいました。その…賊の片割れを部下に残しておくなんて、不忠だと思いまして。申し訳ありません」


人質交換の道もここに絶たれてしまったが、劉秀は咎めることはしなかった。忠誠心から行った、というのが噓ではないと感じたからだ。

高い忠誠心を示したのは李忠だけではない。邳彤ひとうは、馬寵から送られてきた脅しの竹簡を劉秀に見せた。邳彤の父、弟、妻子が全て獄に繋がれており、劉秀を裏切れば助けるという内容だった。


「国家の大事を図る劉公に仕える身で、私事を省みるわけには行きません。貰ったその場で断ってやりました」


劉秀は複雑な心境だった。部下が家族を見捨ててまで自分に従ってくれるのは、その忠誠心こそ嬉しいものの、別に家族が助かるならそれに越したことはない。

結局、劉秀は任光に一部の兵を与えて信都の奪還を図ったのだが、これは失敗に終わった。家族を人質に取られている兵士がそのまま敵に降ってしまったからだ。

鉅鹿攻めを一時中断して信都を奪還しようと考え始めたその時、偵探から急報が入った。


「十万の敵がこちらに向かって進軍!邯鄲からの増援です!」


鄧禹とううは劉秀に言った。


「先にどちらを叩くか、私としては……」


「わかっている。先に増援を叩こう。信都を取り戻したところでその間に鉅鹿が強化されてしまっては元も子もないからな」


「さすが、ご慧眼。この近くに南䜌(なんれん)という地域があります。川を北にして陣を張れば、ある程度は敵の来る方向を限定できます。そこで迎え撃ちましょう」


鄧禹はその大きな目を輝かせた。


 ぴたりと揃った足取りで漆黒の兵団が行進していく。彼らは邯鄲で集められた精鋭の集団である。胡馬に跨った邯鄲の将軍、倪宏げいこうはその顔に喜色を浮かべている。


「河北に侵入した賊を尽く撃退してきた歴戦の勇士達だ。これほどの兵隊は他所では集められまいて」


河北は新末の動乱が始まる以前から盗賊の寇略に晒されたが中央からの有効な手当ては何も無く、大姓たいせい、すなわち大豪族の集めた私兵でもってこれを撃退してきた経緯があった。このため大姓達には関中の政権への不信感があり、河北で政権を打ち建てたいという意識が根強くあった。この燻った藁のような人々の願いに大きな火を灯したのが、劉子輿なのだ。


「敵の大将劉秀は百万の軍を破った英雄。こちらが精鋭でも、侮るべきではない」


劉奉りゅうほうは親の世代から倪宏と付き合いのある大姓の一人である。親友に釘を刺すと自身の兜の緒を締め直した。倪宏は劉奉に言い返す。


「侮ってなどいない。お前こそ、先鋒に昨日今日降ってきたような奴らをつけて、本当に大丈夫なんだろうな?」


「これが、なかなか活きの良い奴らでな。必ずや敵陣を切り開いてくれるだろうよ。……そろそろ俺は前軍に行く。ここらであれをやっておこう」


劉奉は黒塗りの槍を掲げる。倪宏も嗄れた笑い声を出して黒塗りの戟を掲げた。二人は互いの獲物を空中で交差させると気勢を上げた。


「邯鄲県に天子は宿る!」


二人の玄甲が鈍く光る。漆黒の兵団の動きに合わせるかのように黒雲が空を覆っていく。南䜌での両軍の激突は近づきつつあった。

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