第十四話:夢から現実へ
「目指すは全国大会だな。」
気づくと目の前に翼が立っていて真面目な顔で言い放つ。
「全国大会に行くためには「標準記録」を突破しなきゃね。」
笹山がいつもの笑顔で微笑む。
男子100mの標準記録は11秒30。
現在、翼の持ちタイムは11秒62。
たった0,32秒。
されど0,32秒。
この微妙な数字を伸ばすには途轍もない努力がいる。
記録だってずっと右肩上がりなはずがない。
特に100mの場合、ほとんどが己の才能の世界。
女子200mの標準記録は26秒24。
今、笹山の持ちタイムが26秒44。
筒井の持ちタイムが26秒72。
二人は今行けなくても来年がある。
もちろん今年行けるのに越した事は無いが。
俺の400mの標準記録は52秒14。
この間出した自己ベストは52秒38。
「みんな・・・全国に手が届くレベルなんだね・・。」
神妙な面持ちで筒井が言う。
そうだ・・もう夢じゃないんだ。
絶対に、絶対にみんなで全国に行くんだ。
俺はそう決めた。
その途端、なぜだか頭に痛みが走る。
ハッと気がつくとそこは教室の自分の席。
クラスのみんながゲラゲラ笑っている。
前の席の翼も机に突っ伏していたが叩かれた。
頭の痛みの正体は英語の先生が振り下ろした教科書の角。
どうやら日頃の疲れで授業中にも関わらず俺と翼は爆睡していたらしい。
一日の最後の授業で眠くならない人などいるのだろうか?
(今のは夢か・・)
叩かれた頭を押さえて目をこする。
「斉藤、片桐ー。俺の授業で居眠りとは良い度胸だな〜・・罰として問題!」
俺も翼も二人で顔を見合わせている。
「Whici is faster. Tsubasa or Ryuji?」
「早く言えた方は今の居眠りはチャラだから。」
ニヤニヤと笑いながら俺らに言った。
「I think Tsubasa is faster than Ryuji.」
翼に先を越された。
しかも日本語に直すと俺より翼の方が速いって事になるし。
(こういう時は普通相手を上に持ってくるでしょう!)
心の中でツッコミを入れた。
「お見事! 片桐はチャラ。斉藤はそのまま減点!」
「そ、そんな〜・・・ひどいっすよ〜。」
またクラスに爆笑の渦が巻き起こる。
教科書で叩かれるわ笑いものになるわ減点されるわ・・・。
まさに踏んだり蹴ったりだ。
気分がどんよりとしたまま授業は終わった。
(英語は嫌いだし翼より早く答えるなんて無理だって・・)
噂をすれば、本人が寄ってきた。
「悪い悪い! 思いついたのがあれだったからさ!」
「お前よー・・・普通相手を上にして言うでしょうが。」
俺は恨めしそうな目で翼を見る。
「そんなに怒るなって! そうそう、今日四人で帰らないか?」
「え?」
「綾香にはもう言ってあるからさ、多分笹山も知ってると思う。」
「あ、香織が良いならいいけど・・・」
まだ本人を目の前にして名前呼びは辛いが、本人がいない時は名前で呼ぶようになった。
「じゃ、決まり! 校門の前で待ち合わせな!」
翼はそう言うと教室を出て先に外へと向かう。
しばらく俺はポカーンとしていたが慌てて鞄を手に取った。
「お、おい! ちょっと待てよ!」
そう言って俺も校門へと急いだ。
なんか、この小説って帰り道多いですね(笑)
書きやすいんでそうなってしまうのですが^^;
標準記録は新潟県のものを使わせて頂きました。
ちなみに標準記録を突破しないとたとえ一位であっても全国大会には行けないのです。




