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「あっけない、ことよの」
鈴を鳴らすような、儚げな声。泣き崩れる侍女たちを、ちらりと見やると青藍が一言つぶやいた。
そうして、ふわりと立ち上がる。顔色一つ変えない、優雅な所作。こんな時であっても、彼女はどこまでも艶やかだ。あっけに取られる侍女たちを尻目に、彼女は歩き始める。
しゃらり、と衣擦れの音がたった。ふわふわと、足を進めなんの躊躇いもなく、貴人を隠すための帳を超えた。深窓の姫君にはめったに許されることではない。特に、青藍は皇帝の寵姫。彼がその顔を他人に見せることを嫌ったため、日のもとに参ずるのはひどく久方ぶりのことであった。
白日の下に、その顔がさらされる。青藍はそのまぶしさに、ほんの少し顔をしかめ、帳に引っかかった上着を厭わしげに脱ぎ捨てると、青年将校の前に立った。暴挙であった。もはや彼は、あっけにとられるしかない。
よくみるとその華奢な体躯に似合わぬ、大きな腹をしていた。
「して、陛下はなんと?」
先程の暴挙に加え、皇帝の寵姫の噂に違わぬその美貌。思わぬ幼さと、それに似合わぬ大きな、ふくれた腹部。何もかもに驚き、加えて青藍の意を図りかね、今度は彼が何ともいらえない。
それをみて、青藍はぽつりと語り始めた。
「陛下は、なんでも私がのぞむものは叶えるとおっしゃった。」
見つめる瞳は、何処までも深く、清らかだ。そして、どこか幼く、危うげですらある。
「桃源郷をくれるともおっしゃった。果ては、この世のすべてを私にくれるなどと、大きな事をおっしゃっておったのに。そなたは、この城が落ちようとしているという。まことに、あっけない事よの。」
呆然と、彼女を見つめる周囲を尻目に、ふふ、と彼女は続ける。
「ややこが、うまれるのはそろそろかの。たのしみなこと。そなたも、ご苦労であった。茶など如何か?」
———気でも触れたか。もはや絶句するよりない。
「だれか、このものに茶を。今日は良い日和故、庭に卓でも出したいもの。どのみち、お小言をくれる陛下はもはやここにはこられぬ。」
青藍が、おっとりと周囲を呼ばわる。楽しげに。しかしこの、おかしな状況に、まともに答える声があろうはずもない。正気か。誰もがそう考えた。
しかし、彼女はなおも続ける。
「焦ったところでどうしようもない。この身に、逃げ場などどこにもない。ゆるりとするよりほか、なかろ。おおかた、陛下は好きにせよとかなんとかいったのであろ?」
そういって、小首を傾いで微笑む様は、年上のはずなのにいとけない少女にしか見えない。将校は腹をくくったのだった。加えて、彼女のいう言葉のすべてが全く正しく思えてきてしまったので。
かこん。
再び、小川にかかる仕掛けが音をたてた。