白に囚われる
いつから「ここ」にいるんだろう?
気付いた時には「ここ」にいた。
白い床、白い壁、白い天井。
壁に掛けられた絵画も、装飾品も全て白。
窓から見える景色も白い。
俺は日がな一日中、真っ白な世界で白いベンチに座って窓の外をぼんやり眺めていた。
ここには出口がない。
窓から出ようと、何度か試みた事もある。
サッシにくっついたように、ガラス戸はピクリとも動かない。
ガタガタ揺すろうにも全く動かない。
白い椅子を持ち上げて、叩きつけた時は流石にヒビが入り、ガラスがそこら中に飛び散ったものの、瞬きする間に巻き戻した映像を見るかのように、叩きつける前の状態に戻ってしまった。
思い切って飛び込んだ時は、ガラスがグニャリと歪んで俺を床に吐き出した。
どうにもならない。
今では諦めてぼんやりしている。
ある日、どこからか馨しい香りが漂ってきた。
酷く甘くてクラクラする香りが鼻腔を撫でてくる。
辺りを見回すと、小さなテーブルの上に花が一輪。
白いテーブル、白い花瓶。
そして、みずみずしい華。
にゅうと伸びた茎は、緑。
天を向いて開く花弁は、薄桃色。
そこから放たれる何とも言えない香り。
部屋中に漂う香りを肺いっぱい吸い込んで、俺は立ち上がった。
あれは俺の華だ。
今まで座っていた馴染みのベンチから華に向かって歩き出す。
どんどん強くなる香りに胸がいっぱいになる。
花瓶から華を抜き取ると、その先に今まで無かった扉が出現した。
扉に近付くと自然と開く。
俺はそこに飛び込んだ。
真っ白な部屋から出た世界は、満天の星が空にも地面にも輝く世界。
ふと気が付けば、華は香るのを止めて自ら発光していた。
そんな華を持つ人達があちらこちらから歩いて来る。
年寄り、小さな子ども、若者もいる。
男も女も。
ああ、そうだ。
俺は事故に遭ったんだ。
雨でスリップして乗っていたバイクごと対向車線にはみ出して……
ここは死後の世界か。
こんな世界なら悪くない。