第1話:再生
自ら命を絶てば、今度こそ安らかな静寂が訪れるはずだった。
なのに、運命はそれを許してくれなかった——どうやら俺は、別の世界にでも転移してしまったらしい?
いや、そんなはずはない。きっとこれは「走馬灯」、脳が死の直前の数分間に都合の良い妄想を見せているだけだ。もっとも、俺の人生に振り返るような「良い思い出」なんて一つもないけれど。
だとしても、目の前に広がる光景はまるで、かつて深夜に暇つぶしで見あさったアニメのワンシーンそのものだった。まあ、どうだっていい。前の世界でのクソみたいな人生よりは、何千倍もマシだ。
学校での人間関係によるストレス、終わりの見えない受験勉強、親からのプレッシャー。耐え切れずに選んだ「敗者の逃避行」だったが、後悔は微塵もない。
ここで過ごした最初の数分間は、ひどく刺激的だった。
ようやくまぶたを開けたが、そこに広がっていたのは暗黒の虚無でも、死後の世界を合理的に説明してくれるような神秘的な光景でもなかった。
最初に視界に入ったのは、古びた木製の天井だった。次に誰かの顔が映り込んだ。長老のような立派な髭を蓄えた老人が、ほっと肩の力を抜いたような、穏やかな笑みを浮かべていた。
次の瞬間、その老人の腕に抱え上げられ、誰かの胸元へとそっと預けられた。そこで目撃したのは——鮮やかな赤い髪と、ルビーのような赤い瞳、そして母性にあふれた優しい微笑みだった。
……いったい、これはどういうことだ?
ここは病院なのか? それとも、俺の自殺未遂は失敗に終わったのか?
いや、あり得ない。どう見ても普通の病院じゃないし、何よりこの身体の感覚がおかしすぎる。まるで……自分がめちゃくちゃ小さくなっているような? なんだこれ、ふざけてるのか。
あれから頭をフル回転させていくつもの仮説を立ててみたが、目の前で起きている現実をどう言い訳しても、自分の妄想か、あるいは気が狂ってしまったとしか思えなかった。心のどこかでは「まさか、転生なんて本当にあるのか?」という疑念が頭をもたげる。
だが、そんなことがあり得るか? やっぱり俺は、完全に頭がおかしくなってしまったらしい。
ここに流れ着いてから、すでに何日かが過ぎたようだ。いまだに状況の全貌は掴めていないが、いくつかの「事実」だけは理解した。
あの老人どうやら、俺の母親の出産をとりあげた医者らしい。商売道具の道具袋を片付けていたからな。そして、今の俺を生んでくれた母親というのが、あの鮮やかな赤髪の美しい女性だ。父親にあたる男は、短めの茶髪に綺麗な瑠璃色の瞳をした若い男だった。
両親は何度も俺に話しかけてくるが、当然、今の俺には言葉の意味なんてさっぱり理解できない。
全体的な生活環境は悪くない。赤ん坊になったせいか、一日のほとんどを眠って過ごしている。ただ一つ、どうしても我慢ならないことがある。
それは、まだ自分の意思で言葉を話せないという現実だ。腹が減ったときも、おむつを替えてほしいときも、自分の意思を伝えるためにはただ泣き喚くしかない。元高校生の俺にとって、これがどれほど屈辱的か……。
だが、今の俺にはそれを選ぶ以外の選択肢など残されていないのだ。
……もしかして、現実逃避のために自ら命を絶ったどうしようもないクズの俺に、神様は「二度目のチャンス」なんてものをくれたのか?
何のために? 俺が欲しかったのは、ただの「永遠の静寂」だったはずなのに。
……だけど、もしかしたら。
このどうしようもない新しい人生に、もう一度だけ、乗っかってみるべきなのだろうか。




