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花の都

ユウビコウ

作者: ナガツキ



「すっげぇ‥なんだここは‥‥」


‥ここは王都、ザグダ。自然豊かな都で、ここでしかみられない花などもあることから、別名“花の都”とも呼ばれている。村をでて旅をしていたアドネは、旅の目的のひとつでもある花の都へと立ち寄り、たったいま大広場の大きな花壇に感銘を受けている最中である。

「こんなたくさんの花、一生かけてもみらんねぇって父ちゃんが言ってたの本当だったんだなぁ。全然名前知らねぇや‼

‥あっ⁉ でもこれはたしか‥ユウビカ‥いや、ユウビキ」

「ユウビコウ」

「えっ⁉」

「ユウビコウよ」


ーーーアドネは、このときの少女の笑顔をいまでも覚えている。花のように柔らかな、優しい笑顔を‥

ユウいわくとても間抜けな顔をしていた俺は、隣から声をかけられた少女の綺麗な瞳を、ただただ見つめていた。


「新しく引っ越してきた人?」

少女の声にハッとした俺は、慌てて視線を花壇の花へ向けると大きく首を振った。

「たっ旅人だっ‼」

隣の少女が驚いているのがみなくとも分かる。なんせ、アドネはついこないだ13歳になったばかりだ。そんな子どもがひとりで旅を?と思うのが普通だが、アドネの村ではこれが普通なのだ。といっても、村から父と2人で旅をし、この都で何日か滞在したあと、父は村へ、アドネは別の道へと行くのである。

「旅人さんかぁ‥‥ねぇっ名前聞いてもいい?」

「……俺はアドネ。‥お前は?」

「私はユウ!ようこそ、花の都へ‼」

そういうと、ユウはまたにっこりと俺に微笑んだ。あの優しい笑顔で。


「アドネ‼」

父の声だ。どうやら宿屋の手続きを済ましてきたらしい。

「はーいっ あ、‥‥‥じゃあ‥」

またね、を言おうか迷っているアドネに

「またねっ」

ユウは迷わず手を振ってくれた。



ユウ‥か‥‥

「なんだぁ、アドネ。さっそくナンパでもしてきたのかぁ⁇ いっちょまえになりやがって」

父がぐりぐりと頭を撫で回す。

「そんなんじゃねぇよ‼」

くちびるを尖らせてそっぽをむくと、父はそうかそうかと高らかに笑い、肩に手を回してきた。

「可愛い子を見つけたじゃないか!なんていう子だ⁇」

「‥‥ユウ」

「ユウちゃんかぁ‥そうかそうかっ‼」

さては父ちゃん宿屋で一杯飲んできたな‥

重たくのしかかってくる父の方を、軽くにらみつける。

「なぁ、アドネ」

父は少し遠くをみながら突然言った。

「お前が父ちゃんとこの都いんのもあと5日。ひとりで旅始めんのもあと5日だ」

「5日?父ちゃん10日は滞在するって‥⁉」

「5日だ」

「…」

「‥‥旅すっとな、いろんな奴に出会うんだ。そんで、いろんな奴と別れんだ。わかるか、アドネ?」



その夜、俺は慣れない場所と、いまだぼんやりとしか理解できない父の言葉で、なかなか眠りにつくことができなかった。



「まだいない‥か‥‥」

朝早く起きて朝食を食べてからすぐに、アドネは昨日の大広場に来ていた。ユウの姿がないことにがっかりしつつ、昨日と変わらず綺麗な花を咲かせている花壇へと向き直る。


ーーお前がひとりで旅始めんのもあと5日だ

ーーいろんな奴に出会うんだ。そんで‥

「おはよう‼‼」

「っ⁉」

目の前が一瞬、真っ暗になる。

「ちょっと⁉あーあーっせっかくの花がーっ」

「なっ⁉ あーあーってなんだよ‼つか俺も心配しろよ‼‼」

「はいはい、まったく」

いきなりの大きな声に驚き、花壇の中へとダイブした俺を笑いながら助け起こすユウ。

「いつまで笑ってんだよっ」

すこし不機嫌になりながらも、ユウの笑顔に自然と口がほころぶ。

くすぐったい気持ちを払うかのように、手についた土を振り払った。

「昨日も思ったんだけどさ、アドネは花が好きなの?」

花?‥‥花かぁ。

「んー、‥‥正直花とか生えてるもんだとしか意識したことなかったけど‥ここの花壇の花みて初めて‥‥すげぇ‥その‥‥綺麗、だと思った 」

「本当に⁉」

「っ⁉」

パッと顔を輝かせ、飛びつかんばかりの勢いで俺の顔を覗き込むユウ。

「嬉しいっ‼」

「なにそんな喜んで‥」

「私の家族はね、大広場の花壇の花を育てるのが仕事なんだ‼ 誕生日に、今年の夏花の花壇の世話は私がやりたいって頼んで、始めてここの花壇の花をひとりで世話してるの‼」

この花壇を‥

「パパやママやおねぇちゃんみたいに、たっくさんの花をまだ一度に育てらんないけど‥でもね、アドネがこの花壇を褒めてくれて本当に嬉しい‼ ありがと‼‼」

そういって、ユウは俺の手を握った。


その後、俺はユウと一緒に花壇の世話をしたり、色々な花の名前を聞いたり、都の案内をしてもらった。

父の言葉がぼんやりと浮かんだまま夜を迎えたが、不思議と今日はすんなりと眠りにつけた。

ーー握られた手に、いつまでも消えない熱を持ちながら‥



それから3日間はあっという間だった。

朝起きて朝食を済ましてから、大広場でユウの仕事を手伝う。そして、ユウが仕事を終えてから、2人の顔がオレンジ色に照らされるまで色々な話をした。

家族のこと、アドネの村のこと‥そして大半を占めたのが花の話だった。


「ユウビコウはね、夕日みたいに綺麗な色をしてるからそんな名前になったんだって‼」

「ふーんっ‥花の名前にもちゃんと意味とかあんのか」

「そうだよ! 他にも、空みたいな色をしてるからソラネっていう名前になったのもあるし‥そのまんま葉っぱが蝶みたいにみえるからチョウハキラって呼ばれてるのもあるんだ‼」

「へーっ!色々知ってんだな‼ ‥…でも、ネとかキラとかとかつけないでそのまんまの名前にしたらもっと覚えやすいのに‥」

「……うーん、‥っそれは見つけた人がつけた名前だから‥多分その人にしかわからない何かが込められてるんだろうね‼」

「‥その人にしかわからない何か‥ねぇ‥‥」



「アドネっ!明後日の朝には出るからな。準備しとけよ‼」

「‥‥‥うん」

あと1日か‥

まだ、ユウには出発の日を伝えていない。

伝えて、そっか、と笑顔で見送られることがなんとなく嫌だった。

‥‥もしかしたら、これが父が言っていた「出会いと別れ」なのではないか。

‥そう思った瞬間、アドネの心の中になにか黒いものがざわざわと音をたて始めた。

とっさに、いまにも寝ようとしている父にしがみつく。

「父ちゃんっ」

「なんだぁアドネ?父ちゃんと寝るか⁇」

にこにこと笑いながら、父はアドネの頭を優しく撫でた。

「父ちゃん‥別れってなに?もう会えないもんなの⁉」

「なんだなんだっ急に寂しくなったのかと思ったら別れって、‥‥もしかしてアドネ、ユウちゃんに惚れたのかぁ⁇」

‥ユウに惚れた?

かっと耳が赤くなる。アドネは、とっさに右手をみた。

ユウが‥‥好き。

「そうかそうかぁっアドネも大人の仲間入りかぁ?よし、今から飲むか⁉」

「もう夜中だよ、父ちゃん‼ ってか話をそらすなよ‼」

「照れんな照れんなっ‼ いやー、青春だなー。っと、悪い悪い。で、?なになに⁇ 別れについて聞きたいんだっけか?」

困ったように頭をかいた父は、突然懐かしそうな顔をした。

「いやぁ、アドネが村を出るときは大変だったなぁ‥‥。急に前日になって、行きたくないって騒ぐもんだから、母さんは旅にでなくてもいいって言うべきかどうかすっっごく迷ってたんだぞ~」

「いきなりなんの話してんだよっ そんな話はどうでも‥」

「母さんの別れ際の顔を覚えてるか、アドネ?」

…別れ際の顔?母さんは‥たしか、

「いい笑顔だったよなぁ。父ちゃんはあの笑顔に惚れたんだ」

父は優しくそういって笑った。

そう、母さんは笑顔で俺にいってらっしゃい、と言ったんだ。しっかり成長してこいよ‼と手を降りながら‥

「なぁ、アドネ?お前は、母さんと別れて父ちゃんとももうすぐ別れんだよなぁ?」

「うん…」

「じゃあアドネはもう父ちゃんと母さんとは会えないのか? 」

「えっ…⁉」

「だってそうだろ?アドネが言ってることはそういうことだ」

「違う、俺は帰ってくる‼ 絶対絶対成長して、父ちゃんと母さんとこに帰ってくる‼ ‼」

目を見開いて父の服を強く、強く掴む。頭ん中は真っ白だった。

瞬間、この都までに歩いた道が目に浮かんだ。始めて村からでたアドネにとってはどれも新鮮で、……不安だった。

始めて通る見たこともない道。知らない道。けどーーいつかは通る、帰り道。

「そうだ、アドネ。お前は絶対帰ってくる。父ちゃんと母さんのところへ、絶対にな。」

力強くうなづく。頭にのせられた手から父ちゃんの温もりが伝わってくる。

「旅に出会いと別れは必ずだ。出会いはいつも新鮮で別れは喜べるもんじゃない。だけどな、また何度でも繰り返すことはできるんだ。また何度だって会える。‥‥何度だってな。」

「………うん。」

そうだ‥‥そうだそうだそうだったんだ。

ホッとした気持ちと共に、熱いものがこみ上げてきた。

「さあっ今日はもう寝よう‼ 明日も楽しいことばっかだぞぉ」

ポンポンっと頭をたたき、父はおやすみといって布団に潜り込んだ。



あと1日‥‥

ちゃんと言おう。ユウに面と向かって。自分の気持ちと別れの言葉‥そして、またねをーーー。



「えっ」

ユウの大きな瞳が揺らぐ。からん、と音をたててじょうろが地面へと落ちた。

「明日…?」

やっべぇ、震えてる。かっこ悪ぃなぁ俺。……でも、言うんだ。

俺の……気持ちを…

「俺っ‼」

「今日‼」

「「……えっ⁉」」

2人の声が重なった。

どうしよう…先に言うべきか……?

ユウの目をみる、と

「今日、ユウビコウの日なの‼」

「へっ⁉」

完全に意表をつかれた。

「ここは、世界で1番綺麗な夕日がみられる場所なの!それでね、今日はそのなかでも1番って言われてる日なんだ‼ 」

うつむきながらユウは早口でなおも続ける。

「私もその日に生まれたんだ。そこからユウって名前がつけられたのっ」

「そっか…良い名前だな」

なんとなく固い空気が流れていたこの場が、和やかな空気に変わる。

「だから、‥だからっていうか‥その‥‥」

「みよう」

ユウの顔がパッとこちらを向く。

「一緒にみよう。1番綺麗な夕日を」

ユウは笑顔でうなづいた。


それから、今日はいつもと違い5:30に大広場で会う約束をしたあと俺はいったんユウと別れた。ユウになんて気持ちを伝えようか、頭の中で何度も何度も考えては、を繰り返しているとあっという間に約束の時間が近づいてきた。


「5:20…まだきてないよな。」

少し周りを見渡してから、ユウと初めて出会った花壇の前へ移動した。あのときまだ葉っぱだけだった花も、もう蕾をつけ始め、中には小さな花を咲かせているのもあった。俺が過ごした5日間は、花にとってはきっと長い5日間で、俺にとっては短くてとても大切な5日間だった。本当は不安ばかりで前日にはやっぱりいかないと言おうと思ってたこの旅。

だけどやっぱり俺は

「アドネ‼ 」

「っ⁉ ‥‥と、2度もひっかかるかよ‼」

旅に出て良かったと心の底から思える。

「やっぱり?」

いたずらっぽく笑うユウと肩を並べて、大広間から一本道でつながっている都の1番南側の見晴らしの良い空き地へ向かって歩き始めた。

触れるか触れないか程度の距離がなんだかくすぐったくて、もどかしい。途中何度もユウの方をみては目が合うたびになんとなくそらしていた。いつもは話すことが尽きないのに、いまは2人とも黙って歩幅を合わせていた。


目的地につくとどこから湧いたんだ、というほど人で溢れかえっていた。隣に広がる森の奥にある村からきた人もいれば、遠いところからわざわざ旅をしてここにきた人もいるらしい。俺は全く知らなかったが、どうやらユウビコウの日はとても有名らしい。毎年こんなもんだよ、とユウは軽々と人ごみの中へと入り特等席へと移動した。

「大丈夫、アドネ?」

「何度か潰されかけたけど平気」

空へ目をやるともう日が沈みかけていた。



「俺の村にはな、語り屋っていう職業があるんだ。」



俺はふいに、空を見上げたまま口を開いた。



「この都が自然を大切にしてるように、俺の村では物語が大切にされてんだ。父ちゃんも語り屋でな、俺は父ちゃんから色んな話を聞いたんだ。嘘みたいな話とかあってさ‥‥俺も父ちゃんみたいに色んな話知りたいって言ったんだ。」

「それで‥‥旅を?」

「そう。語り屋になるには、この国旅して色んなもん見聞きして自分自身で物語を見つけるんだって言われた。父ちゃんが知ってる話も全部そうだって。語り屋の1番大事なことは、物語を繋いでくこと。そんで、俺が忘れないこと。できるかわかんないけどな。でも、明日っから本当に1人で旅始めんだ。たくさんの物語を見つけにいくんだ。‥‥なぁ、ユウ」

俺はいったん言葉をきって、

「行く前に言いたいことがあんだ。」

改めてユウと向かい合った。

ユウは大きな目に涙を浮かべながら黙って俺の言葉を待っている。



「ユウが好きだ」



瞬間周りが少しざわついた。

「わっ私も…‼」

「なっ⁉」

ポロポロと涙をこぼすユウに戸惑いながら、そっと頭に触れる。

「なっ泣くなよ‼ ほら、綺麗な夕日が見れねぇだろ」

「ゔぅーっ‥ダッダドデ~っすっずきだよぉ」


俺は鮮やかなオレンジ色の中、温かい気持ちを心に刻みこみ、最初の物語を終えた。ユウの優しい笑顔と世界一の夕日を目にしっかりと焼き付けてーーーー





「じゃあな、アドネ」

早朝のザグダの立派な門の前には、別れを告げる親子の姿があった。

「これ、大事に使うんだぞ」

と言うと、父はアドネに小さな袋を渡した。

「これっ⁉」

「‥‥これからは自分でしっかり稼ぐんだぞ」

中には、ぎっしりと銅貨が入っている。

「父ちゃん‥‥ありがとう」

「じゃあ、父ちゃんは村に帰るとするかっ‥‥っと、見送りがきたみたいだな。」

「?」

父の視線の方へ向くと、

「‥‥‥ユウ」

「やれやれ、じゃあ邪魔者は退散するとすっかな。ユウちゃん、アドネをよろしくな」

にかっと笑い、少し照れたユウへと手を軽く挙げ、

「アドネ‼ 立派んなって帰って来いよ‼‼ 」

父は俺に背を向けて、2人で歩いて来た村へと続く道を今度は1人で歩いて行った。


「もう‥‥いくんだよね」

「うん」

腰に下げている巾着に父からもらった袋をいれてしっかりと締める。

「じゃあこれ、私から‼」

渡されたのはパンや果物、飲み物などが入った袋だった。

「こんなにたくさん‥すげぇ嬉しい‼ ありがとな‼ 大事に食うよ‼」

「うん、気をつけてね‼ ‥‥次はどこにいくの?」

「北の方いって川を渡ったとこにある村にいくよ。父ちゃんの知り合いがいるらしいからその人ん家で泊まれるって」

「そっか‥‥」

ユウは少し下げていた顔をあげてにこっと微笑んだ。

「アドネがいない間、私もあの花壇の花をもっともっと綺麗に華やかにできるように頑張るね‼ だから、だからまた会おう‼ ‥‥約束」

俺は前にだされたユウの右手の小指にしっかりと小指を絡ませ

「約束‼」

ユウと約束を交わした。



「いってらっしゃい‼」

「いってきます‼」




初めて通る見たこともない道。知らない道。

けど、ーーいつかは通る帰り道。



「ん、なんだこれ?」

ユウからもらった袋に入っていた小さな包みをとりだす。丁寧に包装されているその包みのなかには

「ユウビコウ、だろ」

ユウビコウの花の押し花で作られた、綺麗な栞が挟んであった。

アドネの物語が繋りますように、と綺麗な文字で綴られていた、オレンジの栞が。













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