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赤華のトナカイ

作者: 最上 千束
掲載日:2026/02/23

多くの作品から目を留めていただき、ありがとうございます。

 アジアとヨーロッパの大州にまたがり、後にアンカラを首都に構える大地。

 神歴しんれき300年代初頭、未来では『トルコ』と呼ばれるこの地の、北部に位置する町『ハリスカ』。

 その街の名所であるハリスカ灯台には、今宵も凍てつく寒さにも関わらず、多くの人が足を運んでいた。


 「お待たせ〜。待たしちゃってごめん!」


 溌剌はつらつとした真っ直ぐな性格に、僕は何度も元気を貰い、併せ持つ美貌は、僕を癒すのには充分すぎる日々を与えてくれていた。


 こんなに可愛い彼女を、多少待たされたくらいで足蹴にできるほど、落ちぶれている僕じゃない。


 「うんん、全然待ってないよ。むしろ買ってきてくれてありがとう」


 当たり前のように許すと、彼女は最大限の安堵を表情で表し、それを渡してくれた。


 「はいっ! どーぞ!」


 彼女が買ってきてくれたものは、ハリスカホットドックのウィンターセット。

 ハリスカ灯台の売店名物ハリスカホットドックの、毎年12月のこの時期に発売される冬限定のセットだ。

 通常のホットドックの上に、積雪と見紛うほどの氷を砕いた氷粉ひょうふんをふんだんに乗せ、その上から好みのシロップを乗せている。

 簡単に言えば、ホットドックとかき氷を合わせたようなそれは、人々の舌を唸らせるほどに美味。

 見た目とのギャップも相待って、瞬く間に知名度を上げていった名物に、案の定僕たちもやみつきになった。


 「ん、うーん! これすごく美味しい! 寒いの我慢してでも食べられちゃうね!」


 「ほんとだね。もう1つ買ってもいいぐらいだ」


 寒いのを我慢してでも食べたくなる味、それがこの商品の提供賛辞として言われている。


 僕たちの周囲は同様にホットドックを口にする者、その他談笑や、光煌めく街並みを闊歩する人たちで賑わっている。


 クリスマス。毎年の12月25日、この街に神秘的な喧騒をもたらしてくれる、幾年続く風習だ。

 この街ならではの50年以上の歴史があり、毎年の12月24日と25日、夜空の下。数々の淡色がハリスカの街を染める。

 冬季のハリスカは極寒ゆえに、外を出歩くには相応の覚悟が必要だが、この日だけは違った。

 寒さを差し引いても有り余る街の輝きは、僕たちの体だけでなく、心にも熱を持たせてくれる。


 いつもと違う街並みに、テーブルに花をそえる豪勢な食事の数々。聖なる日と言われるほどに、その二日間は喝采を帯びていた。

 そして、僕だけに許された笑顔は、今日という日を何倍にも華やかにしてくれる。

 そう思いすぎるほどに、僕の心は彼女に心酔していた。


 「この先も、ずっとこの笑顔を見守っていきたいな……」


 その思いの大きさは、街の喧騒に隠れない程度には口から漏れていたらしい。


 「ん、なんか言った?」


 咄嗟に思いが吐露されていたことに、少し気恥ずかしさを感じて、この場は気持ちを覆うことにした。


 「うんん、何も」


 「え、絶対何か私に言ってたでしょ〜!」


 「いや、言ってない言ってない! 何か別の声じゃない?」


 「うそ!? 怖いこと言わないでっ! 今のは絶対キー君の声だったってー。確か、見守る……とかなんとか? ちょっと何々! 押さないでよーもうっ!」


 流石に危険だと思い、僕は彼女の背中を無理やり押して、話題を変えようと一旦この場を後にする。


 中井貴一なかい きいちだから、キー君。僕のことをそう呼んでくれる彼女の名は、野薔薇理華のばら りか

 僕は彼女のことをりっちゃんと呼び、互いに恋人関係にある。

 今宵はクリスマス前夜、12月24日のクリスマスイブと呼ばれる日だ。クリスマス当日は25日だが、実際にはイブも当日と変わらない賑わいを見せている。

 両日続いて楽しむのが、アリスカの民にとっての一般的だ。

 りっちゃんは僕の行動に怪しみつつも、こちらから振った話題に直ぐに意識を移してくれた。


 「りっちゃんはさ、クリスマスプレゼント、何がいい?」


 僕はサプライズがあまり好きではない。

 理由は色々あるけど、一番は貰う方がその時に本当に最も欲しいものをあげるのがベストだと思っているからだ。

 結局サプライズでもそうではなくても、プレゼントするのには変わらないのだから、だったらその人のお眼鏡に適うものをその場で買ってあげる。それが良いと僕は思っている。

 しかし、相場女性という生き物は、サプライズに酔いしれる人が多いようで。

 過去お付き合いしていた女性に、盛大な文句を投げられたことがあり、若干トラウマになりつつある。

 でもりっちゃんは、そんな僕を理解してくれている。


 「ん〜どうしよっかな。キー君はサプライズあまり好きじゃないから、プレゼント系統は何お願いするか毎回悩むんだよね〜」


 りっちゃんは数歩前方を歩きつつ腕を後ろで組み、首を若干斜め後ろに傾けながら、からかいの目で僕に返答してきた。


 「それは……ごめん。やっぱりサプライズしてもらった方が嬉し——」


 「ごめん、うそだってばー! 私もサプライズあまり得意じゃなくて、その場で欲しいものをもらえるのは、相応の喜びもついて回るから嬉しいんだよ! だからこれからもお互いサプライズは無しでいこっ!」


 若干のからかいの後に弁明しようと焦る表情は、可愛いことこの上ない。

 僕は、りっちゃんの真っ直ぐさの中に見え隠れする遊び心を含めて、彼女の全てが大好きだ。

 彼女の可愛さに見惚れていた僕に、二人で紡いだこれまでを象徴させる言葉が飛んできた。


 「じゃあ……新しい家が欲しいかも! なんちゃって……」


 少し控えめに出たりっちゃんの言葉は、お互いホットドックの最後の一口を、喉に詰まらせるかもしれない程にドキッとさせた。


 りっちゃんとは同い歳の28歳。3年前のクリスマス、背後に聳える《そびえる》ハリスカ灯台の下、僕たちの関係は始まった。明日のクリスマスは、僕たち3回目の記念日。相思相愛では、到底語りきれない程の愛を育んできた僕たちは、いつしかひとつ屋根の下、正式に家族となることを望んでいた。

 彼女の一言から始まったお互いの関係は、次はこちらが言う番だと、日々に深まる気持ちに比例して、僕に決意させていった。


 お互いに、一緒の住まいが欲しいと思っているからこそ、緊張からドキッとした。


 しかし僕はそれだけじゃない。


 明日のクリスマス当日。僕たちが一つになる時を夢見て用意した、銀宝ぎんしょう輝くエンゲージリングを、慈愛の言葉と共に彼女の左手薬指に。


 僕はお互いの一生に残る明日を想像し、未来に繋がる言葉を口にした。


 「いいよ。買おう、僕たちの家を。先の幸せな家庭のためにも」


 言った手前、やはり少し恥ずかしさは残る。

 僕の表情から察したのか、りっちゃんは僕の手を引き、元気いっぱいに走り出した。

 気持ちの浮き沈みが多い僕の不安定さを、りっちゃんは持ち前の真っ直ぐさで、いつも引っ張って行ってくれる。

 もう、頼りっぱなしの僕ではいられない。

 これからは僕が支えていくんだ。明日の告白が成功すれば、りっちゃんの王子様であり、騎士として。


 「じゃあ早速、探しに行こうー! 私たちのマイホームッ!」


 「うん、行こう!」


 二人は暖色に灯る街並みを、人々の間を縫って軽やかに駆けて行く。

 それはさながら、笑顔と希望を一身に乗せたサンタクロースと、それを元気良く引いていくトナカイの様に。

 その光景は、一旦の揶揄も許されない程に、二人の男女を赤い糸が繋いでいた。


 とある夫婦は、これからも、笑顔と希望を絶やさないように。

 とある恋人は、これからの、笑顔と希望を増やしていくために。

 とある子供は、未来の、笑顔と希望を夢見るように。

 12月24日、25日は、毎年のアリスカの街に、幸せの篝火かがりびを灯した。


 ♢♢♢


 人間の行動原理は様々だが、中でも珍しさや未知の経験は、本能に歯止めを許さない。

 自制心が成熟していない子供なら尚更だ。

 人が興じる初めては、関心意欲と恐怖心を表裏一体に起こさせる。

 その表裏に厚みが増していくと、次第に感情の起伏は少なくなっていく。

 それこそが大人と子供での、一日の体感時間にずれが生じている根拠と言えるのではないか。


 くして稀有けうの体験は、悲劇を招くことも珍しくはない。

 この世に存在する未解決事件は、その一端とも言える。

 また、子供から目を離してはいけないと言うのも、悲劇の助長を抑えるためだ。

 行動に一貫性が無い子供は、視界に捉えるもの何もかもへ興味を惹かれてしまう。

 感性を養うには発達上、悪いことではないが、それがあらぬ方向に向かうのはお門違いだ。

 ただ、完璧な人間は存在しない。子を持つ親でさえ生きるのに精一杯なこの世では、僅かな一瞬、我が子ではない何かに目を向けてしまう時もある。


 アリスカ灯台を後にする直前までは考えもしなかった。


 その一瞬が、僕たちの関係に、悲劇を招くことになるなんて……。



 それは、僅か数秒間の出来事だったと、後に警察から聞かされた。




 僕たちは聳え立つアリスカ灯台から、少し長い階段を駆け下り、下町へ戻るため、灯台と下町を繋ぐ橋を目指して走っていた。

 特に走る理由もなかったが、その場の雰囲気が僕たちをそうさせた。

 灯台には電車で来ており、駅は橋を渡ってすぐのところに位置している。

 それは、橋の終盤に差し掛かった時だった。

 僕の前方を走るりっちゃんは、橋と下町を繋ぐ交差点の前で、赤信号を視認し立ち止まった。


 「はぁ……はぁっ。ほらー! キー君ー、追いついてきてー!」


 多少息が上がってはいるものの、僕の先を悠々と駆けた彼女は、満面の笑みで振り返り僕を呼んだ。


 「はぁっはぁっ……、すぐ行くよー!」


 僕も定まらない呼吸の中、彼女のもと目掛けてラストスパートを駆ける。


 りっちゃんとの距離が徐々に縮まる中、ふと、僕の視界は、彼女の背後に向かって走る一人の男の子の姿を映した。


 その子は明らかに前を向いて走ってはおらず、何処か虚空を見つめ、何かを追いかけている様だった。


 次第にその子は、スピードを落とさない状態で交差点に近づき、一歩間違えば車道に飛び出してしまう直前、りっちゃんの背後に衝突した。


 走った後の疲れだけじゃない。不意に身体に衝撃が加わったことや、偶然車道から一番近い位置に立っていたこともあり、彼女が自分の身体に制限をかけるにはあまりにも不利だった。


 僕の目の前で、体制を崩したりっちゃんは道路へとその身を放られ、そして……。


 

 『キキッ——!』


 

 僕たちの未来は、永遠に、幕を閉じた。


 ♢♢♢


 事故が起こったのは神歴300年12月24日、21時35分。

 警察署での事情聴取の後、病院に駆け込んだのも束の間、医師から告げられた死亡宣告。

 死因は、車両に跳ね飛ばされた後、頭を強く打ち付けたことによる外傷性の脳損傷。


 気づけば時刻は朝の5時。生きる希望を失った僕は、放心状態で病院の待合室に腰を落としていた。


 もう、頬を滴る雫は、乾いてる。呼吸は、落ち着かない。

 昨晩、死亡宣告を受けてからの記憶は、もう無い。

 きっとあの後は、夜な夜な泣き喚き、どうにかなりそうな自分を自制するため、訳も分からず体を動かしていたんだろう。

 我に帰った数秒前、僕は未だに、現実を……受け止められずにいた。


 「なんで、どうしてりっちゃんなの……。え、僕でよかったじゃん。死ぬのは僕で、苦しみ痛むのも僕で、沢山悲しまれずに済むのも僕で……。なんで……、何でなんだよー! うぁぁぁー!」


 自制しきれない僕の暴れっぷりは、すぐに看護師や警備員の目に留まる。


 暴れている僕を必死に押さえつけ、宥めようとしてくる。


 疲れ切っていたのか、僕の心と体の抵抗力には相違があり、思いのほか早くに歯止めを受け入れていた。


 「消えないでくれよぉ……りっちゃん……。僕を……一人に、しないで……」


 ♢♢♢


 しばらくの時間が経過した。病院を後にした僕は、ハリスカ灯台と下町を繋ぐ橋の下の、海の音さざめく浜辺に来ていた。


 事件当時、男の子はトナカイと、それに引かれるサンタクロースを見ていたそうだ。

 全く信じられない子供の戯言に、僕は怒りや苦しみの矛先を、誰に向けるべきか迷走していた。


 もう僕に、生きる意味なんて存在しない。クリスマスなんて消えてしまえばいいのに。もう、どうでもいい。


 僕は自暴自棄が故に、自殺すら考えていた。


 目の前の海に足を運んでいけば、僕もりっちゃんと同じところに……。


 その時だった。走馬灯かと見紛うほどの異形が、目の前に現れた。

 サンタクロースと呼ばれる一人と一匹は、姿を表すや否や早々に話しかけてきた。


 サンタの言い分はこうだ。

 過酷なサンタ業を交代する代わりに、相応の代償付きで、願いを叶えてやると。

 その時の僕は、現状より辛いことは存在しないと思っていた。だからこそ受け入れた。全ては願いごとの為に。


 僕の願いごとは2つ。2つ目は、当初考えには無かったものだった。


 1つ目は、りっちゃんと3回目のクリスマスを実現させること。


 それはとても充実した1日となった。

 アリスカ灯台の下、二人の思い出が始まったその場所で、僕たちは家族になった。

 その代償は、僕の命。


 2つ目は、僕の死後も、永遠にりっちゃんと共に在ること。


 クリスマス当日、トナカイの衣装を着用していたりっちゃん。鼻につけていた赤い丸は、美麗な顔に華を添える、一輪の薔薇の様だった。その姿や性格は、死後も忘れられるはずがなかった。だから願った。死後もトナカイのりっちゃんと、サンタの僕で在れますようにと。

 その代償は、永久のサンタ業として。


 サンタの家業は本来、一年が期限らしい。

 一年後のクリスマス、サンタに懇願する何かを想起させた人の前に現れ、願いごとと引き換えに、職務の交代を促す。

 その対象が、今回僕だったわけだ。

 男の子を使い、悲劇を生み出し、事を招く。手段を問わせない程に、サンタ業は辛いらしい。




 その後、二人は苦しくも年老いてもサンタ業を手放すことはなく、幾年のクリスマスを巡った。


 いつしかクリスマスに欠かせない存在として語り継がれていく、りっちゃんとキー君を、人々はこう呼んだ。


 赤華のトナカイ。そして敬意を込めて、サンタさん……と。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

作品背景と投稿時期に少しずれはありますが、お楽しみいただければ幸いです。

よろしければ☆☆☆☆☆やリアクションで評価、ブックマークなどしていただけると励みになります。よろしくお願いいたします。

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