魔法使いなのに、装備できる武器が斧だけでした
二足歩行のトカゲは、とにかく足が速い。
当たらない斧をぶんぶん振りまわしつづけて、私はすっかり息が上がっていた。
「魔法使いなのに装備できるのが斧だけって、おかしいでしょ!!」
【 魔法使いなのに、装備できる武器が斧だけでした 】
前世がくたびれたOLだった私に、突然現れた女神さまはこう言った。
「あなたの職業は魔法使い。武器は斧です」
豪華客船の先についていそうな服を着た女神さまは、謎のキラキラとしたエフェクトの中でとんでもないことを言った。
「斧」
「斧です」
「え、魔法使いですよね? 杖ではなく?」
「はい。がんばってくださいねー!」
***
束ねた髪が、斧を振るたびに大きく揺れる。女神さまはああ言ったけど、さすがに「がんばってくださいねー!」で済む話じゃないだろう。
私は魔法使いなので体力がない。なけなしの力で斧を振りまわしているというのに、トカゲときたらすばしっこくて、全然当たらない。エナジードリンクとかで体力が回復すればいいのに、もうくたくただ。
実は斧以外の武器をこっそり装備してみたこともある。杖とか杖とか杖とか。さまざまな素材で作った杖を試させてもらったけれど、斧以外を装備すると、私は魔法が使えなくなるようだ。魔法使いなので、魔法が撃てないと本当に話にならない。
振り下ろした斧が地面に刺さって、土煙がもうもうと上がる。視界不良の中、トカゲの足音が聞こえてくる。斧を持ったまま詠唱すると、斧の柄の部分に魔法陣が浮かび上がった。
「ストーンエッジ!」
斧の先から地面に魔力が伝わって、石のトゲができる。トカゲは、ひょいとかわして回り込もうとしている。
「なにやってんの!」
突然声がしたかと思うとツタが生えてきて、トカゲの脚を絡め取った。
「もう一回!」
「ストーンエッジ!」
誰だか知らないけれどありがたい。女の子の声に応えて、私はもう一度魔法を撃った。
***
「まーじで助かった! ほんとにありがとう!」
トカゲを無事、土魔法でできたおりに閉じ込めて、私は加勢してくれた植物魔法の名手に猛烈な勢いでお礼を言った。
「相性悪すぎじゃない? すばやいトカゲ相手に、斧は厳しいでしょ」
「まったくもってごもっとも。でも斧じゃないと魔法が撃てなくて」
「えぇ……。だったら、他のモンスターにした方がよかったんじゃないの?」
命の恩人はツインテールの毛先をくるくると指に巻きつけながら、面倒くさそうにしている。その手には、私がずっと憧れていた杖が何気なく握られていた。
「斧が重いから、荷物を運んでくれるモンスターを捕まえたくて」
ツインテールの女の子は「あぁ……」と納得とうんざりの混ざった複雑な声をあげた。本当に彼女の言うとおりだよ、女神さま。さすがに斧はないと思うんです。魔法使いなら装備品は杖とか杖とか杖とかにしてください。メイスでもいいけど!
トカゲの額に手を当てて従魔契約を終えたあと、土魔法でできたおりを消す。トカゲの名前はトカシキさんにした。華麗なフットワークとパンチで加勢してくれると、とても助かる。トカシキさんの名前を聞いた彼女は吹き出した。どうやら彼女も転生者で、日本から来たらしい。一部始終を見守ってくれたやさしい彼女に、私はおずおずと声をかけた。
「お礼と言うにはささやかだけど、一緒にご飯でもどう? ……その辺の川で魚とって焼くだけだけど」
***
日が暮れてきた。今日一日ずっと斧を振るっていたから、体力のない私はくたくただ。川縁を吹き渡る風がやさしくそよいでいて、汗まみれ・砂ぼこりまみれの私はほっと息をついた。
「ありがとうね」と長い首をなでると、トカシキさんはキュルキュルと目を細めて鳴いた。
たき火の準備をして、川で魚を釣った。トカシキさんが一番魚を捕まえた。食べたかったのかもしれない。
魔法で火をつけて、まわりに串で刺した魚を並べる。串は彼女が魔法で作ってくれた。
ぱち、と火の爆ぜる音がする。たまに風に乗って、火の粉が飛んでいく。
焼けた魚を彼女に手渡して、私は自分の分の魚にかじりついた。ほくほくに焼けた魚がおいしい。トカシキさんは猫舌らしく、魚は生で食べる方が好みだったみたい。前足でひょいと魚を投げて器用にくわえ、長いのどを鳴らして丸飲みにした。
彼女の笑い声を聞きながら、私はようやく問いかけた。
「ねぇ、名前、聞いてもいい?」
【おわり】