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代償

 美咲が失踪してから、一週間が経った。

警察の捜査は難航していた。トンネル周辺からは、争った形跡も、有力な手がかりも何一つ見つからなかった。まるで、彼女だけが神隠しにでもあったかのように。

「何でだよ…なんで誰も本気で探してくれないんだ…」

矢沢拓也は、自室のベッドの上で、何度も同じ言葉を繰り返していた。警察は誘拐と事件の両面で捜査していると言うが、その動きは鈍く、メディアも最初の数日こそ騒ぎ立てたものの、今ではほとんど報じなくなっていた。

美咲がいなくなる直前まで通話していたのは自分だ。彼女の最後の言葉を聞いたのも自分。なのに、何もできなかった。無力感と後悔が、拓也の心を蝕んでいく。

「俺が行くしかない…俺が、美咲を見つけるんだ」

拓也は、誰にも告げず、一人で家を抜け出した。深夜、バイクを走らせ、あの犬鳴トンネルへと向かう。美咲が消えた場所。警察が何度も調べ、何も出てこなかった場所。それでも、そこにしか彼女に繋がる手がかりはないと信じていた。

トンネルの入り口に立ち、拓也は固唾を飲んだ。夜の闇は、昼間とは比べ物にならないほどの恐怖を纏い、トンネルの奥から吹き付ける生温い風が、不気味な声のように拓也の耳を撫でた。

ライトを片手に、意を決して中へ入る。壁の落書きが、闇の中で蠢く化け物のように見えた。

「美咲!いるのか!いたら返事をしてくれ!」

叫び声が、虚しく反響する。その時、拓也の耳が、微かな音を捉えた。

…たすけて…

「美咲か!?」

それは、間違いなく美咲の声だった。トンネルの奥から聞こえてくる。拓也は、恐怖を忘れ、声のする方へと夢中で走った。

「今行くからな!」

しかし、進めども進めども、トンネルの出口は見えず、声の主との距離も縮まらない。まるで、無限に続く闇を走り続けているかのようだ。息が切れ、足が鉛のように重くなる。

ふと、足元に何かが転がっているのに気づき、ライトを向けた。

それは、ボロボロになった一体の人形だった。古びた市松人形。その顔は、まるで苦悶に歪んでいるように見えた。

その人形を見た瞬間、背後からぞわりと悪寒が走った。

振り返ると、暗闇の中に、女が立っていた。美咲が見たという、あの女だ。長い黒髪の間から覗く目は、拓也を射抜くように見つめている。

「ひっ…!」

拓也は金縛りにあったように動けなくなった。女は、ぎこちない動きで、ゆっくりとこちらに近づいてくる。関節が、ごきり、ごきりと嫌な音を立てる。

女が、その口を大きく開いた。そこには、闇が広がっているだけだった。そして、拓也の耳元で、はっきりと囁いた。

『見つけた』

翌朝、犬鳴トンネルの入り口付近で、バイクの傍らに倒れている矢沢拓也が発見された。

検死の結果、死因は急性心不全。彼の顔は、まるでこの世の物とは思えないほどの恐怖に歪んでいたという。


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