第七話 祝いの客
最初の客は、僧院から最も近い場所に宮殿を構えた国王とその家族たちだった。
彼らが僧院の正面に着いた頃、グランデール王国のふたつの王家は、どちらもまだグレゴリウス教皇誕生の知らせすら聞いていない。
彼らがこの情報を得るまでには、まだまだ時間が必要だ。
電話もメールもないどころか、郵便制度もない世界で、場所の遠近による時差を取り返すことはほとんど不可能なのだ。
来客の馬車が前庭に集まると、タールが例によって騒ぎ出した。
たくさんの馬の足音や気配で馬商人を思い出し不安になったのだろうか。
来客たちは、そのような品の無い馬がこの世にいることを今まで知らなかったので、とても驚いた。
あぜんとした顔で周囲を見回しながら馬車を降りてくる王族たちの様子はこっけいで、
それを見た応接係見習いの若い僧侶は、笑いをこらえるのに必死だった。
応接係たちが来客を案内する。
王族たちは背もたれの分厚い頑丈なつくりの椅子に腰掛け、ワインなどを振る舞われた。
そうして落ち着いたところに、もったいぶったグレゴリウスが重々しく登場する。
数人の僧侶とともに客のもとへ向かった彼が図書室の前を通る時、若い見習いがちょうど図書室から出ようと扉を開けたまま、グレゴリウスの姿を見つけて素早く頭を下げた。
グレゴリウスは歩調を落としてその前を通り過ぎながら、図書室の中を見た。
…若者が5人いる…。
彼を見ると若者たちは急いで表情も変えずに頭を下げた。
…目をそらしているかのようだ。
わたしを見るのが、彼らにとってそれほど気まずいのだろうか?…
彼はちょっと寂しい気分になった。
…わたしと同年代なのに、いやむしろ彼らのほうが少し年上なのに、わたしに話しかけようとする者がいない…。
彼に対して積極的に話しかけるのは、いつも年配の僧侶ばかりだった。
…彼ら若者の身近な目標になれれば、という思いがあったから、わたしは教皇になっても大きい僧院に引っ越さなかったのだが。
どうやらそれはわたしの勝手な思い込みだったようだ…
彼は考えた。
…ここよりもっと小さい僧院で聞いた励ましの言葉は、お世辞だったのだろうか?
大規模な僧院の出身でなくても教皇になれるのだ、日ごろの行いをちゃんと誰かが見ているのだ、とわたしの存在が皆の励みになっていると聞いたのだが…
さて、少しばかり憂鬱なグレゴリウスが来客の相手を始めた頃。
ひとりの中年の僧侶がタールに非難されながら馬小屋からレンガを連れ出し、彼女にまたがると丘のふもとへと続く道を走って行った。
彼はどこへ向かったのだろうか?
その行き先は、物語のはじめに登場した大聖堂のある大きな僧院だ。
彼が大聖堂の前でレンガから下りると、三人の僧侶がすぐさま近付いてきた。
三人は彼がどこから来たのか聞いて少し不愉快そうな表情になった。
「どのようなご用で?」
とげとげしい声で聞かれたが、中年の僧侶は落ち着いて答えた。
「お部屋をお借りしたいというお願いで参りました。そのようなことを担当なさるかたに、お取り次ぎ願います」
「部屋を借りると?なぜですか」
「わたくしたちの僧院には、お客様に泊まっていただくための部屋が少ししかありません。規模がそう大きくありませんから。
ですが近々、続けて来客の予定がありますから部屋をお借りしたいのです。
こちらの都合で申し訳ありませんが急ぎますので、担当のかたにすぐお取り次ぎ願います」
上下関係とか出世競争とか優劣とか…
とかく人が集まるとめんどうなものです。
ろくな準備もなく権力者になってしまったグレゴリウスは、そういうことで
いやな思いをすることも多く
かなり気を遣っています。
若いグレゴリウスが教皇になったおかげで出世した人もいれば、出世の可能性を断たれた人もいます。
彼のおかげで出世したものの、グレゴリウスのほうが長生きするだろうから
それ以上のスライド出世は望めなくなった、というややこしい状態の人もいます。
とにかくグレゴリウス教皇は、いろいろな人に恨まれやすいようです。