第八話 街に泊まる
彼が大聖堂に駆けつけたのは、
客室を借りる交渉をするためだった。
グレゴリウスたちが暮らす僧院には、これから次々に訪れる
各国の代表使節たちを
重ねて泊めるだけの余裕は無いため、
空いている部屋を貸して欲しいとお願いに来たわけだった。
しかし、グレゴリウスが教皇に選ばれたことに疑いを持っている彼らは
なかなか良い返事をくれない。
担当者を呼ぶ前にわざと
いろんな人に取り次ぎ、
その都度同じ説明を何度もさせるというイヤミな対応をとった。
そうして時間ばかり無駄に使って夕方まで粘った挙句、
「空いている部屋は無い」
という返事を突き返してきた。
丁寧に頼んでも駄目
弱気を演じても駄目
ごまをすっても駄目
おだてても駄目。
最終的に
「きっと後悔なさいますよ」
捨て台詞を残して帰る結果になった。
最初の客を無事接待し終えて
ひと息ついていたグレゴリウスは、
この報告を聞くと
「哀れな人々ですね」
と苦笑した。
「なぜわたしが教皇になったのか
そしてなぜこの僧院にいるのか…
などといった小さな不満に囚われた結果、彼らは
国王達・女王達と接する機会を失いましたね」
この返事を聞いた僧侶たちは、
グレゴリウスが浮世離れしすぎて
困った!と思った。
そんな大局的な話ばかりされても困ってしまう!
目の前の問題について考えなくては!
「それはおっしゃる通りですが
それよりも、まずはお客様をどこに泊めるか考えなくては。
お荷物を置く場所なども…」
しかし、そう言われてもグレゴリウスは落ち着いていた。
彼の頭の中では、報告を聞いた瞬間にその問題の答えが出ていたのだ。
「宿のことは宿に任せれば良いでしょう。
街の宿と連絡を取ればよいのです。」
彼の答えに、報告のために集まっていた僧侶たちはけげんな顔をした。
どうして突然、街の宿の話が出てくるのだ?
話が飛びすぎる!
…グレゴリウス様の言うことは時々
展開が急すぎて、わけがわからない…
彼らはそう思っていた。
「どういうことですか?」
「街の宿に泊まって頂くということです。
要人を泊めることができるほどの
格式や広さのある宿は、あの街には
ひとつしかありませんね。
さきほどのお客様は、朝早くここへいらっしゃいました。
これは昨晩、街にあるその宿で一泊なさり
それからこちらへ来たことを意味しています。
つまり、ここに来るかたは前日に
すでにその宿に泊まっているわけです。
一軒の決まった宿に、です。
ですから、同じ部屋に続けてもう一晩泊まって頂くことは難しくないはずです」
「はぁ…」
わかるような、わからないような顔をしている僧侶たちに
グレゴリウスは丁寧に説明する。
「わたしに会いに来るかたは
よほど急いでいたり、よほどの長旅で予定が狂ったりしていない限り
夕方遅い時間や夜になって
ここに現れることは無いでしょう?」
「ええまあ。そうですね。
いきなり夜に訪れるのは
不意の訪問客ぐらいでしょう。
お祝いにみえるお客様は、
失礼のない時間帯を考えているでしょうし、
ご自身のためにも、じゅうぶんな
会見の時間を確保しようとなさるでしょうから」
「はい。
それでは次に、お客様がたが
ここに午前中に着くためには
その日の朝、どこにいなくてはいけないでしょうか?」
「それは…下の街でしょうか?
街より遠い所では、半日以上は
移動に費やされますから。」
「ええ。そう思います。
朝、街にいなくてはいけない。
彼らは街の住民ではありませんから
どこかから街へ来たわけです。
どこかから旅をして来た人が
下の街で朝を迎えるためには、
その前の晩から街にいる必要がありますよね?
したがって、街で一泊する必要がありますね?」
時間を逆算しながら
ここまで話すと、皆
納得した顔になった。
「ははあ、なるほど。
グレゴリウス様の言いたい事が
わかりましたよ。
お客様は街の宿にいったん泊まってからここへ来る、と。
われわれが宿と連絡を取り合って、
お客様が重なるとわかれば
後から来たほうのかたには
宿にもう一泊して待ってもらうということですね。
しかし、街で待たせるのは
失礼かもしれませんよ?」
「うちに泊まれるのは一組のみです。
無駄に何度も往復させるわけにはいかないのですから、
これが最良の策かと思います。
失礼のないように、あなたがたが
宿に出向いてご挨拶すればよろしいでしょう。」
他に良い案も考えつかないので
そう言われて、僧侶たちは頷いた。
「余分にかかった宿代は
わたしたちが負担しましょう。」
グレゴリウスは窓から倉庫のほうを見た。
…お客が持ってきた贈り物は膨大な量だった。
宿代なら、あれで支払えてしまうかな…
頭の中で、つらつらと計算した。
そして、ふとそのような計算をしている自分に気付いて笑った。
…血は争えないな。
わたしは間違いなく、根っからの
グランデール人だ…
グレゴリウスの頭の良さには定評がありました。
そのおかげで教会のお偉方に気に入られたのですが、過去には嫉妬や恐れによる攻撃を受けて危うく死にかけたことも。
おっと、その話を始めるとまた長くなりますから、後日詳しくお話するとしましょう。