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風花ーKAZAHANAー  作者: 結城朱琉
5/14

月は静かに夢を見る 参

こんなに書けたのは久しぶりな気がする。


朝、もやがすごかったです(゜∀゜)



「東ー。飯行くぞー」


動かない月夜の肩に透が触れると瞬きをして、月夜は透を見た。


「大丈夫か?具合悪いなら保健室に行った方が・・・」


雅史も心配そうに月夜を覗き込んだ。


「あ、いや、大丈夫。考え事してただけ」


そう答えると、皆安心した顔をした。食堂に向かって行く途中、楓が本当に大丈夫かと聞いてきたので、月夜は笑顔で、大丈夫だよと答えた。


やはり、特攻隊長こと行哉がテーブルを確保していてくれて、そこでいつものように昼食を摂った。


「なあ、神刀ってなんだ?」


那智学園は神官に関係する学校だけれども、神官については皆話していなかった。どことなく神官のことについては知っていて当たり前という空気が流れていたせいか、月夜はなかなか言い出せなかった。食事時ならば聞けるだろうと聞いてみたのだが、フリーズされてしまった。


「そっか。東は都の端から来たんだっけ」


チョコレートムースケーキをスプーンでつつきながら行哉が納得したように言った。それに続いて、透や雅史が、それじゃ知らないのも無理はない、という雰囲気を醸し出し始める。


「神刀ってのはな、人間の心の中には必ずいる天魔っていう悪いやつを斬ることが出来るんだ」


真司が月夜に教えた通りの回答だった。


「まさに悪を斬る、だな。くう!!カッコイイ!!勉強できなくても、神官になれば不自由ないな!!」


呆れた顔をした雅史が透を見る。


「でも、なんで急に?」


月夜を射るような目で行哉が問う。


「ん。昨日神官見てさー。オレ神官についてなにも知らないなー、って思って」


「ふーん。誰だった?」


「分からない。まあ、とにかく全体が紫色だったけど・・・」


「坪岡さんか!!カッコイイよな!!坪岡さんっ」


こちらの会話に食いついてきた透が目を輝かせる。


「誰ってことは、他にも?」


「ああ、現在神官は全員で、七人いるんだ。オレは(かこい)さんがいいなあ」


「オレはやっぱり明松様」


そう言う行哉が食べているチョコレートムースケーキに目がいくからか、デザートが食べたくなってきた。


「なあなあ、楓は誰がいい?」


なんだか今日はテンションが落ちない透に話しかけられて、フルーツスコーンを紅茶と一緒に優雅に食していた楓は、静かに、雪水様、と答えた。


「お前も明松様かー」


ひょいと透が断りもなく楓のスコーンのひとつをつまんで食べた。チラリと月夜が隣の楓を見ると、顔はニコリとしているが空気が物々しかったので、あとで復讐されるな、と内心笑ってしまった。


授業開始の予鈴が鳴った後、廊下を皆で歩いていると、懐かしい気配がしたので、月夜は振り返った。誰もいない。


「どうしました?」


「いや・・・。気のせいみたいだ」


疲れたのかな、と眉間を揉む月夜を行哉が、疲れてるんじゃないか?と声をかけた。


「まだ慣れてないことが多いからね。家に帰ったらよく休むといいよ」


雅史が笑顔でそう言ってくれる。新しい環境で馴染めるかなんて心配していたのが嘘のようで、なんだか月夜は感激で涙が出そうだった。




おかしい、と月夜は思った。


屋敷に弓道場があると知ってから、毎朝練習しているわけだが、毎朝毎朝、大樹の気配がするのだ。楓に聞いてみるものの、誰もいない。気配も感じない。そう返ってくる。気のせいだと、言い聞かせて過ごしてきたが、月夜が一人でいると気配がするのだから気になる。いや、一人でいる時は集中できてるから気配を察知できるのであって、本当はいつでもどこでも誰といようと感じられるものかもしれない。


確かめに大樹に電話してみたのだが、なんだ寂しいのか?と返ってきてムカついたので電話をぶちってやった。


でも、確かに大樹の気配がするのだ。まさか、自分の頭がおかしくなったのか?と疑いたくなる。


タンッと的に当たる気持ちいい音が耳に届くと、心の薄暗さも一時的に晴れた。



いつも通りの昼食の時間。今回もまた、皆に聞いてみることにした。


「御印ってなに?」


「御印は神官の証だろ」


「体のどこかに刺青みたいに模様が浮き上がるんだって。人によって模様は様々(さまざま)らしいよ」


「一番大きいのが明松様だそうだ。背中から腕にかけてあるらしい」


背中から腕、とは相当大きい。月夜は肩周りだから中くらいといったとこか。


「神刀と一緒に出てくるんだっけ?」


「そうそう。つか、楓は教えてくれないのか?いつも一緒だろ?」


「楓から話してくれることはあんまりないな」


「聞いて下さればお答えしますが?」


「・・・うん。なんか東が楓に聞かない理由が分かった気がする」


雅史が苦笑して言った。やはり神官の話になると調子を上げるのは透だ。次々と話題を上げてくる。


「御印もそうだけどさ、神官になったら鉢巻、もらえるだろ。あれもカッコイイよなー」


「全員揃うとすごい迫力だよね」


「オレはブレスがカッコイイと思う」


「神刀に変わるヤツ!!あれ子供の頃真似して似たようなブレスつけてた!!」


透の楽しそうな声を聞きながら、月夜は苦笑するしかなかった。神官のブレスレットは外すことはできないので、いろいろと不便だ。そもそもブレスレットをすることがなかったせいか、ことあるごとに苦労を強いられる。


「東?」


行哉に顔を覗き込まれて、ギクリとして月夜は顔を上げた。


「なに?」


「いや。どうしたのかと」


「ううん。デザート追加で食べようか迷ってた」


嘘をついたことに少し罪悪感を覚えた。


その日の帰り道、後ろに光明率いる団体を背に、歩く。


「月夜様、やはり、皆さまに隠すのは御辛いでしょうか」


「いや、大丈夫・・・。ただ、行哉はなんだか鋭いな。油断できなくてさ」


「頭が良いですからね。異変に敏感なのでしょう」


「うん。・・・・で、さ。楓。もうすぐ、夏だな」


「そうですね」


「学校は休みに入るよな?」


「一週間だけですね」


ある程度予想していた事だが、あまりの休みの期間の短さに眩暈を覚える。


「一か月くらい、あると思ったのに」


「授業はそんなにありませんが、御影の訓練があります。もちろん月夜様にもご参加いただく予定です。ただし、水を扱う者に関しては、未参加です」


暑い夏なら水が冷たい。それが至福の時だろうというのに。


「なんで」


「水で濡れて透けて見えたら困ります」


それは確かに大問題だ。


「んで、その訓練は合宿なわけ?」


「その通りです」


「風呂とかどうすんの」


ようやく皇居地区の門が見えてきて、手慣れた動作で後ろにいる団体に見えないよう鉢巻を警官に見せて通る。


「風呂などは部屋別なので、そこは私と一緒にできるよう掛け合います」


「分かった。というか、水で濡れて透けるんだったら、汗で透けるんじゃないのか?」


「・・・透けないような服を着てください」


「はいはい。それなら水の訓練に参加しても?」


「それは、ダメです」


参加してみないと内容が分からないので、御印が見えてしまう状況ができてしまうものなのだろう、と諦めた。


「合宿、楽しみだなー」


「楽しみ?」


「皆でトランプしたり、、枕投げしたり」


「体力が残っていたらやってください」


まさか、体力を搾り取られまで訓練するのか、と楽しみだった合宿もなんだかそれほど楽しみではなくなてっしまった。




日に日に増す日光にうだりながら学校へと通う。梅雨が明けた途端にじりじりと肌を焼くような暑さだ。けれど、学校全体で、冷房がかかっているので、学校に着けば快適だった。皇居地区の門から学校に来るまでの間に汗で濡れたシャツは学校に入るなり急速に冷えて逆に寒く、早々に更衣室で着替える。


教室に着くと、行哉がいた。


「はよー」


「ああ、おはよう」


「行哉っていつも読書してるよな。何読んでるんだ?」


「いろいろ。最近は物理かな・・・・」


「へー。すごいな」


幼い頃から弓ばかりやってきたせいか、読書というものに縁がない月夜にとって、この話題は不向きだと思い、話題を変えようと口を開いたが、行哉の方が早かった。


「前から聞きたかったんだが、東、そのブレスは何だ?」


確信に迫られた気がして、心臓の鼓動が早くなる。それを見破られないように、平静を装いながら、ファッションだよ、となんとか答えた。


「・・・そうか」


なにか言いたそうだったが、話を続けないようにしてくれたことに月夜は内心ホッとした。


夏なので半袖。だから鉢巻をどうしようかと悩んでいたら、楓が、お守り型の袋をくれたので、それを忘れないようポケットの中に入れ、袋の紐をズボンのベルトを通すところへ結び付けていた。だが、ブレスレットは外れないのでそのままだ。だから、透が言っていたように、神官を真似してつけているのだというような理由をつけて、そのままにした。それを行哉は面と向かって聞いてきた。やはり、疑わしく思った点があったのだろうか。


「おっはよー。東ー。行哉ー。楓ー」


透と雅史が教室に入ってきた。


「はよ」


「おはよう」


「おはようございます」


気まずい空気を吹き飛ばしてくれた透に感謝し、いつもの何気ない会話を始めた。




毎日めまぐるしいものだ。時々平凡が欲しくなる。それでも、数少なく皆が憧れる神官になったのだから我儘は言えない。


大樹とはたまに連絡を取るし、明久と暮星もたまに連絡してくれる。寂しいなんて時間はない。


そしてついに合宿の日。


月夜と楓が屋敷を出る時、雪水が寂しそうな顔をしていたが、真司がそれをからかうとすっかり拗ねてしまった。幼馴染みとは良きものである。


学校へと集合すると、校庭に集まった生徒達はこれからの事に燃えて熱気がすごかった。


「えっと、楓はこの訓練小学生の時に終えたんだよな」


「はい。なかなか辛かったですよ」


平然とした顔で言われても説得力がない、と内心訴えながら透たちを探していると、ちょうど今来たところだった。大きく手を振る姿が見える。集合時間が近づくにつれ人数が増えていき、ちゃんとクラスごとの列に並んだ。


集合時間が過ぎると出発式が行われ、その後、合宿所へ向かうバスに乗るといよいよ皆の気持ちは高ぶった。


お菓子食う?なあなあババ抜きやらね?おい雅史寝てんじゃねー!!・・・・と早速テンションの高い透に起こされた雅史は、うるさい、と機嫌悪そうに透の頭にチョップを入れた。


「った。何すんだっ」


「少しは大人しくしろ。目的地に着いたら早速訓練開始なんだからな」


「だって都の外だぜ?オレ初めてなんだけど」


「そりゃオレだって・・・。行哉はどうだ?」


「ん?オレも初めてだけど?」


通路を挟んだ向こう側にいた行哉は読んでいた本から顔を上げて、答えた。雅史と透の後ろに席にいた月夜と楓も聞かれて、首を左右に振る。楓は職務規定だ。


「結局皆初めてのくせして、盛り上がってねーのかよ」


「盛り上がる程の体力は温存しておくべきだと思うが?先輩方の意見を聞くと、相当辛いらしいが?」


成績一位の行哉が言うと説得力があって、皆口を閉ざした。いつの間にかバスの中も静かになっていた。すると、同乗していた三年の先輩が立ち上がり、市之崎の言う通りだぞ、と言った。


バスに乗る時の決まりで、一人監視役の先輩が同乗することになっていた。このバスは二年のバスなので三年が同乗。三年のバスには大学部の一年が同乗となっている。


「この合宿は、高等部二年から始まる。そして、大学部の方でも続けられ、卒業すればそれなりのところに就職できる。やっぱり皆が狙っているのは神官を常に守り、一番身近な存在になれる御影だろう。でも、御影になれるのは合宿で上位五位に入った者だけだ。気を引き締めないと、今隣にいる奴に抜かされていくぞ。まあ、そんなことを言っても、高校二年だ。存分に楽しみ、後悔しろ」


後悔する前提なんだ、と思いつつ月夜は隣の楓を見た。


「すごいな、お前」


「いえ、そんなに時間をかけられないので、最短ルートを行かせてもらっただけです」


「後悔してるか?」


「何を後悔する必要がありましょうか。ちゃんと実力に繋がっているんですから」


確かに、しっかりと任務をこなし、その上勉強にも抜かりないので、同い年とは思えないほどの実力の持ち主だ。


そんな話をしていると、相変わらずのテンションに戻った透が前の座席から覗き込んできた。


「なんの話してんだー?」


「楓の料理の話」


適当に答えて、透の気を逸らした。


そうして、バスで行くこと、四時間。途中休憩が入ったとしても、いつまでも座っているのは辛い。騒がしかったバスの中も、今は落ち着きを持ち、学校の休憩時間のような話し声がちらほら聞こえるほどだ。昼食はバスの中で摂る。この時間はざわついた。その後は、皆眠りに入ったのか、夜のように静かだ。


「月夜様、眠れないのですか?」


小声で話しかけられて、月夜は隣の楓を見た。


「今、眠らないと、到着した先の訓練で持ちませんよ?」


そんなに体力を使うものなのか、と月夜は改めて合宿を意識する。


「ん。眠るよ。おやすみ、楓。もし到着まで寝てたら起こして」


「わかりました。おやすみなさいませ」


タオルを顔にかけて目を閉じると、すぐに睡魔が襲ってきた。



楓は、月夜が眠りについたことを確認すると、通路を挟んで右斜め前の座席に座っている行哉にも声をかけた。


「市之崎さんは、眠られないのですか?」


「・・・・この合宿、お前は以前参加したことがあるのか?」


「好奇心は猫をも、と言いますが?」


「生憎、好奇心旺盛過ぎて抑えられないタイプなものでね」


「一番初めに御顔が拝見できなくなるタイプですね」


「なんとでも。はぐらかすなら肯定と見受ける」


「他人の見解は人それぞれです」


「何故、(あずま)についてる?」


「さあ、何故でしょうね」


「まあ、だいたいの見当はつくが・・・」


「それは是非ともお聞かせ願いたいですね」


「言ったら不都合があるんじゃないのか?」


くすりと楓の小さな笑いが行哉に届いた。


「大丈夫ですよ。私があなたのところまで行くのに時間なんて無意味ですから」


黙った行哉は暫くして、おやすみ、と告げた。


「おやすみなさいませ」


すぐに楓の声が返ってきた。



到着した、と楓に起こされた月夜は大きく伸びをして、前の方の座席に座っていた生徒が立ち上がって下りていく様を見、自身も小さめの鞄を肩にかけた。


到着してバスを降りた早々、現場の教官らしき人物が声を張り上げた。バスの音が遠ざかっていく。


「全員、今から山を走り、山頂付近の神社で鈴をもらってこい。よーい、スタート!!」


今の開始の合図か!?とどよめいている二年を置いて、三年が走り始める。それを見て、遅れて走り出す二年。


「月夜様、早く行きますよ。最下位から数えて百までは、寝かせてもらえませんよ!!」


ぐいっと楓に腕を引かれた月夜はその力の強さに驚いた。


荷物をぐいっと無理矢理はがされた月夜は楓に言われた通りまっすぐ走る。荷物を置いてきただろう楓がすぐに追いつく。


「なあ、楓、こんなに呑気に走ってていいのか?」


「・・・最後まで早く走れていらるのに越したことはないです」


「あ、もしかして、オレに気使ってる?」


「いえ。このペースならば、中間辺りの順位は取れます。それに、私も無駄に体力を使いたくないですから」


「ああ、そう・・・」


走り続けていくと、坂が急になっていくのが分かる。途中、体力がなくなりつつある人たちを見た。


遅くなれば楓が教えてくれるのだから自分は得してるな、なんて月夜は思った。そういえば、透と雅史と行哉の姿が見えない。前の方で走っているのか、置いてきてしまったのか、分からないが、最下位から百の数に入っていないことを願った。


ようやく神社に着いて、立ち止まることなく神主さんのところに行くと、紅白の紐が付いた鈴をくれた。そして、頑張ってください、と言葉をくれた。それだけで、なんだか頑張れる気がした。


山を下りるというのは、上るより辛いかもしれない。なにより、足場に気を付けなければ、足をとられてしまいそうで、その上灯りといえば、道の端に立っている外灯と月光くらいだ。これが昼間ならだいぶ早く進めただろう。


ようやく最初の場所に戻ると、水と部屋の鍵を渡された。


「大丈夫ですか?」


「大丈夫」


汗を拭って、部屋へ向かう。楓と月夜の二人部屋だ。


「お風呂に入ってからの夕食になります。お風呂は先に入ってくださいませ」


「いや、楓が先に入れば・・・」


「いえ、そういうわけには」


「・・・んー。広かったら一緒に入るか」


「月夜様!?私などが御一緒するなどっ」


「そういうふうに言うなよ。みんなで温泉入れないからさー・・・」


言いながら風呂場のドアを開けると、その先には軽く十人は入れそうなほどの温泉があった。


「うわー・・・すごいな。これ、皆の部屋にもあるのかな」


「いえ・・・・ありません」


学校側が神官に失礼なことはできないと言っていたので楓もそれに乗っかって月夜と同じ部屋にと申し出たのだが、これは想定外だった。


「風呂広いから、一緒に入るの決定ー」


神官である月夜の提案なので無下にはできない。楓は恐縮しながら、風呂を御一緒させてもらった。


ホカホカする体を設置されていた扇風機で涼んでいると、楓が、ドライヤーを出して、失礼しますと月夜の髪を乾かし始めた。


「え、いいよ。楓。いつも自然乾燥だし」


「私がいる間はやらせていただきます」


別に嫌というわけでもないので、月夜はされるがままだった。


夕食の時間、指定された食堂に行くと、透と雅史と行哉がいたので、取り敢えずホッとした。


「最下位から百人はなんだか持久力の訓練やってるらしいよ」


雅史が気の毒そうに話した。


「今回は持久力と状況判断力だな」


仕方ないさ、と言う行哉の向かいに座った透は目の前に夕食に釘づけだ。食事開始の声が響くと、皆一斉に食べ始めた。すごい勢いで食べる透に苦笑した月夜は、詰まらせるなよ、と注意をして、コップに水を注いでおいた。学校での昼食のように皆で話し、食べ、ご馳走様と言う。なんだか皆とさらに仲良くなれた気がして、月夜は嬉しかった。


そういえば、雪水も真司も那智の出身だから、この合宿をやったのだろうかと月夜は考える。もしやったのならば、月夜と同じく楽しかったのだろうかと本人に聞くことのない質問の答えを頭の中で探す。


「月夜様。皆様のお部屋へ行かれるのですか?」


「ああ。呼ばれたからな。もちろん行く」


「御供いたします」


「ありがとう」


歯を磨いて、部屋を出る。透達のいる部屋へと入ると、月夜達の部屋の半分の広さだった。これが普通だと認識する。


「何して遊ぶ?」


「まずはカードゲームだな。ババ抜きやろーぜ」


「ポーカーだろ」


「なんでもいい」


「ポーカーだな」


「やった。月夜が賛成してくれた」


「あ、じゃあ楓は?」


「どれでも・・・」


「んじゃ、多数決でポーカー。オレのカード皆折るなよー」


了解、と皆で返事をしてポーカーをやり始める。その後にババ抜き。そのあとは行哉が提案した七並べ。その後、枕投げへ移行し、眠くなったところで月夜と楓は部屋に戻った。早々に布団へと潜り込む。


「おやすみ、楓」


「はい。おやすみなさませ、月夜様」


そうして、部屋の電気を消して、楓も眠りについた。



夢の中で誰かが月夜を呼ぶ。


果たして、誰だったか。声自体男か女かわからない。


いや、月夜を呼んでいるのではないのかもしれない。月夜や大樹が懐かしむ、あの子守唄なのかもしれない。


『つきよ・・・・つきよ・・・・』


聞いたことがある声に、月夜は周りを見回すも、暗闇で何も見えない。


『つきよ・・・・つきよ・・・・』


誰だったか、思い出そうと必死に頭を巡らせるも、たどり着かないもどかしさにいい加減腹が立ってくる。だから月夜は、誰だ?と問うた。


ピタリと声が止まり、静寂が訪れる。


トンと叩かれ、振り向こうとした瞬間、起きた。



目の前には楓の顔があった。


「大丈夫ですか?」


心配そうな顔で見てくる楓に、今何時?と月夜は聞いた。


「午前三時でございます」


「・・・起こしてくれてありがとう」


「いえ・・・・」


振り向いてはいけなかったと理解した瞬間鳥肌が立った。あそこで、目が覚めていなかったら、月夜のことを呼んでいた人物が分かっただろうか。だが、見てはいけないような気がした。


「・・・もう一度、寝る。時間になったら起こしてくれ」


「承知いたしました。おやすみなさませ」


目を閉じた月夜は、なんだか御印が熱くなるのを感じた。



朝、午前八時。訓練開始だ。初日のメニューは、基礎体力の向上のため走らされてばかりだった。さすがに疲れる。皆息切れしている中で、楓だけは息ひとつ乱れていなかった。


昼食時に集まって見た皆の顔は疲労が色濃く出ていた。


「楓はなんでそんなに涼しそうなんだよー」


タオルで汗を拭う透が疲れた声で言った。


「体力だけは、自信ありますよ」


ニッコリ笑顔で返した楓に雅史も行哉も苦笑いだ。


午後もみっちり基礎体力のメニューをやらされて夕食の時の皆の顔は酷いものだった。これでは、夕食の時間の後の自由時間は布団の中だろうと月夜はそれはそれで安堵した。透が、自由時間はまだトランプで遊ぼうぜ、と提案したが雅史と行哉に一刀両断された。


次の日の午前中も基礎体力だったが、午後は、川での訓練だったので月夜は見学だ。


川の流れに逆らって歩いて行くのだが、上流につれ、流れが早くなっていく。それでも、月夜には川の水が冷たそうで羨ましい。


「いーなー」


「ダメです」


「いーなー」


「ダメです」


「こうして休んでるより、動いてた方のがいいよなー」


「・・・・基礎体力でもやりますか?」


「んー・・・あ、刀出して訓練すれば?」


「人目についたらどうするんですか」


「だから、ここは、山だ。人目につかないところなんてたくさんあるだろ」


あんまりいい顔をしない楓に、訓練しなくちゃ、と月夜が言うと楓が仕方ないですね、と許してくれた。楓の案内のもと、人目のつかない川のあるところに来た。


「いいですよ」


神刀を出した月夜は一応、時代劇でよく見るような感じで刀を振ってみた。


「なんか、真司さんみたいに能力使えないかなー・・・」


「神刀の能力が開花するのには、それなりに引き金があるそうですよ」


「引き金、ね」


川の水を蹴るように足を振り上げる。水が舞って光を浴び、七色に光る。綺麗なものだ。月夜は暫く同じことをした。何度も水を蹴り、七色の光を見る。何度も何度も。


「月夜様?」


「うん・・・・。神官長や真司さんはそれほど衝撃的なことがあったってことだよね」


「詳しくはお聞きしておりませんが、幼少の頃にあったとか」


幼少の頃に何か。それは月夜にも少なからずあったはずだ。


月夜には幼い頃の記憶があまりない。なので親の顔を覚えていない。自分の親が何故いないかも知らない。肝心なことは全部大樹の両親が教えてくれた。月夜の親は仕事で遠い所にいて、帰ってこれないのだと。掃除も洗濯も料理も全部教わり、中学の時には自宅へと戻った。といっても隣だけれど。幼い頃の記憶が途切れ途切れになるほどのことが起きたはずなのだ。親に関わる何かが。


「見えない・・・・」


月夜が足を止めると、規則正しい川の流れに戻った。


「月夜様?」


記憶をさかのぼっても、思い出せない。なんだか、それが腹立たしくて神刀で川を斬る。月夜がいくらそんなことをしても川は何ともない顔で、流れていく。それが更に腹立たしくて、何度も斬る。無駄だと分かっているのに。何度も繰り返す。記憶が取り戻せない。それだけが月夜には許し難くて、そんな自分を斬れたらいいのに、なんて思ってやっていると、月夜様っ!!と後ろから鋭い声がかかった。ハッとして水を斬るのをやめる。


「月夜様・・・」


振り返ると、心配そうな顔をした楓が月夜に近づいてきた。


「大丈夫でございますか?」


「大・・・丈夫」


汗が顎先から垂れるのを見て、相当汗をかいているのだと、今気付いた。楓からタオルを受け取り、汗を拭い、川から上がる。




川から上がる月夜を見ながら、楓は体を震わせた。


月夜が川の水を神刀で何度も何度も斬りつけていると、月夜の肩を覆う御印がどんどん広がり始めたのだ。Tシャツなので背中の方は分からないが、腕へと広がる御印は見えた。止まることなく進む御印は月夜の首まで広がった。楓は言い知れぬ恐怖を覚え、月夜に声をかけたが気付いてもらえなかった。なので、強くはっきりと呼び、月夜を振り向かせたのだ。正直、ピタリと止まって振り向くまでの月夜が楓は怖くて仕方がなかった。けれど、振り向いた月夜の目を見た瞬間恐怖がなくなった。いつもの月夜であったからだ。意識はちゃんとしているか確認をして、汗を拭うようタオルを渡す。


御影という仕事をしてきて、今までで一番の恐怖だった。何度も、死にかけるようなことが訓練中にあったが、何ともない、ましてや自分の訓練ですらないところで一番の恐怖を味わうなど異常事態だ。


「月夜様・・・」


「ん?あ、悪い。ちょっと考え事してたら深みにハマっちゃって・・・」


てへへと笑う月夜は楓のよく知るいつもの月夜だ。


「先程・・・御印が・・・」


「御印がどうしたって?Tシャツ透けてる?」


この様子だと、気付いていないようだ。


「いえ、なんでもありません。大丈夫です。さ、早く皆様のところに戻りましょう。神刀をしまって下さい」


「はーい」


その後、楓は事細かく雪水に報告した。暫く黙った雪水は、楓に御影を続けるよう告げて電話を切った。




合宿の場とは違って、都は今日も平和だった。いつまでも変わりない生活は、時を忘れてしまいそうになる。


「楓から、電話あったんだって?」


自邸宅ではないのに馴れた様子で雪水の部屋の入口付近に胡坐をかいた真司は書類をこなす雪水を見つめた。


「月夜君の御印が、大きくなったそうだ。けど、我に返った瞬間もとの大きさまで戻ったらしい」


「・・・・雪、反応が薄いな。予想してたのか?」


「ああ・・・。・・・真司。御印が浮かんだ時のこと覚えてるか?」


「ああ。・・・忘れるわけないだろ」


「じゃあ、真司もいずれ分かるよ」


「なんだそれ・・・」


「今日のおやつはレモンタルトだって」


「雪っ。また話を逸らすのか」


憤った真司をジッと見つめていた雪水は、畳へと視線と落とした。


「真司。言わないんじゃなくて、言えないんだ」


まるで怒られているようにうなだれている雪水に気付いた真司は慌てて、分かった、気付かなかったオレが悪かったからっ、と焦って言った。それに雪水はぷくくと笑ってしまう。


「真司。もっと物事を良く考えないといけないよ。子供の頃から言われてたじゃないか」


「うっせーなー。分かってるよ・・・」


雪水が浮かべる笑顔も、子供のように拗ねた顔をした真司も、昔を思い出せば忽ち笑顔が消えた。


「大丈夫だ、雪」


「それこそ、分かってるよ、真司」


重い空気を振り払うように真司が、レモンタルト、オレも食べる、と言った。それに、じゃあ使用人に言わなくちゃね、と答えた。














なんだか、足早です。

会話文が多いのは、文章の方が拙いんだな、と自分で思います。


雪水と真司の幼い頃の話を書けたらいいなと思います。

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