3. 半透明の告白
「志保」
【なに?】
二人は同じロングソファーに両端に座っています。二人とも座って正面を見てニュースの流れるTVのほうを見ています。志保のニュースではないためか、二人共注視はしていないようです。
志保とヒロのテンションは少しずれがありました。
志保はさっきまでのような笑顔はありませんが、吹っ切れたような面持ちです。過ぎたことクヨクヨしない、そんな性格が現れています。
対して、ヒロはどうしてやればいいのか、そして、なぜ、俺なのか、と言う疑問と、何ができるのかと言う不安が圧し掛かっています。そしてまだ夢であって欲しいと言う思いがあります。
「よし……なあ、とりあえず、率直に聞いてみるぞ」
ヒロは、いろいろ考えた後、……いえ、考えながら、TVのほうをボーっと見ながら言いました。
【うん】
志保は、同じようにTVのほうをボーっと見ながら答えます。
「なにがしたかった?」
【あら、直球。そうねぇ……いろいろあるけど……、阿部先輩とお話したかった、かなー】
「……ほんと?」
ヒロは志保の方に向きをを変え座り直します。
【えー、ほんとだよ。かっこいいし、噂では優しいらしいし】
志保はヒロの方に向きを変え座り直します。
「それが『未練』なのか……?! 困ったな……俺、面識無いんだよな、阿部先輩と」
ちょっと困惑するヒロです。それを見て、志保は考えます。
【あれれ? じゃあ『それ』じゃないのかな?!】
「なんで?」
【だって、 阿部先輩を知らないヒロちゃんにしか見えない状態で現れても、しょうがないもん】
「な」
【人見知りあるもんね、ヒロちゃん】
「ぐ」
理解してもらえてうれしいところですが、逆にちょっと馬鹿にされているような、そんな気分になったヒロです。
志保は『阿部先輩』以外に『TDL行きたかった』『コンサート行きたかった』『TDQやりたかった』『超大盛りに挑戦したかった』『歌ってみた、やってみたかった』など、いろいろ出てきます。
ヒロも最初のうちは一つずつ真剣に対応を考えていましたが……。
「ちょ、ちょっとまて。やっぱりなんか俺には関係ないモノが多々あるぞ」
【だって、未練って、やりたかった事でしょう?】
「まあ、そうだけど……あ、行動以外にもあるじゃないか」
【なに?】
「えーっと、て、定番の理由があるじゃないか……それなのかな、と」
ヒロが言いにくそうに、恥ずかしそうに述べます。
【ん? ……えっと、それは?】
「ほれ、何だ、俺の勘違い、うぬぼれかも知れないけど……」
ヒロはものすごく恥ずかしそうに、髪の毛を掻きながら、ゴニョゴニョ言いました。その態度に志保は『ピン』と来ました。
【あ! えっと、やだなー、なに言っているのーもー】
志保は照れ隠しなのか、思いっきり笑っているよう様な表情で、ヒロの背中あたりをバンバン叩くような動きをします。実際には触れません。
「や、やっぱり違うのか?」
ヒロは恥ずかしそうにいます。志保は、急に無表情になります。
【だめ! ヤダ! 言いたくない!】
その言い方にヒロが気が付きます。
「『言いたくない』? なにを? なんで?」
ちょっと喧嘩腰です。志保は口を真一文字に結びます。
「志保?」
今度はやさしく言います。
志保は少し下を向きます。表情は変わりません。そしておもむろに立ち上がり、リビングの扉に向かいます。
「どうした?」
【トイレ】
短く強く言います。
「あ、はい」
志保はリビングの扉をすり抜けて行きました。ヒロはちょっと緊張が解けました。
『ふう。むつかしいなぁ』
待っている間も、ヒロはいろいろ、どうやったら志保の未練を見つけられるのか、考えています。
『まてよ。思いを意図的に隠している?! 成仏したくないから?!』
更にもう一つ、気が付きました。慌てて志保の後を追います。
『トイレのはずがないだろ』
リビングの扉を開けて、トイレの方を見ます。見当たりません。中にもいません。洗面所、風呂、台所、居ません。ヒロはなんとなく二階にいると感じました。
静かに駆け上り、上がってすぐ右の自分の部屋の扉を開けます。
居ました。
【あ、ヒロちゃん、ごめん。勝手に……】
「いや、二回目だし、……それは構わない」
志保は壁に飾ってあるコルクボードを見ていました。
【やっぱり和美の写真が多いような気がする。多い……よね?】
「え?」
【和美と、うまく行くといいね】
志保は優しく微笑みます。
「な、なにを……」
【……あたしも阿部先輩と…うまく行きたかったなぁ…】
「……それは、ウソだ!」
【え?】
「なんでウソを付く」
ヒロの表情はちょっと怒っているようにも見えます。しかし、それはヒロの本気の表れでした。
【……】
「ホントの事言うと、俺が困ると思っているのか?」
その言葉に志保はちょっとムッとします。
【……ヒロちゃんだってホントのことはっきり言ってないじゃない。……和美のことが好きなんでしょ?】
「ああ、そう思ったこともあるさ。志保に中3の時だったか、志保に紹介された時、思ったさ。すんげーかわいい、きれいだって思ったさ」
【……やっぱり】
「でも、違った。ただのあこがれ、高嶺の花、アイドル……」
【え?】
ヒロは真っ赤になっています。
「俺は、志保が好きだ。ずっと前から……」
【えーーーーーーーーーーーっ!】
志保は予想もしていなかったのか、ひどく驚きました。それにヒロも驚きました。
「そ、そんなに驚くことか?」
ヒロはちょっと困惑した顔です。
【うん、ごめん。ごめんなさい。思ってもいなかった】
「……あ、そう。いや、いいんだ」
【でも、ばっかみたい】
「なんでだよ」
【死んじゃった人にそんなこと言ってどうするのよ】
ヒロは『確かに……』と思いながら自分自身にちょっと笑ってしまいましたが、でも、すっきり感のほうが勝っていました。
「さ、これで言いやすくなっただろ?」
【バカ、いったら余計ヒロちゃんがつらくなるでしょ】
「言って欲しい」
【……言ったら、あたし、成仏するのかな】
思わぬその言葉にヒロは息を呑みました。その瞬間、涙があふれます。
【もう、ヒロちゃんってそんな泣き虫だっけ?】
志保は優しく微笑ます。
「俺は大丈夫。今だけだから……」
【じゃあ、言うよ、……半透明なあたしだけど、いい?】
ヒロは涙を拭いて、できる限りの笑顔を作ります。
「おう」
【あたし、八重島志保は……】
ヒロは笑顔のままですが目には涙があふれています。必死に止めようとしますが、涙腺が壊れたのでしょうか。全然止まりません。
【……水樹ヒロちゃんが、大好きです! ……言っちゃった!】
志保は満面の笑みです。ヒロは泣きながら笑顔で2回、3回、うなずきます。
【……ごめんね、じゃあね、ヒロちゃん……】
「ああ」
ヒロはそう言って目を思いっきりつむり、うつむきます。まぶたの裏には満面の笑みの志保の顔が残っています。耳からは何も聞こえません。いえ、遠くで救急車のサイレンの音がうっすら聞こえてきます。しかし、それが止むとなにも聞こえない、静寂な時間が続きました。
どれくらい経ったでしょうか。ヒロはなかなか怖く目をあけることができませんでした。
プルルルルル
急に響く携帯の着信音にびっくりして、ヒロは目を開けました。
「あ?」
【あれ?】
お互い素っ頓狂な声がでます。さっきと変わらぬ二人です。志保も目をつむっていたようです。
「なんで?」
【ヒロちゃん、どういう事! 成仏できて無いじゃない!】
志保は頬を膨らませながらちょっと怒っている台詞、でもどこかうれしそうです。
「あ、ちょっとまって、あ、はい……、あ、かあさん?!」
ヒロは電話に逃げます。旅行先で今回の事故を知った母からの電話でした。
「……うん、……うん、……大丈夫。そう、こっちでもわからない。うん。……そっちも気をつけて。うん……」
話し終わった後、マイクの部分を遠ざけ、耳だけは当てたままになるのはなぜでしょう。切れるのを待っているようです。
「し、心配して電話くれたみたい」
【むー】
まだ膨れたままです。
『キュー』
【なに、今のかわいい音】
その場の空気を変えたのはヒロのお腹でした。
「お、俺の腹の虫の声」
そう言えばヒロは昼も食べてないのを思い出しました。
【そうだよ、なんか食べなきゃだめだよ】
「でも、志保は何も食べられないんだろ?」
【だから、死んじゃったあたしのことはいいから……】
「いいってことはない」
まっすぐに言うヒロに、志保はうれしいながらも、ちょっと困惑します。
【もう、あたしがヒロちゃんの心配ちゃうよ】
二人は、リビングに戻りました。ヒロは、とりあえず、簡単に台所で簡単に何かつまみます。
【こっちで食べたらいいのに】
「いや、なんか一人の時はいつもこんな感じなんで」
【ごめんね、一緒に食べられなくて】
「いや、こちらこそ」
つけっぱなしのTVは『今日のニュース』をやっています。他に大きなニュースがないせいか、それなりの頻度で志保のニュースが読まれます。しかし、内容は通り一遍です。
【あたし、まだ見つかっていないみたい】
志保は遠い目でつぶやきます。ヒロはそのすぐ横に座っています。透けた志保に見慣れたつもりですが、向こうの壁が見えると、やっぱり胸が痛くなります。
「ごめんな、志保」
【え? あ、ううん、いいよ、いろいろ考えてくれたし。『こういうの』って、もしかしたら時間かかるのかも知れないしね】
『こういうの』=『成仏』のことであることはヒロにもすぐわかりました。
外はすでに真っ暗です。締め切ったリビングも昼間の暖かい温度がすこしずつ冷たくなってきたのがわかります。二人は、TVのニュースチャンネルをつけたまま、情報を待ちつつ、そして『こういうの』が来るを待っていました。もう、どうすべきか、何が出来るかは、二人とも考えていないようです。
「寒くないか?」
【うん、ずっと寒い】
「……そっか……」
【ヒロちゃん、ごめんね】
「ん?」
ヒロにはちょっと疲労が見えます。
【せっかく『好き』って言ってくれたのに何もできなくて……】
志保は、右人差し指を自分の唇に軽く当てながら言います。
「な、なにを言って……」
【ふふふ、ヒロちゃん、真っ赤】
「……遊んでいるだろ?」
【うん、ちょっとね】
ペロッと舌を出します。その瞬間です。
【きゃっ】
「どうした?」
その時一瞬ですが、志保の透明度が高まり、ヒロの視界から消えました。そして、ふと、元の半透明に戻りました。
【一瞬眩しかった……】
「な、なんだ?!」
ヒロは、思わず立ち上がっています。
【なんだろう、一瞬眩しかった】
ヒロがふとTVを見ると志保の現場がLIVEで中継されていました。レポーターが海風に多少煽られながら、事故の内容を伝えています。夕方に比べ情報が更新されているようです。
少しボリュームを上げます。
『行方不明者だった3人のうち2人が遺体で発見、残り1人、八重島志保さんだけがまだ行方が不明』
【あたしだけ、まだ見つかっていないみたい】
レポータの背後はすでに真っ暗な海の上に、捜索の船が数隻出ており、強力なスポットライトで海や岩場の海岸を照らしているのがわかります。『本日の捜索はあと少しで終了し、明日8時から再開予定』と言うことを伝えてLIVE中継は終了しました。
LIVE中継が終わり、志保がTVからヒロに視線を移すと、ヒロは右手を両目に当てこめかみを挟み込み、少し歯を食いしばっているのが見えました。
【どうしたの?】
ヒロはまだ固まっています。でも、志保は少し待ちます。考え事をしている時にたまに見たことのあるポーズだったからです。
ヒロは、急に背筋を伸ばします。表情は硬いです。
【どう?】
「志保、変な質問2つしていいか?」
【うん、いいよ】
志保はちょっと『わくわく』を感じてました。
「昼間より、今、寒いか?」
【……うん、かなり寒い】
「あと、携帯は、どうした?」
【携帯? あ、そういえば。確か、ジャケットのポケットに入っていたはずだけど……】
そう言って、志保はボタンで留められるわき腹あたりの小さいポケットを叩く仕草をします。何か入っているようなふくらみが見えます。
【ここにあるみたいだけど、触れられないから出せないよ?!】
ヒロは、慌ててローテーブルにおいてある携帯をとります。その時膝を強く打った音がしましたが、ヒロは一瞬顔をゆがめただけです。それどころではない感じで、携帯を操作し始めます。
【なに、なに?】
志保は不可解、でも、やっぱり『わくわく』も感じていました。
「志保、俺の勘違いだったら、またがっかりさせるかもしれないけど……」
そう前置きし、携帯の発信ボタンを押します。
【誰に電話? え? な、なに、くすぐったい。ええ? え? なにこれ】
「よし! 志保は、まだ、生きている!!」
【え?】
☆つづくの☆