狂宴の螺旋
対立は、静かに、だが着実にエスカレートしていった。
佳代子は、隆一の調査を妨害し始めた。彼が聞き込みに行こうとすれば、その前に匿名で「高橋隆一は詐欺師だ」と嘘の電話を入れる。彼の車のタイヤをパンクさせ、家の前に動物の死骸を置いたこともあった。
対する隆一も、佳代子を追い詰めていった。彼女がカルト宗教に傾倒しているという根も葉もない噂を流し、彼女の職場に何度も無言電話をかけた。郵便受けには、「息子の死の真相を知りたければ、これ以上嗅ぎまわるな」と脅迫状を投函した。
二人は、互いを憎み、呪い、貶め合うことで、自分たちの子供の死と失踪から目を背けていたのかもしれない。その狂気の螺旋は、トンネルに潜む「何か」を、より一層喜ばせていることに気づかずに。
ある夜、佳代子は悪夢にうなされた。
拓也が血の涙を流しながら、彼女に訴えかけてくる夢だ。
『母さん…あの女の父親が…高橋隆一が、僕のノートを…僕が掴んだ真実を…燃やそうとしてる…』
佳代子は、叫びながら飛び起きた。全身が冷たい汗で濡れている。夢だとは分かっていた。だが、あまりにも鮮明な息子の姿に、それがただの夢だとは思えなかった。
「高橋隆一…あいつが、拓也の無念を踏みにじるというのか…!」
憎悪が、佳代子の思考を完全に支配した。彼女は、台所から一番大きな文化包丁を掴むと、コートを羽織り、夜の闇へと飛び出した。
同じ頃、隆一は、美咲の日記を何度も読み返していた。そこに、ある記述を見つける。
『犬鳴トンネルの奥には、小さな祠があるらしい。「声喰い様」を鎮めるためのものだって。もしかしたら、そこに何か手がかりがあるかも』
祠。そこに、娘の痕跡が残されているかもしれない。隆一の胸に、一条の光が差した。だが、同時に、矢沢佳代子の狂気に満ちた顔が脳裏をよぎる。あの女は、必ず邪魔をしに来るだろう。
「娘に会うためだ…誰にも、邪魔はさせない」
隆一は、車のトランクから、護身用に積んでいた金属バットを手に取った。
満月の光が、不気味に夜道を照らしている。
二人は、まるで見えない糸に操られるかのように、同じ場所を目指していた。
全ての悲劇が始まった場所。犬鳴トンネルへ。




