二人の神官 弐
この国にまだ、帝という地位がなかった頃の話。この話は世に知らされていない。
民が知る必要はないと、帝が判断したためだ。知ったところで、どうというわけでもないのだが。
帝という地位がなかった頃。二人の男が国を治めていた。東に一人。西に一人。この二人はとても仲が良かった。だから国の統治も上手くいっていた。しかし、時が経つにつれ、統治している領地の境界線で争い事が頻繁に起きるようになった。やがてその争いは大きくなり、戦争という形になってしまった。
しかし、領地を統治していた二人の男は戦争をしたくはない。なので、密会を何度も繰り返した。まだ彼らに権力は残っている。故に、民の反発がないように治める方法を二人で話しあったのだ。
三度目の密会。肌寒くなった秋の口。
「未だ変わりない戦況にどう、裂け目を入れるかどうか・・・・」
「なあ」
「うん?」
「もう、領地を一つにして、ひとつの国にしてしまわないか?」
確かに、そう考えた。しかし、頭が変わると、当然反乱分子は残ってしまう。すると、いつ再び戦争が起きるか、という懸念に悩まされなくてはならない。
「皆の納得できる形に・・・・」
「なにか名案があるのか?」
そう言われてしまえば、口を噤むしかなかった。
戦争を終りにする最短ルート。ひとつの国にしてしまうこと。
「しかし、我らと其方らの能力は違う」
能力が違う以上、なにかと差別が起きるだろう。
「そんなことを言っていたら、人間だってひとりひとり違うものだ」
「そう・・・だな。・・・・分かった」
「ありがとう。お前なら、分かってくれると思ってたよ。風花」
「言わせた、の間違いじゃないのか?界雷」
「納得してないのか?」
「一応納得。でも、まだ、解決の糸があるはずだと思うから」
「そんなこと、統合した後で言ったって無駄だぞ」
「そうかもな。でも、最後まで抗いたいんだ」
「いや。一つにするにあたって、オレはお前の元に入る」
「何を言っているんだ。お前の元の方が強く在れる」
「でも、お前の元の方が人々に優しい」
「しかし、オレの元に入ったら、周りの国に攻め込まれて、すぐに崩落してしまう。だから、お前の元に」
「しかし―――」
「いや、これだけは譲らない」
頑固な態度を見せた風花に界雷は眉尻を下げて、分かったよ、と頷いた。
その後、二人の方から広報され、領地が統合され、ひとつの国になった。
その時、帝という地位に界雷が着き、風花は隠居した
「という、記述があるんだ」
「へえ」
初めて知った国ができる前の話。月夜が習ってきたのは国が出来てからのことばかりだったので、こう、新しいことを知るとなんだか深みを知ったようで、知識欲が満たされる。
「で、この話を聞いて、君はどう思うかな?」
「・・・どうって、界雷さんの子孫が神官長ですよね」
「まあ、そうなるね。ふむ・・・・月夜は、界雷の持っている能力とは違う能力、というのは気にならないのかい?」
「別に。あ、もしかして、反乱分子がやっぱり残ってしまった、ということですか?」
「その通り」
「じゃあ、今も・・・」
「そう。合宿中に襲ってきたのもそうだと推測される」
「へえ。何が目的なんでしょうね。風花さんが統合以外の方法をまだ考え続けていたから反乱分子が残ってしまったんでしょうか?」
「さあ。いずれにしても、反乱分子は帝に連なる者達を敵視している。故に狙われるのだけれど、こちらとてそう簡単にさせるわけにはいかないので、警備を強化する。それで生まれたのが御影」
「へえ」
だんだん先生と生徒みたいな雰囲気になってきた月夜と雪水。
「時間を経るごとに東西の住民が混ざり合って、能力を受け継ぐ者達が少なくなって来た」
「多くなるんじゃなくて、ですか・・・」
「そう。不思議なことにね。だから、これだけ神官が少ないのだけれど、それと、反対に反乱分子の方は能力者が増えてきた」
「敵が増えたってことですね」
「そう。それに、能力を持つっていうことは、御影よりも遙かに優れている」
神官と同等又はそれ以上の強さ。つまり数少ない神官側からして不利なのだ。
「そろそろ、主権交代ってことですか?」
「まさか。こちらとて、そうそう渡すわけがない。いままでの体制を変えてしまっては、なにかと騒ぎが起こるからね」
「解決策はないんですか?」
「たくさんあるから困りものだよね」
にっこり笑った雪水の周りに黒黒とした空気が渦巻いて、月夜は頬を引きつらせた。
「それなら安心ですね」
「油断大敵だよ。月夜」
「そうですね・・・・」
「ああ、そうそう。界雷側の特別な能力って神刀だけなんだけれども、風花の方は弓もあったらしいよ」
「弓ですか。オレはそっちの方がいいです」
「はは。本当弓が好きだね君は。まあ、私も弓が好きだけれども」
「そういえば、学校で、警邏隊が西の森に入るなって言ってました。なにかあったんですか?」
月夜の質問に雪水はニコリを笑うだけだ。きっとなにも教えてくれないだろう、そう思った月夜が落胆する前に、雪水が口を開いた。
「西の森に不審者が現れた。今は警邏隊と真司と藤堂と静音が現場の指揮を執っている」
その不審者が敵なのか、それとも本当にただの不審者なのか、月夜は判断する術がない。
「神官は民を守る義務があるからね」
「そうですね」
その現場に月夜が行ったからと言って、何かが解決するわけではないが、雪水達が何かを隠していると直感がやたらと騒ぐ。
それに、そちらの任務に真司がついたのならば月夜だってついていってもいいはずだ。警邏隊がいるからか。いや、それでもこれから関わってくる人物であるはずなので月夜が行ってはいけないということにはならないはずだ。
「オレはその任務からどうして外されたのですか?」
やけに驚いた顔した雪水は、月夜の目を見て少々困った顔をしながら、まだ学生だからね、と告げた。
嘘だ、と思った。なぜだかわからない。
「雪―――」
「雪を困らせるな」
月夜の後ろの障子が開いて、機嫌の悪そうな声が上から降ってきた。
「真司さん・・・。おかえりなさい」
「はいはい、ただいま。お子様は部屋から出てろ。雪と二人だけで話がある」
「お子様って・・・・オレはもう高校生です!!」
「楓!!月夜を自室に。神官長命令な」
瞬時に現れた楓はやや不機嫌そうな顔をして、行きましょう月夜様、と声を掛けた。
ここに留まりたい気持ちもあるが、楓を困らせては悪い。仕方なく、自室へと戻った。
月夜が部屋を出て行った後、やたら物騒な顔をした真司が雪水を畳に押し倒した。
「え・・・ちょっと・・・真司、初めてだから優しくして・・・」
「寝言は寝て言え」
「はは。そうだね。・・・・・バレちゃったか」
「さっき、椿に会った。怪我の治療してたから、話を聞かせてもらった」
「うん」
「敵に会ったって、なんで隠してた?」
「顔が怖いよ、真司」
「こっちは真面目に聞いてんだ。早く答えろ」
「神官長に向かって、その口の利き方は・・・ってはいはい。わかったよ。言うよ言えばいいんでしょう。会ったよ、昨夜。見張りさせてた椿が見つけたから」
「なんで、オレに知らせなかった?」
「知らせる時間なかったから」
「嘘だな。オレの目を見て言え」
「・・・一人で大丈夫だと思ったから。でも、実際、相手に少し傷を負わした。こっちは無傷だ。十分だろう?」
じっと真司の目を見る雪水をぎゅうっと抱きしめて、はああ、と長い溜息をついた。
「ああ、良かった。雪に何かあったらあいつに頭が上がらねえ・・・・」
「・・・そうだね・・・」
「本当に無傷だよな?」
ゴソゴソと着物を脱がしにかかる真司の頭に拳を落とした雪水は痛みで蹲る真司の下から抜け出した。
「無傷です。心配ありません。で、真司用件はそれだけじゃないでしょう?」
「ってー。ああ、そうそう。敵がいた。三人。でも逃げられたから、多分御影じゃ相手にならない」
「相手に目的は?」
「神官見つけた瞬間、こっちに向かってきた。けど、警邏隊には向かって行かなかったから、狙いは神官ってとこか。それか、警邏隊には目もくれていないか」
「神刀だったか?」
「ああ。使い慣れてる。能力の方も半分以上引き出せてるだろう」
「厄介な・・・。おとなしくしてればいいものを」
珍しく交戦的な雪水の発言に、真司がニヤリと笑った。
「仕掛けるか?」
「ああ。事が大きくなる前に。警邏隊には待機命令を。使えないからな」
バッサリと言い切ったことに真司が口笛を吹くと、雪水は神刀を出した。そのことに真司は顔を歪めた。
「なんで出すんだよ。今回お前の出番はなし。はい。オッケー」
「これは私の問題だ」
「お前じゃなくて、月夜だろ。ああ、もう、お前の問題でも月夜の問題でも、全部オレの。だから、雪水は見てればいいんだよ」
「いやだ」
「・・・怪我だけはすんなよ」
「わかってるよ」
雪水が真司に笑顔を見せれば、真司も笑った。
部屋に戻ると見せかけて、そう遠く離れていない廊下で耳を澄ませれば、ほんの微かに聞こえてくる二人の声を月夜は聞いていた。命令された楓といえば、いくら神官長の命であっても、神官長自身が言ったわけではないので、効力はものすごく弱いと判断したまでだ、と言い張るつもりである。
「敵・・・三人・・・」
その三人の顔が目を瞑れば三人の友人の顔になるのはなぜだろうと嫌な予感がした。そして、その嫌な予感は外れたことがない。
「月夜様、そろそろ」
「そうだな」
西の森については、敵に関わることだと断定できた。情報の少ない月夜にとって、それは大きな収穫であった。
なんだか、雪水と真司の話が多いのは僕の贔屓だということに今更気が付いた。
あ、皆様、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。