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最終. ヒロと志保と和美




 ヒロは体中の痛みと戦っていました。幸い飛び込んだところは深く、岩がなかったのですが、体中の傷に塩水がしみます。水温はまだ低く動かすたびに関節を痛めつけます。海水は狭い耳にも容赦なく入り込み、鼓膜を鳴らし続けます。


 日も昇り始め、気温も上がり始め、水温との差が風を起こします。その風が波を作り、ヒロをこね回します。


 ヒロはどっちが上か分からなくなっていました。ただ、暗い方向が下か崖であることは間違いないです。


『息が持つか?』


 ヒロはそのくらい方に向かって何とかもがき進みます。実際は波に遊ばれていただけかも知れません。


 大きく、岩に叩きつけられ、また同じところへ戻されるという振り子運動が数回行われた後のことです。


『なんだ?』


 また叩きつけられるかと覚悟した時、まるで別の空間に瞬間移動したかのように静かなところへきました。


『少し明るい……上か……』


 息はもう少し。空間は狭く上に続いています。慌てずにゆっくり上昇します。水面の上はいくつかのスポットライトが当たっているように見えます。


『そうか、岩場の裏側が下から浸食されているんだ』


 ヒロは冷静です。おかげで息がぎりぎり持ちそうです。


「ふあ」


 ヒロが水面に顔を出し、大きく空気の交換です。そこは、おそらく海側の壁に数カ所の細かい隙間があり、中を優しく明るくしています。高さ1mぐらいで畳一枚無いぐらいの小さい空間です。


「ヒロちゃん……」


 ヒロはその声のする反対側をゆっくり振り返ります。


 そう、そこには、うつ伏せなり頭を傾け腕を枕にしてこちらを微笑んで見ている志保が目の前にいました。両足は少し変な角度に曲がっています……。


「よう、志保……探したぞ」


「えへへ、また迷子になっちゃってた」


 そう照れ笑いする志保は顔色はよくなく、細かい傷だらけです。唇も真っ青です。


 お互い普通に久々に出会ったような表情を少しした後、ヒロはゆっくり顔を志保に近づけます。


「志保」


「ヒロちゃん」


 お互いの唇は氷のように冷たく、そして柔らかく……。




    *




 その後、ヒロと志保は、和美が呼んでくれたレスキュー隊により、岩場の上から穴をあけるという大がかりな作業で救出されました。もちろんその日のトップニュースです。そして、もちろん二人とも病院へ直行です。


 ヒロは全身細かい裂傷、低体温症、左腕に軽度な亀裂骨折に、全身の筋肉痛です。


 最後の行方不明者だった志保は、やはり全身細かい裂傷、全身打撲、両足の骨折、重度の低体温症。発見がもう半日遅かったら、と、医師には言われましたが……。


「実際、冬の海に落ちて丸一日、普通だめでしょ」


 見舞いに来ている和美は正直思っていたことをはっきり言いました。


「そうかもねー」


 両足を固定されて寝返りも大変な志保は横になったまま他人事のように答えます。まだまだ顔にも細かい傷がついています。


「ねえ、和美、この顔の傷、消えるかなー」


 志保は小さい手鏡で自分の顔を覗き込んでいます。


「大丈夫よ、志保はまだまだお肉の代謝、いいんだから」


「えー、それどういう意味?」


「それに、それくらい気にしないんでしょ、ヒロ君は」


「え? どういうこと?」


 志保はニコニコして答えます。和美は不敵な笑みを浮かべます。


「なんかごまかしてばっかりね。……なにかあったでしょ?」


「なにが?」


 すっとぼけ続ける志保に、ちょっと『かまかけ』でしょうか。


「……知っている? ヒロ君って、私のこと好きだったのよ」


「知ってるよー」


 表情変わらず志保はニコニコして答えます。


「あらま、そう来ましたか」


「えへ」


「じゃ、私もがんばろうかしら」


「えっ……、えーーーーっ!」


   コンコン


 病室の入り口付近の壁を叩く音と共に現れたのはヒロです。ヒロもまた、上の階に入院中です。志保はおどろたままの表情です。


「志保、どうした? ……あ、和美さんも。こんにちわ」


 ヒロの両手は包帯グルグルです。ズボンで見えませんが、足も膝から下はグルグルらしいです。


「あら、お邪魔だったかしら。それにしても、見事なミイラ男ね、ヒロ君」


「まあ、しょうがないさ。親や先生に、すげー怒られたしな」


「私にも、でしょ」


「はい、ごめんなさい。でも、反省はしません。なんどでもやりますよ」


 ヒロは胸を張って言います。




 病室の窓には桜の花びらが数枚くっついています。昨日の風と雨のせいでしょうか。少し散ってしまっていますが、病院の中庭の大きな桜の周りには多くの患者とお見舞いの方々が集まっていました。




☆おわりなの☆





 最後まで読んでいただきありがとうございました。


 二人の会話のシーンが多く、「脚本」みたいになりました(しました)。登場人物も極力控えました(登場人物が多いとそれだけ長くなる……)。


 その分二人の心理の移り変わりが重要になっていきましたが、うまく表現できたか心配です。


 結果、和美の出番は最初のプロットからだいぶ縮小しちゃいました。中山先生の出番も……。


 人物、事件や現場のモデルはありません。フィクションです。劇中とはいえ、人が亡くなったことを書いたのは初めてです。ご冥福をお祈りいたします。


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