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喰われる声

ひんやりとした空気が肌を刺す、犬鳴トンネルの入り口。

先に到着したのは、佳代子だった。彼女は、闇に溶け込むトンネルの入り口を睨みつけ、包丁を握る手に力を込めた。隆一が来る。必ずここへ。そして、息子のノートに書かれていた「真実」を、この世から消し去ろうとするに違いない。

しばらくして、一台の車がヘッドライトを消して、ゆっくりと近づいてきた。隆一だ。

車から降りてきた隆一は、金属バットを肩に担ぎ、トンネルの方へ歩いてくる。その姿は、娘を捜す父親ではなく、獲物を狩る狩人のようだった。

「やはり来たか、人殺しの親め」

闇の中から響いた声に、隆一は足を止めた。月の光に照らされ、包丁を構える佳代子のシルエットが浮かび上がる。

「あなたこそ、息子の死の悲しみで、とうとう気が狂ったか」

「狂っているのはお前の方だ!娘の罪を隠し、私の息子の死まで冒涜する悪党が!」

「娘は罪など犯していない!全ては、あなたの妄想だ!」

言葉は、もはや意味をなさなかった。

最初に動いたのは、佳代子だった。獣のような叫び声を上げ、隆一に斬りかかる。隆一は、それを金属バットで辛うじて受け止めた。キィン、と耳障りな金属音が闇に響き渡る。

二人の殺し合いが始まった。

佳代子の包丁が、隆一の腕を浅く切り裂く。隆一のバットが、佳代子の肩を強かに打ち据える。痛みも忘れ、ただ目の前の敵を殺すことだけを考えていた。

憎悪が、怨嗟が、狂気が、トンネルの中に渦を巻く。

その時だった。

トンネルの奥から、赤ん坊の泣き声のような、老婆のすすり泣きのような、あの奇妙な声が聞こえてきた。そして、それは次第に、二人の子供の声へと変わっていく。

『お母さん、やめて!』

『お父さん、もうやめて!』

拓也と美咲の声。

二人の動きが、一瞬だけ止まった。

「…拓也?」

「…美咲なのか?」

だが、それは罠だった。二人の意識が声に囚われた、その一瞬の隙。

トンネルの闇が、まるで生き物のように蠢き、二人の足元に絡みついた。

「「あ…っ!」」

金縛りにあったように、体が動かない。そして、二人の目の前に、それは現れた。

長い黒髪、有り得ない方向に曲がった関節。憎悪に満ちた目。

声喰い様。

それは、憎しみ合う二人の親を見て、歓喜に打ち震えているかのように、その闇しか見えない口を、ゆっくりと、大きく、大きく開いた。

「「ああああああああああああああああああああああああっっっ!!」」

二人の断末魔は、しかし、誰の耳に届くこともなかった。

その声は、全て、声喰い様に喰われたのだから。

翌日、犬鳴トンネルの前で、一台の車と、血に濡れた金属バット、そして文化包丁が発見された。

矢沢佳代子と高橋隆一。二人の行方は、今もって知れない。

ただ、トンネルの呪いは終わらない。

今も、あの闇の中では、声喰い様が、次の生贄を待ちわびている。憎しみと悲しみに囚われた、哀れな人間たちが、その入り口を訪れるのを。

――完――


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