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個人企画⑦

同じ星空のもとで、高みの見物する二人

作者: モモル24号


「お星さまが綺麗ね⋯⋯」


「⋯⋯⋯⋯」


 大都会東京の空の下では、殆ど見ることの出来ない煌めく大パノラマの星空。もっとも星空の美しい地方に暮らす俺たちには、そんなに感動する景色でもない。

 

 ただ今俺たちの置かれているこの状況で、そんな悠長なセリフを吐く夢見がちな相方に、俺は返す言葉が浮かばなかった。


「お月様まで輝いて見えるのも素敵ね⋯⋯」


「⋯⋯そうだな」


 全部、俺が昔彼女に言った言葉だ。懐かしいが恥ずかしいコメントをよく細かく覚えていると感心した。


 今日の任務は大気圏の高高度の耐久試験だ。もっとも高いといっても大気圏の低層、いわゆる対流圏や成層圏。高度一万メートル以上の世界で放り出されれば間違いなく死ぬ。


 オゾンが紫外線を吸収するため、成層圏は暖かいというが、常識が50度くらいズレているのを忘れないでくれ。


 宇宙空間よりも、この成層圏と呼ばれるエリアで活動する技術の方が難しいとされているもう一つの理由が重力や、燃焼の問題だろう。


 地上ほどではないが、宇宙空間に比べて成層圏は引力が強い。つまり浮遊し続けないと落下するのに、燃焼させ続けるための酸素が薄い。通常の技術では、余分な推焼剤が必要になる。


 それでも戦闘機や無人機のように飛行することは可能な空域だ。この高さからスカイダイビングをした頭のおかしいチャレンジャーもいた。ただしその身は宇宙服に包まれていたそうな。


 生身の人間が成層圏をふらつく事態、尋常では考えられない。そのありえない状況がこの身に起きていた。


 特殊スーツを着ていても、昼間なのに真っ暗な空と落ちれば死ぬ不安に落ち着けない。こんな目にあっても、はしゃぐ相方の神経が羨ましく感じた。


 ◇


 俺たちはいま、某大企業の開発した、たまご型の有人浮遊偵察機「エッグ・ドローン」の操縦席にいる。この新型偵察機の試験飛行と、偵察任務を行わされているわけだ。近年⋯⋯隣国から偏西風を利用したバルーンタイプの無人偵察機が、俺たちの国の上空へと侵入する事件が続いた。ニュースにも少し取り上げられたのを、見て覚えている人も多いのではないか。


 無力な政府は対応を同盟国に任せる事にする。領空侵犯に対して迎撃しようものなら、すぐさま戦争に繋げ騒ぎ立てる隣国のおかげで、対応が後手に回るせいだ。国内にも自国の防衛行動を、何故か批判する連中で溢れている。


 このままではいけない⋯⋯そう思う人々もいるわけで、白羽の矢が立ったのが、新進気鋭の大企業真守グループだったわけだ。


 俺たちは別に企業の社員ではない。支社でも関連会社でもなければ訓練されたパイロットでもない。強いて言うならば、関連会社のお世話になった事のある人間というだけだ。



 俺の名前はモブ男。隣の彼女はかぐやん姫だ。ヴィドアイドルのかぐやん姫の、公開告白イベントの難題をクリアして、俺たちは結婚した。ヴィドアイドルとはショート動画サイトのヴィドヴィドの事。彼女は美しく、閲覧数総計億越えのカリスマアイドルだった。


 自慢に聞こえたかもしれない。しかし内情はそんな羨ましいものではない。彼女はその美貌を活かせる内に、間抜けな男達から、貢がせるだけ貢がせる気満々だったからだ。


 告白イベントも、本家かぐや姫とまったく同じ宝物をプレゼント出来た奴と結婚する⋯⋯無理難題を楽しみながらやり過ごし、男心をくすぐるのが目的だったという。


 かぐやん姫の誤算は、もちろん俺だ。簡単に言うと俺は望む物を生み出す能力の持ち主だった。神龍を呼び出す玉の数と同じだけ、願いを叶える事が出来たせいで、彼女の人生は狂わされた。


 かぐやん姫と出会う少し前。俺は色々あって、この能力使用を担保に三ヶ月締め組の世話になっていた。願いを使い切ってしまえば終わり⋯⋯限定的な能力をむやみやたらと使うより都合が良かった。三ヶ月締め組の連中も、俺を非常の際の切り札にしたくて喜んだものだ。


 そんな自堕落な生活を送る俺は、酷く泥酔した日に、たまたまかぐやん姫の婚活イベントを見た。この女に一目惚れしてしまい、能力全て使い切って宝物を用意し、告白したのだ。


 当然ながら能力は失われた。創り出した宝は本物で、一度かぐやん姫に渡された。だが散々飲み食いし好き放題して来た夫、つまり俺の契約破棄違反等で出来た借金の返済で、かぐやん姫の宝も貯めたお金も、全て持っていかれてしまった。


 パンツ一丁で放り出され、何もかも失った俺を、かぐやん姫は黙って受け入れてくれた。互いに全てを失った夫婦。それが俺たちだ。かぐやん姫が稼げなくなった理由も、財産を失ったのも、公開告白イベントで結婚した事⋯⋯つまり俺のせい。それでも彼女はパンツ一丁の俺を受け入れてくれたのだ。


 優しく懐の深い良い女だ。しかし犯した罪や不徳の業というものは、落ち目になると回って来るらしい。貧乏ながらも細々と暮らす俺たちの元に、ヴィドヴィド運営会社を通して訴状が届いたのだ。あくどく稼ぐかぐやん姫に、貢がされた男たちが団結し、配信内でやり取りされた約定の、数々の不履行を武器に訴えて来た。


 全てを失って残されていたのは、パンツ一丁で役立たずの俺だけ。原因は俺だから文句は言えない。でも逃げたかった


 夜空に輝く月は様々な表情を見せるというが、この時見せたかぐやん姫の表情こそが、この女の本質だった。


 一蓮托生、元凶を絶対に逃さない⋯⋯そういう獣のような目により、俺は怖くなり逃げ出せなかった。


 膨大な和解金を肩代わりしてくれたのは、三ヶ月締め組。結局マッチポンプ的な罠に嵌り、再びお世話になったのだ。



 ある日──俺たちのもとに安心・安全カードローンを謳う、その三ヶ月締めの使者がやって来た。背筋の凍るようなドスの効いた低い声で、ニッコリ笑いながらこう言ったのだ。


「飛ぼうか」


 笑っていない目に逆らえるはずもなく、俺たち二人は真守グループの極秘プロジェクト要員に選ばれた。しがない居酒屋でアルバイトに明け暮れるよりも、一度飛べば、借金は確実に減るチャンス。窮状に嘆く俺たちは、任務を引き受けるしか選択肢がなかった。


 いろんな実験に関わる事になった。その流れでこの頼りないコックピット部分だけのヘリのような、たまご型の乗りものに搭乗する事になったのだ。


 エッグ・ドローンに乗って成層圏までやって来る事になった俺は、死んだ方がマシ⋯⋯何度そんな目にあったかわからないので半ば諦めていた。

 

「見てみて、流れ星があんなに大きくハッキリしてる!」


 ヴィドスターだった頃の、ギラギラの眼差しなどすっかりなくなったかぐやん姫が声をあげた。穏やかな表情ではしゃぐ、彼女はこんな状況でも楽しいらしい。腹黒くドス黒い目から邪気が抜けて、初めてこの女⋯⋯妻を素面で可愛く思った。

 

 浮遊飛行は順調だった。対流圏と違い成層圏は完全に雲の上だ。ここで見たあれやこれやは、他人に口外するなと固く口止めされている。


 光の反射率を変えた機体も、この宇宙域に近い世界では可視化されやすいようだ。仙人は霞を食べて生きるというが、飛行機雲のような龍も同じなのだろうか。



 フヨフヨと、ただ浮かぶだけの俺たちのエッグ・ドローンに、七色に輝く光を発する鯉のぼりのようなものが迫りくる。


「ねぇ、あれに飲み込まれるのは不味いんじゃない?」


 エッグ・ドローンを食ったって、確かに不味いだろうが、そういう事を言いたいわけではない。


「あれって、ワームホールだよね」


 迫って来るのではなくて、地上からの引力よりも強力な磁場に吸い込まれているのだ。


 人体に影響を及ばさぬようにコントロールされた室内の気圧が変化する。特殊スーツに浮遊感と圧が同時に加わり、エッグ・ドローンの機体がたまごにヒビが入るかのように悲鳴をあげた。


 ────ドンッ!!


 強い衝撃と共に俺たちの前のモニターにたまごのような何かが映し出された。


 俺たちのエッグ・ドローンは機械的だが、ぶつかったたまごは半熟卵の殻を綺麗に剥いた後のようにブヨブヨでベタベタした感じに見えて気持ち悪かった。


 見た目は柔らかそうなのに、ぶつかった衝撃は大きくて、俺たちは弾き飛ばされエッグ・ドローンごと落下した。


「何なんですか、あれは! あと救命装置未作動とか、海に堕ちてなければ死んでましたよ!」


 かぐやん姫が激昂したそうだ。月光の輝く空のもと、星が綺麗⋯⋯なんて囁いていたのが嘘のようだ。



 俺たちは海へ落下した後に収容されて、施設のベッドで二日ほどショックで寝込んだ。先に目覚めたかぐやん姫はすでに家に帰され、俺は一人で報告の場に呼び出された。見たものや機体の性能について意見を求められる。死にそうな目に遭った事は、どんなに抗議しても無言でスルーされた。


「肉眼レンズでも確認したが、ワームホールから出て来たのは、『巨大なたまご』 でしたよ」


 「巨大たまご」は、かつてビッグエッグと呼ばれた東京ドーム程あったように思う。


「映像は確認した。あとは⋯⋯」




 俺はいつものよりもに念入りに記憶を洗われて、泥酔した時よりも盛大に吐いた。


「⋯⋯お疲れ〜〜〜って、あなたまた記憶洗われたの」


 げっそりした俺はアパート⋯⋯六畳一間の我が家へと帰った。かぐやん姫がビールを飲んで待っていた。かぐやん姫は、俺と違って寝込むことのなかった。


「ずっちーの、何で俺だけ何だよ」


「どこのゆーじのおっぱいよ。それを言うならずっちーなだよ。あなたはペラペラと余計な事を喋りそうだからでしょ。ボスの警告と嫌がらせだよ」


 ノリの良い妻はご機嫌でバケツを用意し、ビニール袋を被せる。記憶は洗われただけで、失っていない。むしろ脳内をこねくり回されたような感覚がいつまでも消えなくて、俺は吐き気が収まらなかった。


「ぼやいている暇ないよ。次の任務はあの巨大たまごから孵化した、巨大異星獣の退治だって」


 ────今度こそ、俺たちの人生は終了したかもしれない。俺は優しい妻の気遣いを感謝し、バケツを抱えて嘆いた。


「私がお母さんになる時も、バケツを用意してね、お父さん」

 

「えっ?」


「冗談だよ。吐き気、収まったでしょう」


 しゃっくりではあるまいし、簡単に吐き気はおさまるものかと思ったが、不思議とピタリと止まった。


 逃げ出そうとした事もあった。かぐやん姫の⋯⋯妻のおかげで俺は、過酷な任務もなんとか耐え忍んでいる。


 早く普通の生活に戻りたい⋯⋯だが三ヶ月締め組より恐ろしいボスがいる限り、俺たちに平穏が訪れる事はなかった。

 

 お読みいただきありがとうございました。


 キーワードの「お父さん」だけ、エピソードが無理くさいかな。

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即興猫といえばモモルさま! っていうかこれが即興!?Σ(゜Д゜) お題ワードもここまでのをすべて使ってくださり、ありがとうございます(•ᵕᴗᵕ•)⁾⁾ぺこ 2人のなれそめを回想的に挟みつつ、シビアな…
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