第四十章 突騎
1
劉子輿によって北方の薊県の守りを任されていた将軍の趙閎は、地平線の彼方から現れた騎兵の一群を見つけると、城から兵を引き連れて迎撃の構えを取った。
騎兵の数はおよそ三千、一人一人がまるで大将のようにがっちりとした鎧兜に身を包み、弓を持たず戟を手にしている。
騎兵なのに騎射をする気がないのか、と趙閎は訝しんだ。
騎兵の先頭から悍馬に跨った大男が進み出る。この男だけは周りの騎兵とは対照的に手には矛を持ちつつ背中に大弓を背負っていた。身の丈八尺はあるその男は雷鳴のような叫びを上げて矛を振り回す。
「俺は漁陽の蓋延だぁ!敵の大将、誰だか知らねぇが、潔く一騎討ちで勝負を付けようぜ。ぶった斬ってやるからかかってこい!」
「我が名は趙閎、せっかくの申し出ではあるが、つつしんでお断りする」
趙閎は部下に、あの馬鹿を囲んで殺せ、と指図すると自分は丘に馬で登り見物をすることにした。
囲まれた蓋延は目を怒らせて夜叉羅刹の如く敵兵を薙ぎ倒す。あまりの勢いに趙閎の部下は遠巻きになって固まってしまった。
「雑魚に用はねぇんだよぅ!」
蓋延は矛をからりと地に擲つと、背負った黒鉄の大弓を取り直し、引き絞った。この大弓はもとは漁陽の鍛冶屋が客寄せに作った物で、重さが三百斤もあるという代物だった。蓋延はいとも簡単にこれを引く。彼は遥か丘の上に狙いを定める。
丁と放てば、矢は狙う矢坪を違えず、趙閎の喉首に当たり、ふつと射切ってしまった。首が血を吹く暇もなく宙に舞って、そして落ちる。胴体がそれを追うようにがばと倒れる。趙閎の乗馬は何が起きたか理解できず、立ち竦んでいた。
蓋延が咆哮する。
「この蓋延が、大将の首を頂いたぜ!続け続けぇ!」
後方の騎兵の中心には三白眼の呉漢が控えている。その傍らには鎧の上に黒い羽毛の飾りを着けた胡面の男がいる。
「主ヨ、蓋延に第一の殊勲を持っていかれたゾ。良いのカ?」
「派手なところは派手な奴に任せておけ。高午よ、数騎を残して他は殺せ」
「皆殺しでないのは何故カ?」
「わざと逃がして、恐怖を伝染させる」
「ソレでこそ我が主ヨ!烏桓突騎の力、見せつけてやろうゾ!」
高午と呼ばれた胡人は騎兵を率いて敵陣に突撃していった。突撃、趙閎の予想していた通り、彼らは騎射をしない。この重武装に身を包んだ騎兵は北方の二郡、漁陽郡と上谷郡に独特のものである。馬具の発達していなかった漢代にあって、馬上で長物を振り回すには特殊な技能を必要とする。かつて北方の遊牧民同士の争いに敗れ、匈奴に圧迫されて漢の地に逃げ込んだ烏桓族の一部は、漁陽郡の保護を受けることとなった。この烏桓の優れた乗馬技術を取り入れ、これに漢人の優れた武装が合わさって生まれた鉄騎兵は、弓を棄てて敵の陣中に突撃を敢行することから、突騎と呼ばれた。純粋な烏桓族で構成された突騎は特に烏桓突騎と称され、突騎の中でも最精鋭であった。
烏桓突騎の振るう戟が、大将を失った敵陣を斬り裂いて行く。歩兵達は頭上からの戟になすすべもなく、西瓜でも割るように頭を割られ、次々と倒れていった。騎兵も騎射で応戦するが、全身を鎧った烏桓突騎は臆することなく突き進んで行く。
戦いは一方的なものとなっていった。
2
王梁は後軍を任され、退屈していた。
この突騎ばかりの軍勢で後軍を務めるのは、行軍速度が速いので遅れずについていくのが非常に疲れるし、戦闘ではまるで出番がないし、完全なる外れクジである。
しかし、後方から土煙が上がって多数の騎兵が出現すると、すわ敵の増援か、と王梁は目を輝かせて锏を構えて迎え撃たんとした。騎兵の先頭に立つ初老の男を睨みつけて王梁は名乗りを挙げる。
「我らは泣く子も黙る漁陽の突騎である。この王梁の锏を受けんとする愚か者は誰か!」
「愚か者はそっちじゃ。味方ぞ、味方。我は上谷郡の副将、景丹である」
景丹の横には紅顔の美青年が三尖両刃刀を構えて笑っている。
「私は上谷太守耿況が長子、耿弇。太守同士の盟約が成ったことはご存知だろう。これよりこの耿弇を大将として、上谷の突騎も劉子輿、いや王郎の討伐に加わる!」
王梁は慌てて謝ると耿弇達を迎え入れた。上谷郡の突騎は皆が漢人だが、匈奴との長い戦闘の末に異民族と同等の乗馬技術を身につけた者達で構成されている。烏桓突騎とは別種の凄みを持っている、と王梁は感じた。
上谷太守の耿況が遣わした寇恂は、漁陽太守の彭寵を説得することに成功し、各郡からそれぞれ三千の騎兵が反劉子輿、劉秀の援軍として出立した。この僅か六千の突騎はしかし凄まじい戦闘力を発揮した。劉子輿軍の武将を四百人討ち取り、印綬百二十五、三万の首級を上げ、二十二の村落を攻略したという。




