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第九十七章 第五倫

 隗囂かいごうの長安侵攻を退けた劉秀だったが、すぐに再侵攻することはなく、隗囂陣営への切り崩し工作から進めることにした。隗囂の実力を侮ることなく、慎重に事を謀ろうというのである。


「旧主に対して仇をなすのは心苦しいかもしれないが、卿にしか出来ない仕事だ。頼んだぞ」


「お心遣いありがとうございます。隗囂殿については、初めてお会いしたときに申し述べた通りです。そういう時代ですから、仕方のないことです」


「臣もまた主を選ぶ時代…か」


「必ずやご期待に応えて見せましょう。では」


劉秀は、きびきびとした動作で馬に乗り出発する馬援を見送った。

馬援は軽騎兵五千を率いて隗囂の領内に潜入した。その目的は、隗囂陣営に与する遊牧民の族長達に離反を促す、というものである。自身も遊牧生活を営んでいた馬援はその言葉や習俗に通じ、族長達とも顔見知りであった。まさに馬援にしか出来ない仕事である。


来歙らいきゅう、漢人の引き抜きは卿に担当してもらう。期待できる人物はいるかな?」


「私を逃がしてくれた王遵おうじゅんはいけそうです。隗囂が陛下に敵対を表明した事で、針のムシロでしょう。今すぐにでもこっちに転びたいと思っているはずです」


「重要な人物であっても、一人ではな。ご家族、ご親族、お友達をお誘い合わせの上、奮ってご参加くださいだ」


「今ならなんと萬戸侯に封じます!」


「せいぜい列侯じゃないか?詐欺はよくない」


二人は呵呵大笑して、膝を叩いた。


「馬援と私の工作が実を結んだと仮定して、次の侵攻はいつなさるおつもりか」


「今年中は無理だ。戦争を一時中断してでも、進めなければいけないことがある」


劉秀が戦いと並行して行ってきた政策、それは数々の英雄的な戦勝と並ぶ、あるいはそれを超えて、後世の人をして彼を大帝と呼ばしめる理由となるものである。ここでは、劉秀の若き信奉者を通じ、その政策に触れる。


 酒楼の机に貼りつくように伸びて、竹簡を眺めている若い男がいる。


「いやぁ、今度のみことのりも素晴らしいなぁ、すごいなぁ」


若い女の店子が怪訝そうにその姿を見る。


第五だいごさん、何を読まれているんです」


「陛下が出した詔の写しだよ」


わかりきっているじゃないか、と言わんばかりのこの若き役人、第五倫だいごりんに店子は軽く引いている。


「陛下が新たに奴婢の解放令を出されたのだ。青洲、徐州で賊にさらわれて奴婢や賊の妻にされた者は自由の身となる。この措置に抵抗する者は売人法ばいじんほうによって、厳しく処罰される」


「ばいじんほう?」


「陛下は人身売買を違法とされたのだ。五年前に陛下が出した詔では、借金のカタに嫁に出された女や売られた子供で、親元に帰りたい者はその願い通りとする、としている。これを邪魔する者は投獄の上、罰金を取られる」


「へぇ!お偉い方なのですね、陛下は」


「そうさ、まさに聖主せいしゅだよ」


人身売買は秦の時代に盛んになり、劉邦がこれを沈静化させ、武帝の対外遠征による経済破綻から再び活発化していた。

奴隷の解放令自体は王莽も出していたりするのだが、王莽こそが人身売買の温床となる経済格差を加速させた張本人でもあり、現実的な罰則等を伴わなかったために言うだけに終わってしまった。その挙句に撤回している。

劉秀の奴隷解放は理想主義的側面と実利が一体となっている。奴隷解放は苦境に喘ぐ人々を救うだけでなく、大量の奴隷を使役する敵対者、大豪族の群雄達から力を奪う事につながるのだ。

劉秀は奴隷の解放と並行して大赦たいしゃを行っている。毎年のように行う大赦だが、ある年では王莽に逆らって投獄された者の名誉回復、ある年では盗賊団に対する帰農の促進など、その狙いは年ごとに微妙に異なり、第五倫を毎年感服させていた。


「ああ、一度陛下にお会いできれば我が道も決まろうというものなのになぁ」


少し離れた席に座っていた第五倫の同僚が意地の悪い笑みを浮かべて言った。


「将にも言うことを聞かせられない奴が、万乗てんしに会ってもどうにもならないんじゃないか」


州将として赴任してきた蓋延がいえんとその取り巻きには犯罪にあたるような振る舞いが度々あり、第五倫は行在所に押しかけて抗議したのだが、乱暴に追い返されてしまった。

第五倫は咳払いをして言った。


「未だ自分を知る者に巡り合わないのは、道を同じくする者がいないだけである」


「はいはい、すごいね。おーい、お姉さん、お勘定」


第五倫を冷たくあしらった同僚は懐から銭を出した。


「待て!」


第五倫は椅子から飛びあがると、同僚の腕を掴んだ。


「おい、何の冗談だ」


「それはこっちの台詞だ。役人ともあろうものが、偽造の貨幣を使うとはな」


同僚の瞳は死んだように拡がった。黒だ。


「離せ、離してくれ。おい……仲間じゃないか」


「さっき言っただろ。道を同じくする者がいないってな」


第五倫が劉秀と出会い、名臣と謳われるようになるのはもう少し先の事である。

劉秀の政策は各地に信奉者を生み、天下統一後は彼らがその政策の担い手となるのであった。

次回からは再び天下統一の戦いに目を移す。隗囂、公孫述、盧芳、残る敵対者はいかなる結末を迎えるのであろうか。

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