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寵姫の庭  作者:
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2

 「あっけない、ことよの」


 鈴を鳴らすような、儚げな声。泣き崩れる侍女たちを、ちらりと見やると青藍が一言つぶやいた。

 そうして、ふわりと立ち上がる。顔色一つ変えない、優雅な所作。こんな時であっても、彼女はどこまでも艶やかだ。あっけに取られる侍女たちを尻目に、彼女は歩き始める。

しゃらり、と衣擦れの音がたった。ふわふわと、足を進めなんの躊躇いもなく、貴人を隠すための帳を超えた。深窓の姫君にはめったに許されることではない。特に、青藍は皇帝の寵姫。彼がその顔を他人に見せることを嫌ったため、日のもとに参ずるのはひどく久方ぶりのことであった。

 白日の下に、その顔がさらされる。青藍はそのまぶしさに、ほんの少し顔をしかめ、帳に引っかかった上着を厭わしげに脱ぎ捨てると、青年将校の前に立った。暴挙であった。もはや彼は、あっけにとられるしかない。

 よくみるとその華奢な体躯に似合わぬ、大きな腹をしていた。


 「して、陛下はなんと?」


 先程の暴挙に加え、皇帝の寵姫の噂に違わぬその美貌。思わぬ幼さと、それに似合わぬ大きな、ふくれた腹部。何もかもに驚き、加えて青藍の意を図りかね、今度は彼が何ともいらえない。

 それをみて、青藍はぽつりと語り始めた。


「陛下は、なんでも私がのぞむものは叶えるとおっしゃった。」


 見つめる瞳は、何処までも深く、清らかだ。そして、どこか幼く、危うげですらある。


「桃源郷をくれるともおっしゃった。果ては、この世のすべてを私にくれるなどと、大きな事をおっしゃっておったのに。そなたは、この城が落ちようとしているという。まことに、あっけない事よの。」


 呆然と、彼女を見つめる周囲を尻目に、ふふ、と彼女は続ける。


「ややこが、うまれるのはそろそろかの。たのしみなこと。そなたも、ご苦労であった。茶など如何か?」


 ———気でも触れたか。もはや絶句するよりない。


「だれか、このものに茶を。今日は良い日和故、庭に卓でも出したいもの。どのみち、お小言をくれる陛下はもはやここにはこられぬ。」


 青藍が、おっとりと周囲を呼ばわる。楽しげに。しかしこの、おかしな状況に、まともに答える声があろうはずもない。正気か。誰もがそう考えた。

 しかし、彼女はなおも続ける。


「焦ったところでどうしようもない。この身に、逃げ場などどこにもない。ゆるりとするよりほか、なかろ。おおかた、陛下は好きにせよとかなんとかいったのであろ?」


 そういって、小首を傾いで微笑む様は、年上のはずなのにいとけない少女にしか見えない。将校は腹をくくったのだった。加えて、彼女のいう言葉のすべてが全く正しく思えてきてしまったので。


 かこん。

 再び、小川にかかる仕掛けが音をたてた。


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