第三話 小さな王子たち
グレゴリウスを修道院に行かせたのは祖父ミデスだった。
その頃、宮殿には幼い二人の王子がいた。
ミデスの孫たちである。
兄ランディスと弟ウリオンで、それぞれ正室と側室から生まれた一カ月違いの兄弟だった。
だから兄弟といっても長男が二人いるようなものだ。
「モーニス、お前も父親になったか。お前に王位を譲る日も遠くない」
正室のルミリアと側室のレウニアにそれぞれ赤ん坊を抱かせた息子を見て、ミデスは言った。
しかし王子たちの誕生は、めでたいだけではなかった。
年齢の近すぎる二人は、産まれながらに波乱を含んでいた。
ある日、庭でくつろぐ側室レウニアとその息子ウリオンの姿を見てミデスの妃が心配そうに言った。
「あなた、モーニスは二人の妃を持て余しているのではありませんか?
彼女たちが勝手に競争意識を持って次々と子供を産んだことは明らかよ」
息子が嫁をコントロールできていない、という姑の不満だった。
「モーニスに言っても仕方ないことだろう」
ミデスがそう答えると妃はため息をついた。
「運も悪かったわね。
せめてウリオンが女なら良かったのに。
男同士でなかったら、あの子たちが王位継承権を争って殺しあうことはないのよ」
「殺しあうと決まったわけではないさ。
仲良く育てれば良いではないか。わが王家の人間が一人でも多い方が、戦いには有利だぞ」
ミデスが生来の楽観的な意見を披露すると、嫌ねえ、と妃は顔をしかめた。
「そんな風にうまくいくわけがないでしょう?
あなたは知らないのよ。ルミリアとレウニアがどんなに張り合っているか。
おかげで二人についた侍女たちも犬猿の仲だわ。
これでは王子たちだって互いにライバル視するに決まっているもの。
今から言っても遅いけれど、レウニアを妃に迎えるべきではなかったわね」
「うーむ…」
大人の心配も自らの不穏な運命も知らず、王子たちは順調に育った。
そして1年後には、伸び伸び育った二人は誰が見ても明らかな個性の違いを見せていた。
「ランディスは大きいなぁ。
それにまた、よくこんなに動き回るものだ…」
乳母に抱かれて暴れるランディスの頬を撫で、ミデスは思わずつぶやいた。
確かにランディスは、ウリオンより半年ぐらい早く産まれたかと思うような大きな子になっていたし運動神経も良かった。
しかし頭脳の面ではウリオンにかなわないようだ。
「おやウリオンこんにちは」
「お祖父様こんにちは」
「元気かな?」
「元気です」
ウリオンはこの時すでに、こんなふうに会話ができるようになっていたのだ。
ランディスは泣き声しかあげられないのに。
「ウリオンが見ているのは図鑑かな?」
「はい。動物の図鑑です」
「ほほう、難しいのに内容がわかるのだね。えらいねえ」
そうミデスが褒めるとウリオンは嬉しそうに笑った。
「ボク図鑑と地図を見るのが大好き」
「おお、それは良い趣味だね。
好きなだけ見ていいよ」
ウリオンの性格なら、将来ランディスの補佐役になって上手くやってくれるのではないか?とミデスは思った。それで
「ウリオンは良い学者だ」
と言ったら、レウニアに恨めしそうな顔で睨まれた。
この調子では二人の王子を仲良くさせる以前に、二人の妃がもうちょっと仲良してくれないと困る。
何かいい方法はないかとミデスがあれこれ考えていたところに、
正室のルミリアが声をかけてきた。
「お義父様、ご相談がありますの」
相談とは、まさに王子たちのことだった。
「ランディスが王位継承者であることは、当然ですわよね?
レウニアはわかっていないようですけれど」
「ああ。順位はランディスが一番にくる」
ミデスの返事にルミリアは頷いた。
「それなのにウリオンの頭がいいからって、ウリオンに期待する声がありますの。理不尽ですわ」
「うむ。ウリオンはランディスの参謀になるべきだろう」
名君となったランディスと、良き参謀として補佐するウリオンの姿を思い浮かべて、彼女は幸せそうに微笑んだ。
「だがもしウリオン自身が王になりたいと考えたなら、ランディスに戦いを挑む権利はある」
とミデスが客観的すぎる意見を言うと
「まあ!それは違いますわ。
よその国でしたらそんなこともあるでしょうけれど、
うちは偽王に少しでも弱味を握らせてはいけませんもの。
王子たちが争っているなどという噂が偽王に伝わったら、すかさず嫌がらせをして来ますわ!」
ルミリアは必死になって述べた。
ところで、「偽王」とはいったい何者だろう?
そこにはグランデール王国の複雑な事情が絡んでいた。
この国には、もう100年以上にわたって、王家がふたつあり、それぞれ自分が正統な国王だと主張する、ふたりのグランデール国王がにらみ合っていた。
そのような、国内が冷戦みたいな状態になることは珍しいかもしれない。
しかし、いったんそうなってしまうと、なかなか簡単には元へ戻らないものだ。
二つの王家はお互いの都にスパイまで忍ばせ、相手に少しでもスキがあればそこを突き、ちょっとでも相手がミスをすればすかさず言いがかりをつける、という地味な争いを続けていた。
だから、王子たちの仲が悪かったり派閥争いのようなことをすれば、相手につけ込まれることは目に見えている。
そのような隙を見せることは許されない雰囲気だったのだ。
ここで、疑問に思う人がいるかもしれない。
なぜどちらか一方が、戦争を起こして相手をつぶさないのか?と。
じつは、過去に戦争が
…正確に言えば内戦だが…
起きたことはあった。
しかし、その時は勝敗がつく前に中止せざるをえなかったのだ。
グランデール国が混乱していると知って、この時とばかりに外国の軍が攻め込んできたのだから。
結局ふたつの「官軍」は、それぞれ違う旗を掲げながら協力して戦うことになった。
結果は勝利。
しかし、共に汗を流し血を流したにもかかわらず彼らが仲直りすることはなく…。
いまだに両者一歩も譲らず
「自分たちが正統な王家だ」
と言い続けているのだから、その協調性の無さと頑固さにはまったく恐れ入る。
こんなことがあったので、彼らはお互い相手を暴力でつぶすことはできないとあきらめた。
あきらめてよかったと思う。
泥沼の内戦になって、挙句に他の国の奴隷にされるなんて最悪の事態を防げたのだから。
そうしてこの国は、水面下の戦いにのめり込んでいった。
こまかいひとつひとつの戦いが水面下なら、その決着がつくのもやっぱり水面下。
だから永遠とも思えるほど長い間、勝敗は決まらない。
王家にとってもはやこれが日常となってしまったから、もしもある日突然、相手が主張を取り下げたらびっくりしてどうしたらいいかわからないかもしれない。
「ランディスがモーニスのあとを継ぐことを、早く発表すべきだと思う。
モーニスに言われれば、迷っておる家臣たちも心を決めるだろう」
ミデスが言った。
「はい。
ですがレウニアはきっと納得しませんわね」
色仕掛けでウリオンを指名するようモーニスに迫るに決まっていますわ、とルミリアは忌々しそうに言った。
「まあまあ、そうカリカリしなさんな。じつはな、あんたがた二人がどうしたら仲良くなってくれるか考えていたところでな」
とミデスは困った顔で言った。
「ごめんなさい。
でもレウニアが…」
「わかっておる。
あんたの言い分はよくわかる。
だから、まずランディスとウリオンが仲良くなりお互いを大事に思えるように、二人を一緒に遊ばせたらどうだ?
あんたとレウニアもその場に付き添って遊んでやればいい」
こうして二人の王子は毎日一緒に遊ぶようになり、あっという間に親友になった。
兄弟で親友!いつでも一緒!一心同体!
だが彼らの仲は母親たちに引き裂かれてしまった。
這い回ったり走り回る遊びから、成長とともに頭をつかうゲームや勉強をするようになると
どうしてもウリオンのほうがよくできた。
「これは子供の個性なんだから、能力があるなしの問題ではない」
とミデスは繰り返し、息子の行動に一喜一憂するルミリアをなだめたが
将来天才になりそうなウリオンを旗印につけ上がった態度をとるレウニアたちに対して、ルミリア側の我慢は続かなかった。
もう少し大きくなって剣術を学ぶようになれば、またランディスがリーダーシップを取れるのに。
まあ渦中の人には、そういう見方ができないものなんだろう。
「レウニアとウリオンのせいでこのようなことになったのよ!
王家は団結するどころかガタガタだわ!
あの子のせいで、この国は平和になりません!」
ついに半狂乱となったルミリアに押される形で、モーニスはウリオンをレウニアから引き離すことに決め、ミデスに対応を相談した。
ミデスはウリオンを僧院に預けることに決めた。
ランディスとウリオン当人同士は今でも、お互いのことが大好きです。
それなのに彼らをとりまく周りの大人たちは、王子の名前を掲げて争う…。
残念な話です。