アタシとアイツとアタシの思念体
ミレーヌがリューといた元の場所に戻って来た。何かが地面に叩きつけられる音がした。それはリューだった。自分の思念体がまだ稼働していた。
「あなた、、、まだやってたの。。。」
リューはミレーヌの思念体にぶっ飛ばされては起き上がると言うサイクルを、ミレーヌ本体と別々にいた一時間の間、ずっと繰り返していた事になる。
「もう今日は終わりにしましょう。1日目からダメージを受けすぎると次のトレーニングに支障が出るわ。。。。。グフッ!?」
ミレーヌは、口の中から血が出ている。少し血の流れはできたかと思えば、その数秒後に、彼女はコップ一杯ほどの血を吐いた。
「ミレーヌ!」
リューが駆け寄る。
「し、思念体が仕舞えない。体が、フラフラする。」
「おやおや、これは困った事になったな。」
そこに現れたのはガーゴイルハンター科 学科長のエレオノーラだった。
「思念体というのはガーゴイルハンター技術でも最上級の技法の一つ。ミレーヌよ、あなたは貴方の父上が得意としていたこの技法を、見様見真似で使ってしまった。学校で教わった技以外は使わない様に指導していたはずだが。今、思念体は長い時間外にいたのでその思念に強く取り憑かれてしまっている。ミレーヌの中に戻るのは嫌だという事だ。それでミレーヌに抵抗しているのだ。ミレーヌは体に大きな負荷がかかっている。」
「エレオノーラ学科長!ミレーヌを助けるのにはどうすれば!」
「思念を成就してやるほかあるまい。Gガードを会得するのが目的だったのだろう?リュー、君がそれを幾分か会得すれば思念体も満足するだろう。」
「そ、そんなの素人のコイツに1日でなんとかなるわけないじゃない。」
血をゴホゴホ吐きながらミレーヌが言う。
「ミレーヌ、その体で喋らない様にしたまえ。それより思念体を君の身体に戻すイメージを持つんだ。そうする事で、思念体がリューのGガードの出来に多少不満でも、それは君のところに戻って来れる様になるだろう。あとは、リュー、君がGガードが少しはできるところを思念体に見せるだけだ。」
「了解!」
二人は一斉に言った。リューが思念体のエーテルを込めた蹴りを受ける。
「ガッ!」
またリューは吹っ飛ばされる。
そうしているうちに四時間が経過した。何度もミレーヌの思念体のエーテルの籠った蹴りを受けてリューの体はボロボロで、全身があざだらけになっていた。
「あなた、全然進歩がないじゃないのよ!これ以上は危険だわ。もうやめなさい!」
ミレーヌが言う。
(進歩がない?いや、違うな。リューのGガードはミレーヌのそれの1%ほどの出力までに上昇した。だが、それは思念体を満足させていない。このままだとあと一週間は必要になるだろうが、それだとリューとミレーヌの体が持たない。軍に支援を要請し、高度な術式を用いてミレーヌの思念体を無理矢理戻すほかあるまいか?)
「ミレーヌ、あなたは僕のビノームです。だから、貴女が苦しんでいるのを止める。ただそれだけですよ。」
「なんで、そこまでしてくれるのよ!あなたを邪険に扱ったあたしを!」
「なんでかはわかんないけど、、!?」
リューはそう言いながらミレーヌをチラッと見て一つの事に気づいた。それは彼に深い覚悟を与えた。
「もう、帰ろう、ミレーヌ様。」
また、思念体はリューに蹴りを入れる。だが今度はリューは吹っ飛ばない。少し後ろに押されたが地面に足はついたままだ。
「高出力のGガード発動だ!それに思念体が満足している、今だミレーヌ、思念体を取り込め!」
学科長 エレオノーラが叫ぶ。次の瞬間、思念体はミレーヌの中に入っていった。ミレーヌの体を蝕んでいた痛み、そして出血が嘘の様に和らぐ。動かすことすらままならなかった体が自由になった。
「リュー!ひどい怪我!」
「軍医科 学科長のフランソワ殿に医務室にて待機していただいている。緊急処置だ。」
リューとミレーヌはエレオノーラに付き添われて医務室にやってきた。中に入ると、初老の目つきの鋭い男性と、若い銀髪の少女がそこにいた。
「ボンソワール、おやおや、そちらの男子、酷い怪我じゃの。ふむ、いくつか、折れている部分もある。今日は軍医科2年トップの学生、アリスが術式を担当するぞい。」
軍医の仕事とは魔物つまり、スライムかガーゴイルによって傷つけられた人間の回復である。魔物にやられた場合、エーテルの痕跡が、通常は傷に付着している。その痕跡を用いると傷を大体元に戻す術式を展開できるのだ。
ちなみに、ガーゴイルハンターの技術は人間と干渉性が強い。つまりガーゴイルハンター技術は人を傷つけうる。その傷も軍医は治すことができる。
「ちょっと、トップの成績って言っても、学生でしょ!学科長が施術するんじゃないんですか!」
ミレーヌは文句を言った。
「あら、失礼ね。私の術式は、そこらの軍医よりもよほど効果的。素人は口出ししないでもらえるかしら?」
銀髪の少女、アリスがミレーヌに言い放ち、ミレーヌの目の前まで行く。
「あなたも体の中に治っていない傷があるようね。」
アリスが目を瞑り、ミレーヌの腹部に触れる。術式が展開され、ミレーヌは身体が完全に楽になり、キョトンとしてしまった。
「次は、そちらの男の子ね。」
アリスはリューの目の前までスタスタ歩いて行った。
「こりゃ、ひどいわね。では早速。あら、この学生さん、スライムハンター科じゃなかったかしら?不思議ね、スライムハンターがガーゴイルとか事故でガーゴイルハンターにやられた場合、傷が治るのって、遅いのよ。でも貴方の傷はとても効率的に治る。もうちょっと、近くでいいかしら?」
そう言うと、アリスはリューに抱きついた。リューは硬直してしまった。
「!?」
ミレーヌもアリスの大胆さに驚いた。
「ふーん。私達、とても相性がとても良いみたいね。神秘的にね。まあ、でも今日は私も疲れているわ、このくらいにしましょう。」
アリスは、骨折など重症は全て治したところで術式をストップし、終わりにした。
「リュー ベルモント君だったわよね。また今度ね、今度お茶でもしましょうよ。あなたの事、教えてよ。今の、貸ひとつだから、そっちのオゴリでね。」
「ありがとう、アリス。すっかり良くなりました。お茶は、次の土曜日でどうかな?フランソワ学科長もこんな遅くまで、ありがとうございます。」
アリスの帰る方向とリューとミレーヌの帰る方向は別方向だったので、アリスとは校門の前で別れ、リューとミレーヌは二人きりになった。
「ねえ、リュー、なんであの時、Gガードを使えたの?まあ、手加減付きの私の思念体の攻撃を防ぐのがやっとなレベルだけど。」
「あなたが、とても悲しい目で僕を心配してくれてたからですよ。僕が思念体の攻撃を防げれば、あなたも悲しくなくなるって思うと、不思議と力が湧いたのです。」
「あたしの事を思ってって。。。もしかして、あなた、私に後ろ手取られた時に、おっぱいが当たってたんで、あたしの事意識しちゃって、恋しちゃったのかしら?そんな気もあるくせに今度はアリスとデートの約束まで決めちゃうんだから、とんでもない好色ね!」
「そう言うわけでは。。。」
「ベーだ。あなたにおっぱい当てることなんてもう金輪際、ゼーったい無いんだから。悲しみなさい、この色ボケスライムハンター!」
「いや、僕はあなたが無事ならそれで良いんですよ。。。」
「そう。そう言うことにしておいてあげるわ。今日は本当にありがとうね。バイバイ。」
「さようなら、ミレーヌ様。」
二人はミレーヌのアパートの前で別れた。その後、ミレーヌは風呂に入りながら、今日起きた事を考えていた。
(アイツは、弱っちいスライムハンターのくせに、今日アタシの命を救った。全く。。。。そして、他の女とデートの約束までして。どっちが上かハッキリさせないとね。明日からは、アタシに屈服するまで、このアタシがみっちりいじめてやるんだから。)
次の日、リューは午前の兵法の授業を受けた後、都の歴史の授業を受けるために教室を移動していた。廊下を歩いていると何人かの女生徒のグループと遭遇した。昨日見た顔がその中にいた。
「こんにちは、ミレーヌ様。」軽くお辞儀をしてリューは言った。
「ミレーヌ 様ぁ!?www」
「て言うか誰wなんでそんなにボロボロになってるのw」
ミレーヌが反応するより先に取り巻きが喋り出した。確かに昨日の一件で、大怪我はアリスに治してもらったものの、小さな傷は残っていて随分とリューはボロボロになっていた。
「僕はリューでミレーヌ様のビノームです。よろしくお願いします。」
取り巻きがまた喋り出した。
「ああ、スライムハンター科で地方県出身のリュー君よね。聞いたわ。ミレーヌのビノームなんでしょ。」
「ガーゴイルハンター科No.2のミレーヌとビノームになるなんて相当プレッシャーありそうね。」
「結構かわいい感じの子ね。」
リューは正直なところ、ミレーヌの取り巻きに悪印象を持った。人を属性で判断して、その上でそれを臆せず言葉にする。ミレーヌにそれがないと言うわけではないが、リューは彼女には不快感を抱かなかった。なんでミレーヌだと不快ではないのだろう。そんな事を思っているとミレーヌが口を開いた。
「ちょっと!アタシのビノームをいじめないで頂戴。ほらアタシ達も次の授業始まるわよ。おはよう。じゃあね、リュー。」
そう言う、ミレーヌに手を振ると、リューも自分の教室へ向かって歩き出した。
(ミレーヌ、僕のこと、庇ってくれったんだな。後でお礼を言っておこう。)
(あれ、アタシ、今日はアイツの事いじめてやるつもりだったのに、みんなにアイツがコバカにされているのが、それが嫌で。アタシ自身はアイツをいじめてもいいつもりだったのに、それも出来なかった。何でかしら?)