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そういうことなら -二重人格帝王ウリオンの伝説  作者: 早猛虎家
プロローグ:鳴り物入りで選ばれた教皇
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第四話 ミゲル・ダニエル・カトリーヌ

外国から見てグランデール王国は、なんというか

身の危険をそれほど感じず気軽にフロンティア気分を味わえるテーマパークのような場所だった。



遠くて異文化で、謎と神秘の匂いがする国。

『野蛮で恐ろしい』グランデール人の国に乗り込んで、生きて帰れば肝試し成功者。


だが一度でも行ったことがあれば、本当は、ある程度のカネさえ持っていれば快適に過ごせる場所であると知っている…。



だから小金持ちで冒険者気取りの経験浅い若者が、冒険と称して旅行に行きたがる国ナンバーワンでもあった。



秋、旅人にとって苦しい冬を迎える前のこの時期に、にわか冒険者のほとんどは帰国する。



グランデールに近い国のとある酒場で、そのようなプチ冒険者四人が出会った。


ここは、旅人が多く立ち寄る店。

流れ者や本物の冒険者に混じって、初めての長旅を終えた満足げな若者たちが、浮かれ気分で酒を飲む。



「え?君もグランデールからの帰り道なのか?」


ダニエルと呼ばれたその若者が、向かいの席に腰掛けた元気そうな美女に言った。女は、カトリーヌといった。



「そうよ。

まだまだ何カ国も通り過ぎなきゃ帰り着かないけれど。

私は今年、グランデール北西部にいたの。

半年ぐらい滞在したわ」



彼ら冒険者の間では、二つの王家に連なる領地を中立的にそれぞれ、北西部・南東部と呼んでいる。


ちなみにウリオンの生家は南東部だ。



「へぇー。北西部はどうだった?

山が多いんだろ?」


ダニエルは、グランデールについて少し勉強してから来たようだ。



「あら、そうよ。

よく知ってるじゃない。とても美しいところだったわよ。

また行きたいわぁ。


王都の湖にも行ったの。遊覧船で一周すると、移り変わる景色が本当に見事で最高よ」



するとそこへ、すでにほろ酔いなのか妙に上機嫌な若者が割り込んできた。



「おいおい、そりゃおかしいだろ。王都にはそんな湖なんか無かったぜ。

都は長〜い街道をひた走った先に、どーんと構えてんのさぁ。

すげぇ活気があってよぉ…ヒクッ。楽しいったらありゃしない。けど通貨の両替で手数料をボリ取られるのだけは…ヒクッ。勘弁だけどよ」



それを聞いたカトリーヌは鼻で笑った。



「あなた、基本的なことも知らないのね。

グランデールは北西部と南東部に、二つの王都があるのよ。

あなたがいた都と私の行った都は違うの」


ほろ酔い男は、ピシッと鼻面を叩かれたようにおとなしくなった。



「だいたい、手数料をぼったくられるだなんて、あなたの準備が悪いからよ。お話にならないわね。

ねぇダニエル、あなたは都に行った?」



カトリーヌはほろ酔いの男を無視することにした。



「もちろん。

王都は必ず行こうと決めていた。

そもそも南東部側の王都のほうが人口が多いから、俺はそっちに行くことに決めたんだ。

できるだけ多くの人を見たかったから。


俺は実家が選帝侯だから、グランデールのような複雑な国の施政にも興味があったんだよ。

だから、たくさんの人と話したいと思ってグランデール語も勉強した。

さすがに王宮の人たちと話すチャンスはなかったけど、都の人といろいろ話ができたよ」



「あら、素敵ね。

私、来年は南東部に行こうかしら」



すると、彼が『実家が選帝侯』と言ったところで、いくつかの他のテーブルで飲んでいた人々の耳がピクッと反応した。


その一人は、色っぽい美女だった。


何者かはわからないが、先ほどから彼女は、知り合ったばかりのミゲルという若者に奢ってもらった酒を飲んでいたところだった。


羽振りのいいミゲルに接近し、彼がグランデールからの帰りだと言うので

「私も。同じだわ」

と嘘をついてすり寄ったのだが、よりカネの匂いがするダニエルに乗り換えることにしたようだ。



「あら、あなたたちもグランデールに行っていたのね」


色っぽい美女はちゃっかり椅子を寄せるとダニエルの隣に座った。

ダニエルもまんざらでもなさそうな顔をしている。

その様子を、ちょっとイライラした感じでカトリーヌが見ていた。



「うふふ、女の友達に出会えて嬉しい」


カトリーヌに話しかけつつ女は、ダニエルに向かってなまめかしく微笑んだ。



三角関係を演じるテーブルの近く、カウンターに置き去りにされたミゲルは、


…なんだいあれは?

あの女、調子が良すぎるっていうかもしかして詐欺師?…



スリか?と疑い懐のサイフをこっそり手で確認した。



…サイフはある。

重さ的に中身も減ってない…



あの女が見かけによらぬよほどの怪盗でない限り、ミゲルはカネをとられていないだろう。


ひと安心したミゲルだが、ふとテーブルを見ると早速あの女のカモになっている様子の若者が目に入った。



…おいおい。

やっぱりあの女、『そういう』系の詐欺?やべぇな。

ここは女の正体に気付いてる俺が、さりげなく彼を救うところでしょ!…



酒が入ってほどよくミゲルは

気が大きくなっていたのだろうか?

彼は女のあとを追ってきたふりをしてダニエルたちのテーブルに来た。


ミゲルが合流してきても、女はチラと横目で見ただけだった。



「グランデールは本当に人気の場所ね。ひとつの酒場に同じ行き先の人がこんなに集まるなんて」



女は調子よくダニエルに話しかけ、隙だらけの彼は女のペースにはまっていた。


カトリーヌはいよいよ嫌な気分だった。

さきほど彼女に言い負かされたほろ酔い男までもが、詐欺女の気を引こうと必死になって面白い話をするので。



その流れを変えたのはミゲルだった。



「話は変わるけど、じつは俺、北西部と南東部の両方に行ってきたんだぜ」


ミゲルが言うと例の女以外の三人は、えっ?と驚いた。



「本当か?

すごい行動力だな。

君はまさに冒険者だ!

ちなみに、どこからその…国境というか境目を越えたんだ?警戒されただろう?」


ダニエルが興味津々で聞くと



「なぁに。簡単さ」


ミゲルは自信たっぷりに答えた。



「俺はまず春先、南東部のほうに入った。

そこでいろいろ見てから、夏、暑くなってきた頃にいったん国外に出て、ぐるっと回って今度は涼しい北西部から入り直したわけさ」



「なるほどね。

遠回りだけど、いったん国外に出ればいいのね。賢いわ」


カトリーヌが言った。



「両方を見て納得したぜ。グランデールがいつまでも統一されない理由をさ」


ミゲルが思わせぶりに言う。



「どういうことかしら?」


カトリーヌは身を乗り出した。



「つまり、北西部も南東部も、まさに実力が同じぐらいってことさ。あれじゃぁ勝負しても決着がつかないのもわかるよ」



へへっ、とミゲルが笑うと


「えっ!?君はいったい何を見たんだい?教えてくれよ」


ダニエルが目を輝かせた。



「たいしたことじゃないんだけどな。

どこから話すか…そうだな。


みんなも気付いただろ?

グランデール人は、世間で言われてるよりずっといいやつだってこと」



ミゲルはだるそうに、しかしちょっと得意げに話し始めた。



「それは思ったよ。

両親からも、グランデール人は悪人だらけだと言われて覚悟を決めて入国したけれど、

理不尽な目にあうことは一度もなかった」


ダニエルは頷いた。



「私もそうだわ。

私のような外国人に対して無関心な人も多かったけど、嫌がらせを受けることはなかったし。

私もやっぱり出発前には、危険だ危険だ、って親からさんざん脅されたけど、結局それほど悪い人はいなかったもの」



カトリーヌも賛成した。



「だろ?グランデール人が悪人てウワサは偏見だぜ偏見。

むしろそういう偏見に耐えてるだけ俺らより心が広いと思うぞ?


でも彼らだって別にオメデタイ人ではないだろ。

彼らがみんな親切なのは、まあ、要は金持ちだからさ」



ミゲルが出した結論を聞いて



「いやだわ、そんな事はないわよ。貧しい人もいたわよ」


カトリーヌが否定すると



「いやいや、俺が言ってるのは比較の話」


ヒラヒラとミゲルは手を振った。

話しているうちに面白くなって彼は詐欺師の女のことなど、もうどうでもよくなっていた。



「カトリーヌ、お前も思ったはずだぜ。

他の国よりグランデールのやつらのほうが平均的に、いつも良いもん食ってるし良いもん着てる」



「それは良い作物が育つからではないの?」


「そういう問題じゃないって」



二人の応酬にダニエルが割って入った。



「確かに俺も違和感持ったよ。

都ではそれが何なのかわからなかった。

それで地方へ行った時に気付いた。小作農が裕福そうなこと。

それが違和感だった。


それに、彼らは俺に向かって領主の自慢話を聞かせるんだよ。

自分のところの領主がいかに素晴らしくて世界で一番か、とね。

そこまで領民に愛されているなんて正直、驚いたよ。

うらやましいぐらいだ」



すると、得たりとばかりにミゲルは膝を叩いた。



「まさにそう。俺が言いたかったのはそれ。

グランデールは俺たちの国と比べても租税がえらく少ない。

で、みんなの手元にたくさん残って金持ちよ、って話さ」



「税の問題なの?」


半信半疑のカトリーヌに



「税の問題に決まってんだろ?

ここらの百姓だってお前、領主様に毎年どんだけ持っていかれてると思ってんだよ?」



自分のことのように答えたが、ミゲルは百姓ではない。

彼は豪商の三男である。


カネに困ったことなど人生で一度もない。

今回のグランデール『冒険』旅行だってカネに飽かせて馬車は使い放題、宿は取り放題で、だから北西部と南東部両方に行けたので。


なにせ街で一軒店が持てるぐらいの小遣いを毎月親からもらっているのだ。

もっとも、長男・次男はミゲルの倍以上もらってきたのだが。



「グランデール全土で課税が緩いから、裕福な暮らしをしているとでもいうのか?」


ダニエルが反論した。



「そんなことをしたら支配者たちは、仕事をするための資金も足りなくなるではないか?」



話の腰を折られたミゲルはダルそうに首をかしげた。



「そんなことないだろ。

偉い人たちって頭いいから

どこかでちゃんと見つけてるんじゃないの?カネを集める方法をさ。


おいダニエル、自分らと比較してもダメだって。グランデールでは常識が通用しねぇんだよ、良い意味で。


いいか、北西部と南東部がガチで張り合ってる国だぜ。

ひとつの国ん中に王様が二人いて、お互いナワバリ増やそうと睨み合ってる。

そんな時お前ならどうする?」


「どうする、って…戦うとか?」


「どっちも同じ強さでぜんぜん勝負がつかなかったら?」


「え?」


「俺はグランデールで学んだぜ。

そういう時は、地道にファンを増やすしかねぇのな、息切れしないで長続きできる方法は」



「ファンというのは、つまり領民たちのことね?

善政をしいて領民を満足させる作戦を、グランデール全土の領主様たちが採用中ということね?」



カトリーヌが興味深そうに合いの手を入れた。

ダニエルは軽く頷いた。



「そうかもしれないね。

…考えてみればグランデール人は、俺たちが思っているよりもずっと頭がいいのかも知れないな」



ミゲルはニヤリと笑った。


「ああ。頭いいぜ。しかも楽しいやつらだよ。

ついこの間の、俺の経験を聞いてくれよ」



彼はまた嬉々として話を始めた。



「盛大な収穫祭が行われると聞いたから、俺は見に行くことにしたのさ。

そこは、北西部のそんなに格式高くない領主様の城下町だったんだけどな。

着いてみてビックリだ。

俺が行ったのは昼過ぎで、祭りのパレードとか儀式とかは終わっちまって、打ち上げやってた時だったけど、それはもう町をあげてのどんちゃん騒ぎでさ。


町の大通りには、土産物屋がずらーっと露店出してんのな。

で、どこもすげぇ混んでんの。

俺みてえな旅姿のやつもたくさんいてさ。

熱気でヤバかったぞ。


それでもって領主様の館の庭園が開放されててさ、酒とか食い物とか配ってくれんだぜ。

無料で。

俺も美味いもんいろいろ食わせてもらったよ。

庭園では、そこいらじゅうでピクニック繰り広げてるグループがたくさんあってすげぇ賑やかだった。


賢いと思わねぇか?え?

領主様は一体どこから資金を集めてんだろうなあ?

俺らには思いつかない方法かもしれないし、もしかしたら何か仕掛けがあって、一銭も払ってないのかもな」



「それはないだろ!?」



「いやぁ…ダニエル。あるかもだぜ…」



それからミゲル・ダニエル・カトリーヌの三人は意気投合して、同じ宿に部屋を取り遅くまで話し込んだ。


酒場から出るときには、詐欺師女もほろ酔い男も、いつの間にかいなくなっていた。





ウリオンは教皇になりましたが、ちなみに、ほとんどのグランデール人はクリスチャンではありません。


そのせいもあって中世のこの時代、国によってはグランデール人だというだけで追い出されたり罪人扱いを受けることもありました。


そこまで偏見を持っていない国でも、グランデール人というとあまり性格の良い人だと思ってもらえません。


それは信仰の問題だけではありません。


国内が長い間分裂したまま、ふたつの王家がいつまでも意地の張り合いを続けるので、グランデール人のイメージは



強情・強欲・頑固者・冷酷・偏屈・傲慢・融通がきかない・自己中心的・誠実でない…



そういう印象がグローバルスタンダード状態になってしまいました。



ミゲルたちのような旅人が増えて、少しずつでも悪いイメージを変えてくれるといいですね。



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