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とある英雄の話

作者: 小雨川蛙
掲載日:2026/07/03

 ある英雄がいた。

 戦乱の世に生まれ、その生涯を各地で起こり続けた戦に捧げた英雄だった。

 彼の英雄を人々は次のように語る。


『とてつもなく強い方だった』

『戦に出れば決して負けない方だった』


 事実、彼が参戦した戦ではただ一度とて敗北はなかった。

 故にこそ彼の者が戦場に現れるだけで味方は奮い立ち、敵は恐れ慄くほどだった。


 平時の英雄を人々は次のように語る。


『とても優しい方だった』

『歌を愛し、踊りを愛し、人々を愛した方だった』


 戦場での鬼神の如き強さを思わせぬ姿を見せ続けたと語られる。

 主君にも、配下にも、市民にも、とてもとても優しい方だった。


 そんな英雄が眠りにつく。

 永い、永い眠りに。

 その間際、英雄は集まった人々に囁くように真実を告げた。


「私は臆病者だ」


 人々は次の言葉を待った。

 しかし、命が尽きる。

 故にこそ、彼は配下の反応を知ることなく逝った。


「守れる者だけを守った。勝てる相手とだけ戦った……守れぬ者から目を背けながら」


 後に、その名が歴史の片隅にも残らないほど、小さな小さな国の英雄。

 彼が生涯無敗でいられた理由。

 それが真実でもあろうとも、彼が英雄であった事実はきっと――。

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