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2. 理解……



 既に校舎内に生徒はほとんどいません。先生が数人残っているだけで、出会うと決まってヒロに『気をつけて帰れよ』です。やはり、志保の姿はヒロ以外には見えていないようです。志保の声はヒロ以外には聞こえていないようです。


【ね、だれも見てくれないでしょ?】


「見てくれないんじゃなくて、見ることができないっていった方が正しい」


 淡々と言います。


【そーみたいなんだけどぉー】


 ちょっとすねる感じで答えます。




【ヒロちゃん、あたし、何で人から見えなくなっちゃったんだろう?】


 学校からの帰り道、ヒロの後ろを歩く志保が声を掛けます。まるで些細な疑問をしているような言いっぷりです。いい答えがすぐに見つからないヒロはちょっと話を逸らします。


「な、なんで後ろを歩くんだよ。いつもなら前だろ?」


【だって、なんかヒロちゃんには透けて見えるんでしょ? だから……】


 ちょっと顔を赤らめて答えます。


「は? もしかして勘違いしないか? 服じゃない、全体的にだな……」


【バ、バカ、もう、わかっているよ、そんなこと。そうじゃなくて……】


「バカとはなんだ。俺はおまえが勘違いしているから、説明をだな……」


【……『おまえ』はやめてっていってるじゃない……】


 志保はちょっとすねながら言います。ヒロはいつも通りのやりとりをかみしめていました。


 ヒロは『やっぱり、本物の志保の……』と考えてしまったところで首を左右に振ります。


【ヒロちゃん、なんかヤなこと考えた?】


 志保にはこの癖はお見通しです。


「ま、まあな。ちょっとな」


 隠してもしょうがないのでヒロはよくないことを考えていたのは白状しました。しかし内容はまだ……。


「とにかく、志保の家に行ってみよう」


 そう、ここに半透明の志保がいるからといってそうと決まった訳じゃない、自分の妄想、夢かも知れない、そういう思いもまだまだ、まだまだあります。


『情報を確認してみないと……』


 しかし情報を集めたくないと言う気持ちもあります。可能性として二通りある『発見』報道の一方なら、聞きたくありません。もう一方ならすぐにでも聞きたいものですが、横を歩く透けている志保を見ると前者を否定できる要素が見当たりませんでした。




 ヒロの家への帰り道の途中、閑静な住宅地に志保の家はあります。すでに数人報道らしき人間がうろついています。


【なんか知らない人がうろついてる……。パパ、ママはいるのかな】


 ヒロは事故現場の近くの病院にいるが無事らしいと先生に聞いていましたが、ここでは言うのをやめ、代わりに曖昧な憶測の言葉を置きました。


「留守みたいだな」


 そういった時、一人が声を掛けてきました。報道らしき人です。


「あ、すみません、このご近所の方ですか?」


「……いえ」


 ヒロはムッとした顔でぼそっと答え、足も止めず進みます。進行方向近くにカメラケースでしょうか、銀色のケースがあったのでちょtっと『つまずいた』風に軽く蹴りました。


 苛立ちをちょっとした罪悪感で一時的に打ち消します。ホントは思いっきり蹴飛ばしたいところです。


【カメラだよ。蹴っちゃだめだよ、ヒロちゃん】


 ヒロの気持ちをわかっているのか、否か、志保は冷静に窘めます。


「ああ、わかっている」




 志保の家を通過したところで、ヒロはとりあえずの提案をします。


「とりあえず、うち、来るか」


【……確か、ヒロのところも両親旅行中じゃなかったかしら?】


「ああ、一人息子、ほったらかし……」


 志保の顔を見るとちょっと恥ずかしそうに赤らめてモジモジしています。


「もしもし、志保さんや、なんか勘違いしていませんかー」


 ヒロはちょっと小芝居的に声を掛けます。


【えー、そんなことないよ。ヒロちゃんの方がなんか変なこと考えているでしょ、もう。気持ち悪いぃ】


「なんだよ、勝手に妄想して、気持ち悪がんなよ、意味わかんね」


【ふふふ】


 無邪気に笑ういつも通りの志保を見て、ヒロもちょっとホッとするのですが、その透けた姿を見ると、胸のあたりがギュッと痛みます。




「ただいま、って言っても誰もいないけどな。どうぞお上がりください」


 そう言って左手を腰の後ろに、右手を水平に家の奥にスッと滑らせます。照れ隠しに小芝居を打って志保を家に招き入れます。


【お邪魔します】


 志保はよそ行きの小綺麗なワンピースのスカートの先をつかむ感じで膝を少し折り曲げて挨拶です。


「なんか違うな」


【あれ、こうじゃなかった?】


「そんなガニマタにはならないだろう」


【ガニマタになっている?】


「すごくなってる」


 なんでもないやりとりですが、こういう状態を少し忘れさせてくれました。しかし、こういう状況である事を改めて感じる事柄が、目の前でも起きていました。


【あれ、ヒロちゃん。あたし、靴、脱げないみたい……】


「え?」


 志保は自分の靴あたりを触っていますが、自分自身の体も触れないようです。


「マジか」


 そういえばさっきもスカートの裾を持てていませんでした。さらに、ヒロはもう一つ、気がつきました。


「志保、浮いているな……」


【え? あ、ホントだ。なんかふわふわするなって思ってた】


「軽っ……」


【うん、ほら】


 そういうと志保はスウっと天井まで浮き上がります。ヒロの言った『軽っ』はそっちの意味ではなかったのですが……。志保は見下ろし一言。


【覗かないでよ】


「あ」


 志保に言われて目が行ってしまいました。ヒロはすぐに目を逸らします。


【もう】


 志保はそのまま天井を突き抜けて行ってしまいました。




 天井を突き抜けたまま、応答がありません。しばらく待っていたヒロですがさすがに3分ほどたっだでしょうか、不安になってきました。


「お、おい、志保、大丈夫か? おーい? まさか……」


 慌てて靴を脱いであがろうとします。しかし右足が脱げませんでした。


「わっと」


 右足は靴のままあがってしまいました。コケないように仁王立ちで踏ん張りました。そこへ志保が階段から下りてきました。


【欧米か?!】


 真顔でつっこみます。


「いや、そうじゃなくて……どうした。顔が赤いぞ」


【ねえねえ、ヒロちゃん。ヒロちゃんは、髪の毛、長いコが好きなの?】


「え?」


【黒くてサラサラの長い髪と、……そしてオッパイ、おっきいコ?】


「な、なにを言って……」


 この上はヒロの部屋、ちょうどベッドのあるあたりです。


「げ、まさか」


【うん、見ちゃった。いっぱいあった。なんか、和美に似てた……】


「……」


 ヒロは言葉を探します。妙ないいわけが頭に浮かび、そして消えていきます。結局フォローしたのは志保です。


【ま、当たり前なんでしょ、男の子、そーゆーの持っているのー】


「ま、まあな」


 ヒロは開き直るしかありません。


「まあ、何だ、そのそう言うものなので、忘れよう、うん、そうしよう」


 慌てたヒロのいいわけは、幼稚なものでした。その慌てぶりを楽しんだ志保はにっこり笑います。


【了解ー】




 動揺の抜けきらないヒロは、夕日の射し込むリビングのロングソファーに、荷物と上着を適当に置きその横にどっかと腰をかけました。


「ふう」


 両手を開き、腰を滑らし天井が見えるように座っています。もうおしりはソファーからはみ出しています。さて、これからどうしたらいいのか、落ち着いて考えようとした時です。


【あれ? あれ? あ、そっか】


「ん?……なにやってんだ?」


 ヒロはそのままの体制で志保の行動を気にします。志保は無造作にソファーに置かれたヒロの上着をいろいろな角度、いろいろな指でつかもうとしています。


【上着、畳もうと思ったのだけど、やっぱりつかめない……】


「はいはい。畳ませていただきます」


 ヒロはそのままソファーから滑り落ち、しりもちをついてから立ち上がります。


【ヒロちゃんってそういう不精なところ、あるのね】


「うーん、家ではこんな感じかも」


【学校ではええかっこしい、だね】


「そ、そんなことは無いと思うが」


 そういいながらヒロは不器用に独自の方法で上着を畳み、ローテーブルの上に置きます。


【40点かしら】


「赤点じゃないから、オッケーだ」


 志保はソファーに座っている様に見える位置に維持し、リビングを見回しています。


「なんか楽しそうだな」


【うん、なんかね。あまり友達の家のリビングってあまり入らないじゃない】


「確かに」


 そう言いつつ、ヒロは携帯を見ます。着信はありません。そして、ちらっと時計を見ます。そしてTVをチラッと見ます。TVはニュースの時間帯です。


【ヒロちゃん、なにか見たいTVあるの? いいよ、つけて】


 ヒロは、おもむろにローテーブルの上においてあったTVのリモコンを手に取ります。


「じゃ、つけるぞ?」


 ちょっと低い声です。


【え、……う、うん】


 志保はちょっとヒロの表情が読めず、不安そうな返事をしました。


「ニュースをやっている時間だ……。たぶん、志保になにが起きているか、分かる……」


 真顔で真っ正面に志保を見ながら緊張した面持ちで言いました。その態度に志保もちょっと緊張したようです。


【……うん】


 志保はTVの真っ正面、ソファーに座っている様に見える位置で行儀よくしています。


    ピッ


 リモコンの音に『1テンポ』遅れてTVの画像が出ます。更に『1テンポ』遅れて聞こえて来た言葉は、無機質に感じるものでした。


『……ですが、依然、行方不明のままです。引き続き……』


 一瞬アナウンサーの後ろに映っていたのは多少ぼやかしてありますが、確かに二人の通う高校の校舎でした。


 志保はいつの間にか前のめりになりTVを凝視しています。そしてスタジオの映像から次のニュースのVTRが始まったとき、ようやく背筋を戻します。


【ふーん……】


 志保は生返事。 ヒロはおもむろにチャンネルを変えてみます。


【あ、このフェリー……】


 事故を起こしたフェリーの映像の映ったチャネルで止めました。志保はまた前のめりにTVを見ます。


 ヒロにとっては新しい情報はありませんでした。しかし、志保にとっては新しい情報ばかりです。さすがの志保もちょっと緊張の面持ちになりました。


【私、やっぱり、事故にあったのかぁ……】


 志保は他人事のような、関心の薄い反応です。


【どうなっちゃうのかな?!】


 志保はそう言って小さく舌を出して苦笑いです。


 しかしヒロには『苦笑い』には見えな無かったようです。


「……なに言っているんだよ」


 ヒロは奥歯を食いしばりながら声を絞り出しました。10人が見て全員『怒っている』と答えるだろう、表情です。


【ヒロちゃん……なんで怒っているの?】


 志保は普通に真顔で返します。ヒロはニュースを見ても理解しない、いえ、理解しようとしない志保にちょっと苛立ちがなかったと言うとウソになります。その気持ちはこんな言葉を生みました。


「なんで、そんなに気楽なんだ……」


 ヒロがその言葉を発した瞬間に、志保の表情が固まったのが分かりました。


「……あ、志保、ごめ…」


【あたしだって……】


 今まで我慢していたのでしょうか。


【……あたしだって……気楽じゃないよっ!……TV見たら大体分かったもん! でも、思っていることが正しいかも、わかんないもん! どうしたらいいか、わかんないもん!】


 今まで我慢していたのでしょうか。隻を切ったように志保は声を荒立てます。喧嘩している時の声にも似ていますが、もっと高い声です。


 ヒロも同じ様なトーンの声で返すしかありませんでした。


「お、俺だってわかんないさ」


【……わかんないんじゃ……】


 そう言って一度下がった声のトーンが一気一度上がります。


【わかんないんじゃ、どうしたらいいかわかんないよっ!】


 叫ぶように志保は言った後、ヒロをじっと見ます。ヒロは始めてみた志保のキレっぷりに圧倒されていました。


「志保……」


【ヒロちゃんが思っている事、考えている事……言って。あたしの考えている事と同じか、確かめたいから……】


 声量は非常に小さいですが、はっきりとした口調です。


「……」


 ヒロは少し足元を見て悩んでいるようです。


【あたし、ヒロちゃんの口から聞きたい……】


 その言葉を発した志保の表情は穏やかになっていました。


「……わかった」


 そう言って、ヒロも志保の瞳を見ます。志保の瞳の向こうにリビングの入り口付近の壁に掛けられたコルクボードがうっすら透けて見えます。そのコルクボードにはヒロの家族写真の他、学校での写真、入学式の写真もあります。その中に今よりちょっと幼い志保も見えます。




 一呼吸おいて、ヒロはゆっくり話し始めました。


「志保。俺は、志保が事故で、……『死んだ』と思っている」


 一部声が裏返りました。


【うん】


「そして、何か未練があって、現れたんだと思う……」


【……それで……】


 お互いの瞳を見たまま、志保がその続きを待ちます。


「……その未練はなにかわからないけど、俺に関連している……だから、俺にしか見えない、聞こえない」


 微笑んで聞いている志保の瞳からは大粒の涙が頬を伝って落ちていくのが見えました。


【うん】


「俺ができること、俺にしか出来ないことは、それを見つけ、志保を……」


 ヒロは言葉を詰まらせ、目をギュッっと閉じます。瞳の表面に溜まっていた涙はまぶたから絞り出されるように大粒になり落ちていきます。


「……志保を、『成仏』させることぐらい、だ」


【うん、あってた。ありがとう……】


 ヒロが顔を上げると、志保は微笑んでいました。ですが、目からは大粒の涙が次々現れ、それがつながり、両目の両端からあふれ出し、4つの流れになっていました。でも、顔は笑っています。


「……なんで笑うんだよ」


【だって、ちゃんと言ってくれて、悲しいけど、……うれしいんだもん】


「バカ……」


 ヒロも負けずに笑顔を作ります。ただ。志保のようにはうまく笑えませんでした。


 しばらくTVの天気予報の音だけがリビングに響きました。





☆つづくの☆


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