第百十九章 馬援
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建武二十四年、荊州に住む五渓蛮と呼ばれる異民族が反乱。第一次討伐軍は指揮官の劉尚を含めて全滅してしまった。替わって、第二次討伐軍の指揮官となったのが、齢六十を越えた馬援であった。
年齢を感じさせない矍鑠とした様子を信頼し、馬援に指揮を任せた劉秀。しかし、老いという病は、この二人を確実に蝕んでいたのである。
「私とした事が……陛下に無理を言って出陣させてもらったと言うのに」
緒戦に勝利した馬援は、副官としてつけられた耿舒の進言を退け、急流を渡る危険な経路で追撃を行なった。結果は惨憺たるものであった。そもそも急流を渡れず、川の前でまごついている所を襲撃され、多くの兵を喪ったのである。
敗戦の後、馬援は、耿舒が肩に停めている鷹の脚に竹片を括って飛ばしたのを目撃した。兄である耿弇にこの失態を報告したのであろう。
馬援には、畳の上で死ぬ自分が想像できなかった。穏やかに死ぬのが怖かった、と言ってもいい。
男たる者は、戦場で死に、革袋につめられて帰還するくらいが丁度いい。常々そう周囲に語っていたのは、馬援の本心であった。
そして、晩節を汚した後で、その願いは叶うことになった。
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馬援の訃報が届けられたとき、劉秀は蜂蜜を飲んでいた。老齢で身体に気を遣って飲み始めた、というわけではない。先頃亡くなった朱祜を悼んで、思い出の品を取り寄せたのである。朱祜は劉秀にとって、家臣である以前に個人的な友人であった。蜂蜜をともに商った頃は、苦しくも楽しかった青春の一頁だった。
「そうか……馬援まで」
耿弇から馬援の失態を伝えられた劉秀は、馬援を召還して代わりの指揮官を送ったところであった。その指揮官は、梁松。劉秀の娘婿であり、寵臣でもあった。
馬援は召喚状が届く前に戦地で病没、その亡骸は革袋につめられて洛陽に送られてくるという。
事態が暗転していくのはこの後のこと。梁松から、馬援が様々な不正を行っていたこと、それは南越の遠征の頃から始まっていたことを告発する文書が届いたのだ。
劉秀は冷静さを失い、この讒言を鵜呑みにした。劉秀は馬援の爵位を取り上げ、このため馬援は正式な埋葬がなされないこととなった。
そんな折、ようやく五渓蛮の討伐が完了し、順次討伐軍が帰ってくることとなった。
「畏れながら申し上げるぜ、陛下!馬援のダンナは無実だ」
「絶対畏れてないだろ!馬武、どういう事だ」
馬武は馬援の部下として討伐軍に参加していた。馬武は、馬援が真珠や貴重な漢方薬の闇取引に手を染めていたという疑惑について、明確に否定した。病気のために薬草を服用していたという話が、いつの間にか捻じ曲げられたというのだ。
「だいたい、梁松の野郎は来るなり馬援のダンナの粗探しばかり。蛮族どもをやっつけたのは俺と耿舒だ。おかしいぜ、こんなの」
馬援を擁護する者はこれに留まらなかった。
「馬援は良い奴だったかというと……微妙だが……。しかし、断じてそんな汚い事をする男ではない」
そう主張するのは、馬援の学友であった朱勃である。馬援は出世してから朱勃のことを軽んじていた。その事は馬援の言動から誰の目にも明らかであった。にも関わらず、朱勃は馬援を擁護したのである。
しかし、劉秀はやはり老いゆえか、頑なに誤りを認めようとしない。
このようなとき、通常ならば馬援の息子が筆頭に立って、父の無実を証明すべきところである。だが、不幸にも馬援の息子は時を同じくして急死。馬援の妻はあまりの不幸の連続に精神を患ってしまい、無実の証明どころではなかった。馬援の名誉は、決め手を欠くまま回復されずに終わるものと思われた。
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「馬援の糞爺め、いい気味だ。この私を馬鹿にした報いさ」
豪奢な椅子にふんぞり返って、梁松は酒を煽っている。
梁松の父は馬援の友人だった。以前、梁松が馬援の家を訪ねた時、馬援は友人の息子として梁松をあくまで目下として扱った。相手が皇帝の娘婿であっても、へりくだることはなかった。それを梁松は侮辱と捉えた。
梁松は、馬援が死ぬと、様々な証拠を偽造して彼を陥れることで、その恨みを晴らそうとしたのである。
ぎらぎらした部屋に、従僕が駆け込んできた。
「梁松様、馬家の者が宮殿の前で抗議活動をしているとの報せです」
「あんだとぉ?誰が仕切ってる?従兄弟か何かか」
「はあ、それが」
宮殿の前では馬家の者達が、自らを縄で縛って抗議の座り込みをしていた。見物人が集まってしまい、すごい人だかりだ。そこに繊細な彫金の施された落ち着いた色合いの車がやってきた。
「これは何事か。責任者と話したい」
車から降りてきたのは、劉子麗。その字にふさわしい、流麗な風貌の皇太子である。
抗議者達の中からすっくと立ち上がったのは、なんと少女であった。歳の頃は十歳程度か。亜麻色の髪が波濤のようにうねり、眉が太く、大きな目に小ぶりな鼻がやや不釣り合いだ。美少女というには少々アクの強い顔をしていた。
「私が責任者です、殿下。私めは、馬援将軍の末娘にございます」
「私は皇太子の劉子麗である。どういった趣旨でこのような事をしている」
馬援の娘は、太眉をぴくぴくと動かして喋る。意思と連動でもしているかのようだ。
「父に罪があるのなら私達一族も同罪です。お手数を省くために、こうして縄で縛って参りました。はやく、獄につないで頂きたい」
野次馬達がざわついている。殿下に対して生意気だ、と罵声も飛んだが、健気だという感心の声や、娘っこ頑張れ!だとか、その意気だ!などの声援が殆どだった。
「陛下はそこまでの処置を求めてはいまい。通行の邪魔になるから、やめなさい」
「やめません。私達がここを離れるのは、獄に繫がれる時か、父が無実とわかった時かのどちらかです」
劉子麗はかつかつと音を立てて馬援の娘に近づいてきた。馬援の娘は斬られる事を覚悟して目を瞑った。
「きみの父上の事は知っている。私も、今回の事は何かの間違いだと思っている。私が必ず陛下を説得する。だから、今日のところは帰りなさい」
劉子麗は馬援の娘の肩に手を置いて、そう耳元に囁いた。
「は、い」
馬援の娘は顔を紅潮させ、眉毛を激しく上下させると、頷いた。
劉子麗はその反応を見て急に恥ずかしくなったのか、足早に宮門をくぐった。彼の頰もまた、朱色に染まっていた。
物陰からその様子をうかがっていた梁松は、大きく舌打ちをすると足早に車に乗り込み、去った。
数日後、劉秀は馬援の処分を嫌疑不十分として正式な埋葬を許可した。だが、その爵位が戻されることはなかった。
また、梁松が処分されることはなく、この後に行なわれた封禅の儀式でも中心的役割を担った。
馬援の名誉が完全に回復され、梁松が失脚するのはまだ先のこと。
それは、劉子麗が明帝となり、馬援の末娘が馬皇后となってからの話である。




