交差する憎悪
矢沢佳代子と高橋隆一。二人が互いの存在を知るまでに、そう時間はかからなかった。
犬鳴トンネルに関する古い文献や郷土史を求めて、町の小さな図書館に通い詰めるうちに、彼らは何度も顔を合わせるようになった。最初は、同じ目的を持つ者としての奇妙な連帯感が芽生えるかと思われた。しかし、それはすぐに、どす黒い疑念と憎悪へと変貌した。
きっかけは、佳代子が見つけた一冊の古い雑誌だった。地域の怪談特集が組まれたその記事に、「犬鳴トンネル」の項目があった。そこには、こう書かれていた。
『――トンネルの怪異は、常に二人連れを狙うという。一人は神隠しに遭い、もう一人は恐怖のあまり正気を失うか、命を落とす。古老は言う。それは、生贄を選んでいるのだと。残された者が、新たなる生贄をトンネルへといざなうのだ…』
「生贄…」
佳代子の頭の中で、パズルのピースが恐ろしい形に組み合わさった。
美咲という少女が、息子を誘ったのだ。彼女が「生贄」として選ばれ、息子は彼女に殺されたも同然ではないか。いや、あの少女はまだ生きているのかもしれない。そして、次の生贄を求めて、どこかで息を潜めている…。
その日から、佳代子の隆一に対する態度は豹変した。図書館で会っても無視を決め込み、時には舌打ちさえしてみせた。隆一は、彼女の突然の変化に戸惑いながらも、娘を失った父親として、その痛みを慮ろうとしていた。だが、そんな彼の同情を打ち砕く出来事が起きる。
隆一は、独自の調査で、美咲が失踪する直前に通話していた相手が拓也であることを突き止めていた。そして、拓也が残したノートから、彼もまた「声喰い様」の正体に迫ろうとしていたことを知る。
「あの子は、美咲を助けようとしていたんだ…」
隆一は、拓也の勇気ある行動に、父親として感謝の念すら抱いていた。その思いを伝えようと、佳代子の家を訪ねた。しかし、ドアを開けた佳代子は、血走った目で隆一を睨みつけ、こう言い放った。
「人殺しの親が、何の用です?」
「…何を、言っているんですか」
「あなたの娘が!あの子が拓也を殺したんだ!あの悪魔め…!」
佳代子の口から吐き出される呪詛の言葉に、隆一の全身から血の気が引いていく。娘を「人殺し」「悪魔」と罵られたことで、彼の中で何かが切れた。同情は消え失せ、代わりに、目の前の女に対する激しい怒りが込み上げた。
「ふざけるな…!あなたの息子さんこそ、うちの娘に何かしたんじゃないのか!?あの子を危険な場所に連れ出したのは、一体誰だ!」
互いの主張は決して交わることなく、憎しみだけが膨れ上がっていく。
佳代子は確信していた。高橋隆一は、娘の罪を隠蔽しようとしている、と。
隆一は絶望していた。矢沢佳代子は、息子の死の悲しみで正気を失い、娘の失踪の真相を闇に葬ろうとする障害でしかない、と。
「真実を知るためには、この男(女)を排除するしかない」
二人の心に、同じ黒い決意が宿った。




