月は静かに夢を見る
学校編突入でっす(/・ω・)/イエイ
部屋に案内された月夜はそこに荷物を置いて、引き続き楓に屋敷の中を案内してもらった。
見れば見るほど豪奢で広い。庭でさえ完璧な手入れだ。今更、庭に手をかけてこなかったことに胸が痛む月夜は楓に、庭に出れるのか聞いた。もちろん出れるとのことだ。今度時間が空いたら庭の手入れの仕方でも教えてもらおうと思った。
一通り屋敷の案内を受けたものの、あまり覚えていない。というのも、似ている部屋が多すぎる。分からないところがあるか、と聞いた楓も苦笑いだ。
「御影はいついかなる時も主の声の届くところにおります故、困った時はお呼び下さい」
「いついかなる時って・・・トイレも風呂も?」
「声の届くところにおります」
「ああ・・・そう・・・」
「配慮はいたしますので、安心して下さい」
「楓はオレと同じ年だよな?」
「はい」
「敬語やめね?」
「生憎と、私はこれが普通の話し方なのでございます」
「そっか。じゃあ、いいや」
無理に敬語ではない話し方をさせるのも気が引けるので、月夜はそれ以上なにも言わなかった。
「では、何かあったらお呼び下さい」
頭を下げた楓はサッといなくなった。追いかけっこでもしたら絶対に捕まえられないだろう。
取り敢えず、部屋に入って荷解きだ。ここが今日から世話になる部屋、と改めて見回すと部屋に綺麗さに少々息が詰まる。これもいつか馴れるだろうと月夜が荷解きしていると、庭から真司がやってきた。
「疲れた顔してるな」
「まあ・・・。広いですね、ここ」
「まあな。なにせ神官長の御屋敷だからな」
なんだか嬉しそうに言う真司の背中越しに黒い影が見えた。なんだろう?と月夜が目を凝らすと、どうやら人のようだ。近づいてくるごとに明確になる人影。真司になにも伝えないでいると、遠くからやってきた少年は真司の背中にタックルするように突っ込んだ。おかげで真司が廊下に伸びた。
「ってーなー・・・夢人!!何しに来やがった・・・」
真司の背中に引っ付いたままの少年は嬉しそうに笑って、真司に抱き付いた。
「だって、真兄しゅっちょーから帰ってきたんでしょー。あそぼーと思ったらいつまでたっても帰って来ないんだもん」
「はいはい。分かったから降りろ」
夢人を背中から無理矢理降ろした真司は廊下に座る。その横に夢人を座らせる。
「月夜、弟の夢人だ」
「はじめまして。坪岡 夢人です」
ぺこりと頭を下げられたので、月夜も頭を下げる。
「はじめまして。東 月夜です。・・・・お兄さんと違って礼儀正しいね。君は」
「なっ!!月夜!!」
「だってそうじゃないですか。挨拶もなしにいきなり服脱がせようとしてきたんですから」
「いや・・・まあ・・・。あの時は・・・」
どう言い訳しても事実は事実だ。否定できない真司は溜息をついて夢人の頭を撫でた。そのことに嬉しそうに笑みを浮かべる夢人を見ていた月夜は、自分にも兄弟がいたらこんなふうに仲が良いのだろうか、なんて今まで考えもしなかったことを考えた。時間と余裕があるからだろうか、今日はそんなことが多い。
「帰って来ないって・・・、真司さんはここに住んでいないんですか?」
「オレは隣の屋敷」
そりゃ、こんなに敷地が広い家が何件も並ぶ地区だ。隣や向かいでなければ幼馴染みになり得ないだろう。
「ああ・・・。そうですか」
いそいそと荷解きをして十分。完了した。
「夢人。屋敷に戻ってろ」
えー!!と駄々を捏ねて真司に抱き付く夢人に、真司は懐からひとつ包みを取り出し、夢人に渡した。
「それ、できたら、今日一緒に寝てやる」
「本当!!頑張る!!」
打って変わって意気揚々と屋敷に戻っていく夢人の背中を見ながら、月夜は真司に、何を渡したんですか?と問うた。
「砂糖の星」
なにそれ?と顔に出した月夜に、真司は笑って、コンペイトウだよ、といった。
「コンペイトウで何するんですか?」
「勉強頑張るって言ってるから、コンペイトウを色が違うごとに分けて全部足すんだよ。簡単な計算だろろ?」
「そうですね・・・」
その締まりのない真司の顔から顔を逸らして答えた月夜に、真司は更に夢人の話を続けた。暫くして、飽きれたような顔をした楓が昼食の時間だと真司の話を強制終了させてくれた。
で、食事をする部屋に案内されたのだが、雪水もそこにいた。真司は自邸宅に戻った。
向かい合う形だからか作法やらなにやらと頭の中にあるありったけの知識を展開させるが、それがバレバレだったらしく、雪水はニコリ笑って、普通に食べて大丈夫だから、といったが一般人として育ってきた月夜が帝の血筋を引く者を前にして、普通に食事をするというのも無理な話だ。一応はいと返事をするが、雪水よりも茶碗に手をつけることはしない。その空気が伝わったのか、雪水は早々と食事を開始した。
「月夜君の一族の誰かが帝と親戚だったりするのかな?」
「いえ、聞いたこともありません」
「そう・・・」
それ以外にもいろいろ聞かれて、答えることが続き、食事もいつの間にか食べ終えてしまった。緊張して喉を通らないということもなかった。
「・・・あの。神官長は・・・帝とは近い存在なんですか?」
あまりにも突っ込んだ質問だということは分かっていたが、知りたかった。
「うん?・・・うーん・・・。私は、帝が若い頃に監視の目を潜り抜けて住民地区に潜り込んだ際一目惚れした女性との間にできた子供だから・・・。でも、帝は何人も妾がいたし、帝の継承順も私はだいぶ後だから、身分は低くとも一応は皇族の一員だから最低限の施しはしてやるっていう存在?まあ、そんな扱いをしてくるのは帝の左右にいる大臣達で帝自身は私のことを普通に息子としてみてくれているよ」
予想外に複雑だった。話を聞いている途中で申し訳ない気持ちでいっぱいだったのだが、自然と後悔はしていなかった。
雪水は、帝の息子。継承順は遅かれど、絶対の事実。
「ああ・・・だからって、距離を置いて欲しくはないんだ。屋敷から出たことがあんまりなくてね。友人という友人も真司以外にいなくてね。神官の皆に会えるのも実は嬉しいんだ」
はにかむような表情に、月夜の頬がポッと赤く染まった。
帝の顔を一度も見たことない月夜には雪水が母親似なのか父親似なのか分からないが、相当な美人であるとは理解できる。
「どうか、私と仲良くなってはくれないかな?」
面と向かって言われると無性に恥ずかしくなる。
「・・・・はい。よろこんで」
もう、目を合わせられない月夜は空になった茶碗を見つめた。
部屋を出ると、入れ替わりに真司が部屋に入っていった。月夜はそのことに構わずに、自室へと戻る。
「雪」
「真司。どうしたのかな?」
「お前はこっ恥ずかしい奴だな」
「私が何かしたかな?」
「面と向かって仲良くして下さい、なんて言うのはお前しかいないだろう」
「どうして言ってはいけないんだ?」
「普通の人には羞恥心ってものがあるんだよ」
「仲良くなるのにどうして羞恥心が出てくるのかな?」
そう言われると、真司はなにも言えなくなる。まったく、普通を知らないのはたまに面倒だ。
「・・・・。まあいい。雪、月夜の件・・・」
話し出そうとした真司を軽く睨んだ雪水は、部屋を変えよう、と一言告げて部屋を出た。その後を真司がついて行く。
雪水の部屋に入ると、真司は部屋に誰か近づかないよう自身の御影を見張りに出した。
「で、月夜はなんだって?」
「なにも聞いていないそうだよ。帝の血族以外の血筋から神官が出るなんて初めてのことだから徹底的に調べたはずなんだけど。しかも、未成年でその力を手にするなんて・・・」
「二日経っても月夜の血族からは帝に関連することが出てこない。見落とすはずもないから、不思議だ」
「本当、何が起きてるのかな。もう住民全員が帝の血族なんじゃないかと思えてくるよ」
「そんなことだったら、もっと前から住民から神官が出ているだろう。雪、このことに関して手を引け」
「なんで?」
「根を詰めすぎだ」
「・・・・うん。それは分かってるけど、手を引くわけにはいかないよ」
だから、と焦りにも似たような声を出した真司だが、雪水の目を見て、黙った。絶対に引かないという意志が見えたからだ。こうなったらもう何を言っても聞かないことを知っているので、諦めるしかない。
「何故だ?」
「なんでだろうね」
せめて理由だけでもと思ったが、すぐに返ってきた言葉でよくわかった。伊達に幼馴染みをやっているわけではない。人には秘密にしておかなくちゃいけないことがある。それは、立場故、個人故、人間故とそれぞれだ。今、雪水が真司に示している態度は立場故、口を閉じよ、ということだった。
「・・・・月夜はオレが」
「うん。頼んだよ。ああ、月夜君の口から雫の言葉が出たらその会話、一文字も間違わないで覚えてきてくれるかな?」
「・・・わかった」
どうせここで理由を聞いても何も教えてくれないだろうから、真司は頷き、雪水の部屋から出た。
平日に、何もしていないというのは、罪悪感が募る。
「楓」
音もなく、月夜の隣に現れた楓は、なんでしょうか?と聞いた。
「この屋敷、弓道場ないの?」
些か無理な質問かと思ったら、ありますよ、と返ってきた。家の敷地内に弓道場があるところがあるなんて驚きだ。月夜は絶句してしまった。
「月夜様?」
「案内して」
使うとは思っていなかったが、一応一式持ってきておいて良かったと思った月夜は弓道場までの道のりを覚えるべく、密かに気合を入れた。
楓の後について行く。見事な庭園を眺めながら、進んだ先に、ひっそりと弓道場があった。
「雪水様が幼少の頃、弓に夢中になっていた時期があり、その際創立されたそうです。今は使われておりませんが、使用人が丁寧に掃除をされていますので、綺麗になっております」
弓道所に踏み入れると、木の香りが鼻をくすぐった。建物の綺麗さや頑丈さを確かめていると、弓道がやりたくてムズムズしてきた。やはり毎日欠かさず練習してきたからだろうか、落ち着かない。
「楓!!弓道やるから!!」
突然体を翻して走り出す月夜の後を楓がついて行く。部屋に着くと早々と着替え、弓と矢を持って再び弓道場へと向かう。
正面を開けて、空気を取り込むとより一層神聖な感じがした。
遠く離れた場所に的を置き、体を解して、乱れた息を整えた。集中する。弓の弦が張り詰めた感じがするのを確かに感じる。自分の鼓動だけが聞こえ、そのリズムで、的の中央のやや上を狙う。いつもの感じがした。中央を盗る確信。自分のベストなタイミングで矢を放った。
タンッと心地良い音が耳に届いた。見事、ど真ん中。それを見た瞬間、胸の中がふわっと明るくなった。
「よしっ」
滅多に言わないことを口からもらしていた。いつ以来だろうか。こうも簡単に口から言葉がもれたのは。
振り返るとそこには大樹がいなかった。いるはずもない。ここは中央なのだから。それでも何故だろう。大樹の気配が消えなかった。
集中している月夜の邪魔をしないように、気配を消しながら遠くから見守っていると、隣に真司の御影が降り立ち、楓に耳打ちをした。
「・・・了解した」
真司の御影と共に楓は真司のもとへ向かった。
「失礼いたします。お呼びでしょうか」
「楓。神官長からの伝言だ。月夜が『雫』という言葉を口にしたらその会話を一文字も間違わずに覚え、神官長に報告してくれ。オレが月夜と一緒にいるには限界があるからな」
「御意」
さっさと真司のもとを去り、弓道場にいる月夜のもとへ戻った。楓は、真司のことが気に入らなかった。この世に生を授かり、御影の一族として神官を敬い、その神官の頂点に立つ御方・雪水に仕えることになった時は周りを驚かせるくらいに喜んだものだ。それなのに、真司は当たり前のように雪水の傍にいて、敬意も払わずに雪水に言いたい放題言っている。楓はその態度に不満を持った。何回か、真司に雪水の傍を離れさせようと試したが、それを難無くすり抜けてしまうのが更に腹立たしい。いやしかし、幼馴染みなのだから、あれだけ仲が良いのも納得してまうのも腹立たしい。真司に対して言いたいことは山ほどあるが、相手は一応神官だ。敬意を払う対象に入っているのだから楓も容易には手出しができない。それを踏まえて、今回は神官長の命令だということを先に言って、任務の受け入れを容易くさせたのだろう。私情と仕事は別だと、改めされた気がして、なんだか嫌だった。
「どうした?楓」
聞こえたのは月夜の声だった。ここまで接近されたのに、思考に耽って気付かないとは、御影の一生の恥である。
「もう、いいのでございますか?」
「ああ、うん。十分。毎朝あそこに行って練習しようと思う」
「さようでございますか」
部屋に戻る月夜の背中を見ながら、何故か、血に染まる仲間の姿が透けて見えた気がした。あまりにもリアルで楓は粟立った肌を無意識にさすっていた。
道着から私服に着替えた月夜はまだ覚えきれていない屋敷を散策するべく、廊下を歩いていると、なにやら考え事をした真司を見つけた。
「あ、真司さん」
「ああ、なんだ月夜」
「そういえば、ずっと聞きたかったんですが、オレが神官になったあの日、倒れてた人たちはどうなりました?」
今でも鮮明によみがえるあの風景が月夜の頭の中にずっと焼き付いていた。
「ああ、部下に処理させた。女性は腹を刺されてたけど、すぐ病院に連れていって、無事だそうだ。男の方も同じく」
「そっかあ、良かった」
自分の置かれた状況も分かっていないのに、呑気なものだ、と思っていると、月夜がこちらを向いた。
「なにか、悩み事ですか?」
「いや、たいしたことじゃないから大丈夫だ」
そうですか、と後残りなく引き下がって、手を振って去る月夜の背中を眺める。緊張感はまだ抜け切れていないが、堂々とした歩き方からして、もうだいぶ慣れたと思っていいだろう。現場の空気にすぐに慣れるタイプだ、と真司は安心する。
『つきよ・・・』
鼻歌まじりに機嫌よく廊下を歩いていると、呼ばれた気がして月夜は振り返る。そこには楓がいるだけだ。
「さっき呼んだ?」
「いえ、御呼びしておりません」
空耳か、と月夜が再び歩き出す。鼻歌を聞く楓は、何の歌ですか?と聞いた。
「うん?『月よ雫のあとに』って歌」
「・・・・聞いたことがないです」
「うーん。オレもあんまり覚えてないなー。サビの部分しか。幼い頃母さんに子守唄としてよく聞かされてた。ああ、そうそう、大樹とはちっさい頃一緒に歌ってたなー」
「大樹?」
「オレの幼馴染み」
「へえ」
「楓には幼馴染みいないのか?」
「いえ。います。同じく御影の仕事をしています」
「そっかー」
再び鼻歌を歌いながら歩き出した月夜の後を楓がついて行く。あとで雪水のところに報告しに行かなくてはと思いながら。
翌日。早朝。道着に着替えた月夜は道場に向かった。いつもの学校での朝練と同じように作業し、練習する。いつも通りの朝だ、と心地よい一日の迎えをすることができた。こんな朝早くとも、楓の気配がしっかりとするので、悪いなあ、なんて思ったりするけれど、矢を放つ瞬間の感覚を思い出すと居ても立っても居られなかった。
練習を終えて一度部屋に戻り、シャワーを浴びに浴場まで行く。シャワーを浴びて部屋にまた戻ってくると、楓が制服を差し出してきた。
「朝食後、これに着替えてください」
全体的に黒い制服だから、学ランを思い出させる。けれどこれはブレザーだ。袖の裾に入っている銀色のラインがやけに神々しい。
「分かった」
「朝食の支度ができております。部屋で雪水様がお待ちしております」
それを聞いた瞬間、月夜は早々と食事を摂る部屋へと向かった。障子を開け、雪水におはようございますと挨拶をした。
「おはよう。よく眠れたかな?」
「はい」
「それじゃあ、朝食をいただく前にさっそく」
スッと雪水は桐箱を出した。その中にはたくさんの鉢巻があった。
「神官の印だよ。好きな色を選ぶといい」
好きな色と言われたので、青に近い色の鉢巻を手に取ると、嬉しいなあ、と雪水が呟いた。
「え?」
「ふふ。私と同じ色の鉢巻」
「そうなんですか・・・・おそろいですね」
「うん。真司はどうしても紫がいいって言うし、他の神官も皆違う色を選ぶから・・・」
「そうなんですか・・・」
「よし。じゃあ、それ。肌身離さず持つように。さて、朝食を摂ろうか」
「はい」
朝食を終えた月夜は部屋に戻って、新しい制服に腕を通した。しっかりとワイシャツの上から腕に鉢巻を巻き付け、ブレザーを羽織る。サイズはぴったりで、鏡で見てもいくらか様になっているので、一人だけ浮くということはないだろう。
「これで大丈夫か?」
「はい。よくお似合いです」
昨日とは違い、制服を纏っている楓はしっくりくる。年相応だ。
「んじゃ、行こうか」
「はい。案内いたします」
屋敷の玄関に二人が来ると、雪水が立っていた。
「うん。よく似合っているね」
「ありがとうございます」
「勉強、頑張ってくるんだよ」
「はいっ」
なんだか、母さんみたいだ、とつい思ってしまった月夜は一人気まずくて視線を逸らす。
「楓、よろしく頼むよ」
「お任せ下さい」
大きく頷いた楓は、月夜と一緒に、行ってきますと雪水に告げた。
屋敷を出て、門を出る。道には行き交う使用人の姿があった。肝心の主が見えない。
「使用人ばっかりだな」
「はい。移動には通常車を使います。今日は特別ということで、歩きです。明日からは車ですよ」
体が鈍ることを考えた月夜に、楓は笑って、車は皇居地区の入り口までですと言った。
「月夜様の身分は雪水様の遠縁ということになっております。皇居地区で暮らしていることは内密にお願いいたします。神刀の方は使用してならないと真司様から聞いていると御聞きしたのですが?」
「ああ、聞いた。神官であることも隠すんだろう?」
頷いた楓は、他に耳にっしておきたいことはありませんか?と月夜に聞くが、ない、と返ってきた。
「行き当たりバッタリなのが普通だろう?」
そうしなければ、いつも通りの生活ではないと勝手に意識してしまうのを月夜は恐れた。いつも通りは、神官になる前のこと。だから、いつも通りなら神官であることを少しの間忘れられる。
那智学園が近づくにつれ、その学園敷地は広大だということが分かる。建物も大きく立派である。すげー・・・とついつい口出てしまうほどにどれも豪奢だ。
「月夜様、見学は休み時間です。早く職員室に行きますよ」
「はいはい」
職員室に案内された月夜は先生方の異様な雰囲気に首を傾げた。
「ああ、先生方は月夜様の本当の立場をご理解しておりますので」
「そうなんだ・・・」
立ち上がって、月夜に挨拶してきてくれたのは、担任になる先生だった。
「よろしくお願いします」
深々と頭を下げると、先生も畏まって頭を下げた。なんだかへんな感じだ・・・と月夜はもやもやする何かを胸の奥に閉じ込めた。
楓は先に教室に向かい、朝のホームルームの時間に担任と連れ添って、教室まで来た。
「東 月夜です。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げると、普通に拍手が帰ってきた。指定された席は楓の隣で、窓側だ。日差しが暖かくて眠ってしまいそうだ。先生がいなくなると、教室は一気に騒がしくなる。さっそく月夜の机を生徒達が囲んだ。
「オレ、寿 透。東君はどこから来たんだ?」
前の席の男子生徒が振り向いて聞いてきた。
「東でいいよ。都の端。空が広く見えて星が綺麗だよ」
「勉強のことなら、行哉に聞くといーぜ。ああ、市之崎行哉な」
透が自分の前の席を指差した。行哉もまた月夜の方に体を向けていた。
「そーそー。頭すんげーいいの。あと、情報のことならオレに聞け。たくさん仕入れてるからよっ」
そういって、ドンと胸を叩いたのは、楓の前の席にいた金里 雅史だ。
女子は女子で、趣味とか誕生日とかいろいろ聞かれた。
チャイムが聞こえると、皆一斉に散って行った。好奇心旺盛なやつらばかりだったので、結構疲れた。楓は口を出さず、ただ隣で見守っていたので、先程話してたやつらは信頼における奴らなのだろうと月夜は勝手にそう思った。信頼におけるとしても、神官のことは絶対に話さないが。
昼休みのチャイムが鳴ると同時に月夜は顔を机に付けた。
「大丈夫ですか?」
「無理。勉強わかんねー」
一般の高校と比べものにならないくらい進んでいて、難しかった。
「大丈夫。オレも分かんないから」
グッと親指を立てて満面な笑みを浮かべるのは透だ。
「取り敢えず、早く食堂行こうぜ。席取られちゃうぞー」
ポカッと透の頭を叩いた雅史が言う。
クスクスと笑う行哉が、行っちゃうぞーと言ったので月夜は慌てて立ち上がった。
「この学校って、食堂なんだっけ」
「はい。食堂利用費は家の方から直接一定料金払われるのでどれをいくら食べてもいい、定食式バイキングみたいなものです」
「へえー」
楓の説明を聞きながら月夜達が食堂に行くと既にたくさんの生徒で溢れ返っていた。取り敢えず、並んで座る席を探していると、透が月夜の方を叩いた。
「席の方なら、オレらの特攻隊長が取ってくれてるから大丈夫だっ」
特攻隊長?と首を傾げる月夜の背中を楓が押した。月夜の前がだいぶ空いていたからだ。
無事、唐揚げ定食を頼んで、席を案内してくれる透の後についていくと、向かい合って六人座れるテーブルに行哉がのけぞっていた。
「遅い。先に食べようかと思った」
「特攻隊長って行哉のこと?」
「そうそう。学年トップの成績の者はそれなりに優遇されてだなー・・・」
話が長くなりそうだと見切ったのか、行哉がいただきますと食べ始めた。
「おい、待て待てっ。一緒に食べるっ」
月夜達よりも先にいた雅史も笑っていただきますと食べ始めた。
かなりいいスタートが切れたな、なんて思っていたら昼食を食べ終えた頃だった。食堂がざわついた。なんだ?と一段とざわついている方へ視線を向けると、同じ方向を見ていた雅史が、あーあー、と嫌そうな声を出した。
「なにあれ?」
ざわつきの中心にいたのは五人だ。制服の襟の色が違うため、同じ学年ではないと分かる。
「未神官。神官は一年に一人は出てるらしい。んで、未神官は次神官になり得る人達の集まり、みたいな?各学年に一人ずつ必ずいるんだけど、あの五人は今の帝の孫に当たる奴ら。地位も高いから皆何も言わない。何言っても無駄ってとこだな。できれば関わりたくないなー」
雅史が説明している間にも、その、未神官の集まりが月夜達のいるテーブルに向かってくる。
「東月夜はここか」
先程まで騒がしかった食堂が嘘のようにシンと静まり返った。皆未神官が発する次の言葉に耳を傾けているのだろう。
「オレに何か用ですか?」
月夜が答えると、月夜を訪ねた先頭の、見事に綺麗な漆黒の髪と瞳を持った整った顔立ちの未神官がジロジロと見た。後ろにいた未神官達もまた月夜を見る。
「雪水様の遠縁と聞いた」
「はい」
「だが、オレが神官になる。篠原 光明だ。よく覚えとけ」
ふんっと鼻を鳴らして去って行く光明の後に続いていた未神官の方たちは未だ動かない。
「ほな、悪いなぁ。喧嘩売るよーで。アイツはアイツなりに君のこと気にしとんのや。大目に見てやってくれへんか」
「あ、はあ・・・」
「行くでー。皆さんの食事の邪魔しちゃあかんで。あ、そうそう。忘れてた。オレの名前は佐々木 道重や。よろしゅう。ほな、またな」
道重に続いて未神官は去って行った。
「なんだあれ・・・・」
「挨拶ですよ。雪水様の遠縁だということを聞いて興味を示して見に来てくださってくれたのでしょう」
月夜の答えに楓が律儀に答えてくれた。
先程から月夜に注がれる視線が痛い。月夜が周りを見回すと、皆は目を背ける。
「・・・はあ・・・」
前途多難なんて文字が頭に浮かぶ月夜だった。
※作中に出てくる歌のタイトルは僕が勝手に作ったものです
ってゆーことを書いてみるww
雨音が大好きです( *´艸`)